ここ数年の自動車の進化は凄まじいものがあり、きわめてドラスティックな技術革新が、いくつも同時進行で進んでいる状態だ。そのため、非常に画期的でありながら、注目度という意味では忘れられてしまう技術も少なくない。ITSもそのひとつで、かなり以前から実用化への取組みが継続されているのに、「以前話題になったが最近は聞かない言葉」となってしまった印象がある。

ホンダ新型「アコード」。大幅な改良を加え、5月26日から販売開始された

しかし、ホンダが新型「アコード」に搭載した新機能によって、ITSが改めて注目を集めることになりそうだ。その概要はさまざまなメディアで報じられたが、少しだけおさらいしておく。世界初となるこの機能は、目前の信号機がいつ青になるか、時速何kmで走れば赤信号に引っかからずに走行できるか、といった情報をインパネ内に表示する。信号待ちのイライラを減少させる運転支援であると同時に、燃費も向上させる機能だ。

ホンダのニュースリリースにITSの文字はないが、この機能は紛れもなくITSの範疇に含まれる。なぜそういえるかというと、この機能は「信号情報活用運転支援システム」というなんともお堅く、長ったらしい名前のシステムに対応して実現しており、このシステムこそ、警察庁が中心となって開発され、ITS推進の一環と位置づけられているからだ。

非常にわかりにくいのだが、あえて説明すると、警察庁はITSを推進するため、「新交通管理システム(UTMS)」の開発を進めている。UTMSにはさまざまなシステムが含まれるのだが、その中に「交通安全支援システム(DSSS)」がある。DSSSには2つのレベルがあり、レベル2では歩行者や車両の位置と速度、道路線形情報、そして信号機情報が提供される。

つまり、今回の「アコード」の新機能は、UTMSに含まれるDSSSのレベル2に含まれる信号機情報が実用化されたものというわけだ。ちなみに、ホンダは以前からUTMSの開発に参画しており、2014年にホンダ社員の通勤車両などを利用して、「信号情報活用運転支援システム」の公道実証実験を実施している。

国家プロジェクトとして推進されるITS

ITSとは道路と車両が相互に通信し、渋滞や交通事故のない円滑な交通をめざすシステムだ。なんと1970年代から研究が始まっており、具体的な成果としてはETCやVICSがある。日本では国土交通省、警察庁、総務省、経済産業省が連携し、国家プロジェクトとして研究開発、普及が進められている。

こうしたITSの概要を見て、コネクテッドカーという言葉を思い出した人も多いかもしれない。コネクテッドカーとは、インターネットなどのネットワークにつながる自動車という意味で、最近ではITSという言葉より格段に耳にすることが多い。実を言うと、行政が好んで使う言葉がITS、自動車メーカーが好んで使う言葉がコネクテッドカーで、指し示すものは同じといった印象を筆者は持っていた。

しかし改めて調べてみると、総務省のサイトでは、ITSとは別にコネクテッドカーが取り上げられている。そこでは「ウェアラブルデバイス」「自動運転車 / コネクテッドカー」「パートナーロボット」の3つをまとめて「ICT端末」と呼んでいる。どうやら交通システムとは別の切り口から、自動運転車とコネクテッドカーを定義しているようだ。

ちなみに、コネクテッドカーについて調べると、自然とテレマティクスという言葉も目に入ってくる。このあたりの用語は非常にわかりにくく、調べてもなかなか理解が難しい。大まかな区別だが、ITSは車両と道路が通信し、渋滞や信号機などの道路関連の情報をやりとりするもの。コネクテッドカーは車両とインターネット、あるいは自動車メーカーなどが設置する情報センターと通信し、道路関連に限らずさまざまな情報をやりとりするもの。そしてテレマティクスについては、広義にはコネクテッドカーと同義と考えて差し支えないようだ。ただし、狭義にはトヨタのTコネクトのような、自動車メーカーが提供するサービスを指す場合もある。

言葉の意味の違いはともかくとして、すべてに共通するのは車両が通信を行うことだ。新型「アコード」はITSの成果である「信号情報活用運転支援システム」に対応しているわけだが、その他にテレマティクス機能として提供されている「ホンダ・インターナビ」や、コネクテッドカーの急先鋒といえる「Apple CarPlay」も搭載している。

「信号情報活用運転支援システム」表示イメージ

「信号情報活用運転支援システム」は光ビーコンで、「ホンダ・インターナビ」は専用通信機器で、「Apple CarPlay」はもちろんiPhoneで、それぞれ個別に通信を行っており、ここにETCも加わるのだから、まさに走る通信端末だ。なにか空恐ろしい感じもするが、このように複数の通信システムが混在することは、システムとして洗練されていないともいえる。もちろんこれは「アコード」に対する評価ではなく、自動車の通信機能全般が、まだまだ成熟していないということだ。

実際、自動車関連の通信システムは複雑怪奇だ。ITSにしても、その全容は非常に理解しにくい。たとえば、渋滞情報を得る手段としてVICSが定着しているが、その一方で料金収受システムであるETCがETC2.0へとバージョンアップした。これにより、ETC車載器を通して渋滞情報やその回避ルート、道路の落下物や積雪などの情報を提供するという。

ETC2.0の新機能と既存のVICSは明らかに重複しているように見えるが、どう違うのか。からくりはこうだ。VICSは通信手段として光ビーコン、電波ビーコン、FM放送の3種類を使うことが知られているが、このうち電波ビーコンが従来の2.4GHzから高速・大容量の5.8GHzに移行。同時にその名称を「ITSスポット」(この名称も非常にわかりにくい)としてリニューアルした。ITSスポットもVICSのサービスのひとつとして提供されるのだが、このサービスを利用するのに必要な機器はVICS対応機器ではなく、ETC2.0対応機器となる。

なんとも釈然としないが、ITSの推進には多数の省庁や機関が関わっているため、いわゆる縦割り行政の弊害とか、省庁間の綱引きなどがあるのかもしれない。いずれにせよ、こうした自動車の通信機能は今後、急速にその必要性が増してくることが確実だ。なぜなら燃費性能、安全性能、そして自動運転という、現在の自動車開発で最も重要な課題のすべてで、通信機能が不可欠だからだ。

前述のDSSSには、道路に設置したセンサーが停止車両を検知し、後続車に注意蜂起する「追突防止支援システム」も含まれるが、これは自動車メーカーが開発している自動ブレーキとめざすところが同じであり、ここでも重複が起きているといえる。それが一概に無駄とはいえないが、今後は自動車メーカーと行政がもっと密に連携して、さまざまなシステムの開発を進めていく必要があるだろう。その意味で、今回発売された新型「アコード」は意義深いものだといえる。