コンピューターの歩みはテキストエディターのそれと同じです。テキストファイルの作成や編集に欠かせないテキストエディターは、現行のOSであるWindows 7のメモ帳やMac OS XのTextEditのように標準搭載されていることからも、その重要性を理解できるでしょう。今回の「世界のテキストエディターから」は、Windows OS上で動作する世界各国のテキストエディターとして、もっとも有名なもののひとつ「GNU Emacs」を紹介します。

GNU Emacsという存在

テキストエディターは、ソフトウェアを作成する開発者に欠かせない"道具"のひとつです。そのため、ソフトウェア開発者自身にとって使い勝手の良さを求める傾向があり、オープンソースのように多くの開発者の意見が集まりますと、全体を把握しきれないほどの機能を実装してしまうことも。"道具"という観点からすれば、「メモ帳」のようにシンプルさを突き詰めた道具も有用ですが、あらゆるところに手が届く重層な道具も便利でしょう。今回紹介する「GNU Emacs(イーマックス)」は後者にあたります。

作者は、かの有名なRichard Stallman(リチャード・ストールマン)氏。GNU(GNU's Not UNIX:グヌー、グニュー)の提唱者であり、フリーソフトウェア活動家、プログラマーといったさまざまな顔を持っています。そろそろ還暦の声が聞こえてくる同氏がMIT(マサチューセッツ工科大学)在籍中の1970年代に開発したGNU Emacsはゼロから生み出されたものではありません。

同氏がほかの研究所で使用されていたWYSIWYG風のテキストエディターに触発され、ミニコンピューター上の標準ラインエディターだったTECO(Text Editor and Corrector)の改良に取りかかったのがはじまりです。この新TECO向けに開発されたマクロ群を統合するプロジェクトを、同氏とScheme言語の共同開発者としても有名なガイ・スティール・ジュニア(Guy L. Steele, Jr.)氏が立ち上げ、そこから「Editing MACroS=GNU Emacs」が誕生しました。

当初はDEC(Digital Equipment Corporation)のミニコンピューターであるPDPシリーズでしか動作しませんでしたが、各人の手により、さまざまなコンピューターに移植されると同時に商業的バージョン(Unipress GNU EmacsやCCA GNU Emacs)も登場しました。また、GNU EmacsはGNUの精神にのっとり"フリー"なソフトウェアとして公開されているため、現在ではWindowsやMac OS X、Linuxなど現行のOSでも動作します(図01)。

図01 「GNU Emacs」の公式ページ。最新のGNU Emacsや最新情報を入手できます

マクロを追加することで機能拡張を行ってきたGNU Emacsは、世界でもっとも強力なテキストエディターのひとつであると同時に、ひとつの"作業環境"と呼ばれてきました。電子メールの送受信からファイル管理、ソースコードのコンパイルまで行えるGNU Emacsの自由度を的確に表していますが、あくまでもUNIX上でGNU Emacsを動かす際の話です。環境環境をそろえるのが面倒なWindows OSはその限りではありません。また、多機能性があだとなり、使いこなすまでにはかなりの時間を要します。それでもテキストエディターを使う人々にとってGNU Emacsを使わない手はないでしょう。

2012年現在、Windows OS上で動作するGNU Emacsには、GNU公式のGNU Emacs(WindowsビルドはNTEmacsと呼ばれています)や、国際化(日本語対応など)したGNU EmacsとしてMule(MULtilingual Enhancement to GNU GNU Emacs)、その後継版にあたるMeadow(Multilingual enhancement to gnu GNU Emacs with ADvantages Over Windows)が有名です。

しかし、Meadowは最新バージョンに追従しておらず、執筆時点ではGNU Emacs 22.xにとどまったまま。多くのユーザーにとって最新版である必要性はありませんが、最新メジャーリリースを使用できないのは何とも面白くありません。そこで次節からは、NTEmacsを例に導入手順や基本的な機能を紹介します。