どこかで聞いたことのある話の受け売りをしたり、あるいは直感だけに頼った意見を述べて、教師や上司から「もっと自分の頭で考えろ!」と言われてしまったことはないだろうか。

「自分の頭で考える」という言葉はよく目にするが、では自分の頭で考えるために具体的にどうすればいいかと問われると、困ってしまう人が少なくない。とりあえず頭を抱えて1時間ぐらい唸ってみさえすれば外見上は自分の頭で考えているように見えるかもしれないが、そうやって唸ったところでどこかで聞いたことがあるようなありきたりな結論しか出てこないことは十分ありうる。そもそも、この「自分の頭で考える」とはどのような思考法のことを指しているのだろうか?

このような疑問を抱いたことがある人には、今回紹介する『知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ』(苅谷剛彦/講談社+α文庫/2002年5月/880円+税)を強くおすすめしたい。本書のタイトルでもある「知的複眼思考法」とは、自分自身の視点からものごとを多角的に捉えて考え抜く思考法のことだ。これはつまり「常識にとらわれず、自分の頭で考える」ことにほかならない。自分の頭で考えたくてもどうすればよいかわからず途方に暮れている人や、自分の頭で考えているつもりなのにどこかで聞いたことがあるようなありきたりな結論しか出せないことに悩んでいる人は、ぜひ本書を手にとってみてほしい。「考える」ことについての認識が大きく変わるはずである。

氾濫する「紋切り型の決まり文句」

苅谷剛彦『知的複眼思考法 誰でも持っている創造力のスイッチ』(講談社+α文庫/2002年5月/880円+税)

本書が目指すのは、常識にとらわれたものの見方から脱却し、ものごとを一面的にではなく多面的に見られるようになるための基礎を築くことである。では、ここでいうところの「常識にとらわれたものの見方」とはなんだろうか。

たとえば、僕たちの周囲には「紋切り型の決まり文句」が溢れている。本書に載っている例をいくつか挙げると、「今は情報化の時代だから……」「グローバル化の進む現代の日本では……」「今の日本は『構造改革』が必要だから……」などなど、誰もがこういったフレーズを、一度ぐらいはどこかで耳にしたことがあるはずだ。

こういった紋切り型の決まり文句は、新聞やテレビ、書籍、インターネットの記事などに頻出している。頻出しているので、いつしかこれらの決まり文句が意味する内容について深く考えたり疑ったりすることがなくなっていく。最終的には、こういったフレーズを目にした時の反応まで型にはまったものへと固定されてしまう。たとえば、「グローバル化の進む現代の日本では……」という字面を目にして「これからのビジネスパーソンは英語が必須だ」という反応をするのは一面的には正しいかもしれないが、そこで思考停止して他に何も考えなくなってしまうのは「常識にとらわれたものの見方」から脱却できていない状態だといえる。

「常識にとらわれたものの見方」から脱却するためには、こういった耳障りのいい紋切り型の決まり文句をそのまま受け入れてしまわないことが大切である。事実や根拠が示されていないフレーズは、いくら聞き慣れていても疑ってみなければいけない。

創造のために批判的に本を読む

このように、複眼思考において「鵜呑み」は厳禁である。これは読書をする際にも当然気をつけなければならない。自分の複眼的視点を手に入れるために読書をするのであれば、本に書かれていることをすべてそのまま受け入れてはいけない。著者と対等な立場に立ち、批判的に読む必要がある。

もっとも、ここでいう「批判的に読む」というのは、著者の人格を否定して攻撃的に非難しながら読むことではない。ネット上などではこの点を混同している人を見かけるが、ここでいう批判的というのは著者の思考の過程をきちんと吟味しながら読むことである。論理の飛躍はないか、主張を裏付けるためのデータは十分に提示されているか、反対意見への反論が書かれている場合それが正しく否定になっているか、著者がその本を書いた狙いはどこにあるのか、などをよく検討しながら読み進めていけば少なくとも書いてあることを「鵜呑み」にして思考停止状態に陥ることは避けられる。

このような批判的読書は、結果的に自分の意見を創造すること、つまり自分の頭で考えることにつながっていく。今まであまり批判的に本を読んだことがなかったという人は、ぜひ本書でこの「創造のための批判的読書法」を学んでみて欲しい。読書によって得られるものが格段に増えるようになるはずだ。

インターネット時代だからこそ自分の頭で考える訓練を

本書の初版が発売されたのは1996年のことで、今から約20年前ということになる。20年前と比べると、現代はインターネットの発達によって手に入る情報の量が格段に多くなっている。とりあえずGoogleの検索窓に知りたいことを入力すれば、なんとなくそれらしい情報は手に入る。もっとも、受け取った情報をそのまま鵜呑みにすると痛い目にあう。「自分の頭で考える」必要性は20年間でますます強くなってきている。

本書で紹介されている知的複眼思考法は、インターネット上の情報に接する際にも当然ながら役に立つ。身につけておけば、時代に左右されず一生使える思考法になるに違いない。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。