突然だが、ひとつ質問をしたい。あなたは普段から「敬語」を正しく使えているだろうか? 日本で会社員をしているのであれば、電話対応やメールのやりとり、顧客との打ち合わせ、上司への受け答えなどで、敬語を使う機会は非常に多いはずだ。しかし一方で、敬語を「正しく」使うことができているかというと、実は結構あやしいという人が意外と多いのではないだろうか。

「お疲れ様でした」と言うべき時に「ご苦労様でした」と言ってしまったり、「よろしかったでしょうか」といったようないわゆる「バイト敬語」をうっかり使ってしまうなど、間違った敬語を使っている人を目にすることは決して珍しいことではない。相手が社内の人であればまだダメージは少ないかもしれないが、社外の大事な顧客に対して間違った敬語を使ってしまい、それで相手を不快にさせてしまったとしたら目も当てられない。ビジネスパーソンにとって、正しい敬語が使えないことはそれだけで大きなリスクになる。他の仕事を完璧にこなすことができても、間違った敬語を気づかずに使っているというだけで、その人の信頼は大きく損なわれてしまう。

自分の敬語に自信がないという人は、今回紹介する『出口汪の「好かれる!」敬語術』(出口汪/SBクリエイティブ/2013年5月/666円+税)を読んでみるというのはいかがだろうか。敬語は理屈だけでなく「慣れ」の部分も大きいので、日頃から使っていればある程度は自然に身につけられるものだが、慣れだけに頼っていると自分が「間違った敬語」を使っていることに気がつかないおそれがある。本書のような敬語をテーマにした本を一冊読んで、正しい知識をひと通り知っておくと、いざというときに困らずに済む。

敬語はコミュニケーションの潤滑油

出口汪『出口汪の「好かれる!」敬語術』(SBクリエイティブ/2013年5月/666円+税)

もしかしたら、「敬語は別にビジネスの本質ではないのだから、相手を尊重する気持ちさえ伝われば正しくなくてもいいのでは」と思う人もいるかもしれない。たしかに、合理性を突き詰めるならばこのような考え方も間違ってはいないとは思う。しかし、現実には敬語を正しく使うことができないと「相手を尊重する気持ち」が伝わらない場合が多い。逆に敬語を完璧に使いこなすことさえできれば、それだけで相手に好印象を与えることができる。日本で仕事をしようと思うなら、正しい敬語を覚えることは実はとても効率のよい投資なのだ。

本書には、人の印象は「敬語」で9割決まる、といったことが書かれているが、これは決して言い過ぎではない。友達付き合いであれば時間をかけて少しずつ相手のことを理解するということだってありえるだろうが、ビジネスの場合はそこまで時間をかけることは普通はない。敬語がきちんと使えていればそれだけで「しっかりしてそうだ」という印象を与えることになるし、一方でぞんざいな言葉遣いをすれば「この人は信頼できそうにない」と思われてしまう。たかが敬語、されど敬語である。

普通の敬語の本は眠くなる?

もちろん、本書以外にも敬語について書かれた本は山ほど出版されている。どの本も、基本的には書いてある内容に大きな差があるわけではない。それならどんな本を読んでも同じかというと、必ずしもそうとは言えない。扱う対象が敬語であるためか、敬語について書かれた本はマジメすぎる場合が多いように僕には思える。どんなに内容がよかったとしても、途中で眠くなって挫折してしまうのだとしたらそれはあまりよい本だとは言えない。優れた敬語本は、内容として正しいものが載っているというだけでなく、気軽に読めてそれでいてアタマに残りやすいものである必要がある。

そういう視点で本書を見てみると、まず第一に本書はかなり読みやすい。敬語の本の場合、表現をカテゴリ分類し、それらを羅列して見やすく整理しただけのものが結構多いが、本書はそのような形式はとっていない。新入社員の主人公である「あい」と、筆者である「先生」の対話という形式をとっているので、「敬語について詳しく知っている人に、色々と質問をしながら教えてもらう」ような気分でひと通り敬語について勉強ができる。調べ物というよりは通読向きで、二回、三回と繰り返し読んだとしても、脳への負荷はあまりかからないだろう。

具体例も豊富なので、アタマへも残りやすい。単に敬語表現についてを説明するだけでなく、「どうすれば敬語は上達するか」といった「敬語の学習法そのもの」についてや、「敬語術でピンチを切り抜けるにはどうすればいいか」といった実践的な使用例についても多く言及しているので、学んだことをすぐに役立てることができる。敬語の本を過去に買ったことがあるが結局最後まで読まずに本棚に寝かせてあるという人は、本書で再度敬語の本にチャレンジしてみてはいかがだろうか。今度はきっと、最後まで読み通せるに違いない。


日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。