最初は話題性でダウンロード販売が伸びるものの……

汎用のタブレットデバイスを利用して従来の紙では実現できないよりリッチでインタラクティブな表現を目指した雑誌が、昨夏ごろから急速に増え続けている。きっかけはもちろん4月のiPad発売で、6月に提供が開始されたConde Nastの「WIRED Magazine」は初号のダウンロード数が10万件を突破するなど、非常に景気のいい話題を振りまいたことが知られている。だが一方で、各社の最新の販売データを比較すると、右肩下がりで毎月の販売数減少が続いており、次の展開に向けた方向性を模索する段階が到来しつつある。

今回のデータを報じているのはWomen's Wear Daily (WWD)のJohn Koblin氏だ。本来、雑誌の販売部数は業界団体のABC (Audit Bureau of Circulations)が正確なデータをまとめており、ここを参照することで誰もが把握できるようになっている。だがiPad向けの電子雑誌、いわゆる「デジタル出版 (Digital Publishing)」はAppleのApp Storeを通して販売されるため(正確にはApp Storeを通じて購入した"アプリ"で雑誌コンテンツを"購入"する)、通常の紙の雑誌とは流通経路が異なり、本来はこうしたABCのデータにも反映されない。だが一部の雑誌はその数字の内訳を申告しており、WWDではVanity Fair、Glamour、GQ、WIREDの4つのデジタル出版版雑誌について、過去半年の販売推移を紹介している。

販売推移をグラフにまとめたものはSilicon Alley Insiderの記事で確認できるが、ここでは具体的な数字についてみていこう。例えばiPadリリースの2010年4月から提供が開始されているGQでは、同11月時点の販売冊数が1万1,000冊と過去最低を記録している。5月から10月にかけての販売平均が1万3,000冊であり、徐々に下がり続けている様子がうかがえる。Vanity Fairの同11月時点の販売数は8,700冊で、同8月の平均値の1万500冊から比べれば下がっているものの、平均をならせばほぼ1万冊前後で安定しているようだ。一方で9月からスタートしたGlamourは毎月20%ずつポイントを落としており、11月時点では2,775冊となっている。問題のWIREDについては、あちこちのメディアで取り上げられた6月時点では10万ダウンロード達成という偉業を成し遂げたが、その次の号では3万冊台へと落ち込み、10~11月時点では2万2,000~2万3,000冊程度となっている。ほぼ右肩下がりに近い状態だ。

これらデータで読み取れるのは、最初は話題性でダウンロード数が伸びるものの、販売数が長続きしない問題が存在することだ。いくつか理由が考えられるが、まずリピータをつなぎ止める魅力が不足していること。WIREDは極端な例だが、2カ月目以降も純減を繰り返している状況からみるに、いちどコンテンツの作り方を見直す時期が到来しつつあるのかもしれない。また現状ではiPadのApp Storeがサブスクリプション契約のような販売システムをサポートしておらず、出版社側が毎号ごとにプロモーションを繰り返さなければならないという問題がある。年単位の契約であれば、一年を通しての評価で購読継続の判断を促せるが、1号ごとの販売スタイルでは書店の棚での販売と同じで、特集やスクープ目当ての客を毎回呼び込まねばならず、販売を伸ばすためのプロモーションを逐次行わなければならない。また現在の月あたりの1万前後という部数では、おそらく採算に乗せるのは難しい。現状では紙を含む編集部全体の部数の1~2割程度、あるいはそれ以下の部数がデジタル版のシェアとみられ、デジタル版向けの制作コストを回収できているかは微妙なラインだ。

反転要因としては、iPadユーザーが順調に拡大しているほか、2010年後半から2011年にかけてAndoridタブレットの普及が進んでいることだ。母数が広がることでビジネス機会が広がるため、部数上昇が期待できるというわけだ。特に年末商戦を経過した2010年12月から今年2011年初頭においては、こうした新規ユーザーが興味を持ってデジタル出版のコンテンツ購入に向かうのではないかと考えられている。とはいえ、ダウンロード数が右肩下がりとなる現象は今後も続く可能性があり、一時的な復活要因があったとして、根本的な解決にはつながらないかもしれない。タブレット端末の登場が一段落した今年後半以降は、こうしたコンテンツの作り方や販売スタイルについて、見直すフェイズが到来するとみられる。

一方で電子書籍は……

比較的苦戦が続くデジタル出版に対し、従来の書籍コンテンツを電子化した「電子書籍」の分野は好調が伝えられている。例えば全米出版社協会(Association of American Publishers: AAP)が12月初旬に発表した最新データによれば、2010年10月時点で米国の書籍売上が昨年比0.9%ダウン、1~10月集計の市場全体では前年比3.4%のアップになっている。重要なのはこのうちの電子書籍の割合で、2010年10月の昨年比で112.4%の伸びで、書籍全体に占める割合は8.7%となっている。これは前年2009年の倍以上だ。AAPのデータでは一般向けのハードカバーやペーパーバックの売上が減少する一方で、子供向けやオーディオブック、そして電子書籍の販売は大きく伸びており、市場全体では書籍の売上を底上げする要因となっているようだ。

電子書籍を躍進させた理由のひとつとして、Kindleの最新バージョンが昨夏に登場し、価格競争も進んで一気に普及が進んだこと。こうした影響が追い風となる形で、ライバルのBarnes & Nobleの電子書籍端末「nook」もシェアこそ少ないものの販売自体は伸びており、B&Nは同端末を「過去最大のヒット商品」と表現し、その好調ぶりをうかがわせる。このプラットフォームの普及ありきという、販売台数増加待望論がデジタル出版にも持ち上がるのは当然で、いまはその試行錯誤のための実験フェイズにあるといえるのかもしれない。