【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

僕は吸盤型のフックが苦手だ。たとえばタオルをかけたり、輪ゴムをかけたり、ちょっとしたアクセサリー類をかけたり、帽子をかけたり、とにかく整理整頓や収納の便利グッズとして、家庭内のあらゆるシーンで吸盤型のフックを使用することは決して珍しいことではないが、僕はできることなら使用したくないと思っている。

これはおそらく僕の悪しき偏見だと思う。全国の吸盤型フック製造業者の皆様には大変申し訳ないのだが、僕はどうしても吸盤に対して「すぐ落ちる」というイメージを抱いてしまう。キッチンのタイルや冷蔵庫など、いわゆる吸盤に適しているとされている箇所に吸盤型フックをつけ、そこに何か物を引っ掛けていたとしても、時間が経てばフックもろともガチャンと落ちてしまという苦い経験が、僕にはやたらと多いのだ。

一方で妻のチーはどういうわけか吸盤型フックがお気に入りのようだ。こう書くと、これを読んだチー本人から「別にお気に入りではない! 」と反論されそう(実際、あとで色々抗議されることが多いのです)だが、いずれにせよ吸盤型フックを使用する頻度が高いのは事実だ。結婚して今のマンションに引っ越してきた当初も、一時はキッチンや風呂場の周辺が吸盤型フックだらけだった。そもそも生活便利グッズが大好きなチーは、そのフックにタオルや輪ゴム類、小物が入った袋などを引っ掛け、満足そうにするわけだ。

しかし僕の記憶が正しければ、それらのほとんどは時間が経てば下に落ちた。家に帰ってくると、キッチンの下の床に細々とした物が吸盤型フックもろとも散乱しているなんてことは日常茶飯事。寝ているときに突然キッチンからガチャンという音がして、何事かと起きてみると、吸盤型フックが下に落ちて物が散乱しており、夜中に掃除をするはめになったことも数限りない。それでもチーはなぜか吸盤を使い続けるのだ。

大体、湿度が高くて当たり前の風呂場界隈にも吸盤型フックを使うのは理にかなっていないのではないか。一時期、風呂場のドアの外側にはバスタオルをかけるための横棒を吸盤型フックで備え付けていたのだが、それのまあ脆弱なこと。正直、一日もった試しもなかった。その棒にバスタオルをかけていても、いつも下に落ちているのだ。

僕が思うに、チーは家中のあらゆる箇所に何かを貼りつけたり、物を飾ったり、とにかく自分好みにアレンジするのが好きなのだろう。シンプルな内装よりも、物で飾られた内装を好むところがあり、吸盤型フックもそんなアレンジ術のひとつなのかもしれない。

それを証拠にトイレのドアには『Toilet』という文字をカッティングして貼りつけているし、物置のドアノブにはこれまた脆弱極まりない謎の飾り物をつけている。その他にも色々な小物が家中の至る所に微妙なバランスで飾られているのだ。

もっとも、そんな飾り物自体は別にいいと思っている。僕は基本的に家の内装なんて妻の自由にやればいいという考え方である。しかし、これらの飾り物がやたらと脆く、ちょっとした衝撃で下にポロポロ落ちるとなると、話は違ってくる。鬱陶しいのだ。

先日、僕が帰宅したときは特にひどかった。数々の吸盤や『Toilet』のカッティング、さらに物置のドアノブにつけられた謎の飾り物、その他あらゆる小物類がことごとく下に落ちており、心底うんざりした。帰宅して最初の作業が、それらの原状復帰なのだから。

当然、それについては今まで何度か抗議したことがある。「ポロポロ下に落ちるぐらいなら、吸盤とか飾り物の類はほどほどにしたら? 」。チーの気持ちを逆撫でしないように、なるべく柔らかいニュアンスで、尚且つ何度もしつこく意見した。その甲斐あって、最近では吸盤を使用することが少し減ってきた。チーもさすがに観念したのだろう。

ところが、そんなある日のことである。チーはリビングに設置されている空気清浄器の位置を勝手に動かしていたのだ。

今まで我が家では、コンセントの場所の都合で空気清浄器をリビングの入り口正面の奥に置いていた。すなわち、リビングに入ると真っ先に空気清浄器が目に入るという位置であり、それがチーにしてみれば「見栄えが悪い」と不満を抱えていたそうな。

かくしてチーは一念発起して、空気清浄器をリビングに入って右奥隅に移動したわけだが、それ自体は別にいい。前述の僕の考え方通り、チーの自由にすればいいだろう。しかし不思議だったのは、なぜわざわざポストカード(もちろんチーの趣味です)を飾っている壁の真下に空気清浄器を置いたのかということだ。おかげで空気清浄器が発する緩やかな風にポストカード類が煽られ、ポロポロポロポロ落ちる落ちる。おまけにその近くには愛犬・ポンポン丸のトイレシートまで敷かれており、運が悪ければポンポンのおしっこの上にポストカードがべちゃっと落ちてしまう。うーん、つくづく謎だ。チーは物が下に落ちるということに、そこまでストレスを感じないタイプなのだろうか。

結局、件の空気清浄器は僕の強い希望により、元の位置に戻すことになった。これでポストカード類が下に落ちることはなくなるだろうと安心したのも束の間、最近はトイレの中のカエルの置物(二本足で立つタイプのカエルのため、これまた安定感がない)がよく下に落ちており、それが気になって仕方ない僕である。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
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