資産形成という言葉を聞いて、みなさんはどんなイメージを持つでしょうか。投資理論? 金融機関? 危険な感じ? 損をする怖さ? いろいろなイメージがあるでしょうが、私が「資産形成」という言葉を使うときには、「資産運用」とは違って、いや「資産運用」を含んだうえで、"資産を創り上げる"というもっと広い意味を含めています。そのため、頑張ってお給料の中から少しずつ銀行の預金を増やしていくことも含まれますし、そのお給料自身を増やすことも含まれると思っています。

時間を味方につける

資産形成では「時間を味方につける」ことが大切だといわれます。これは少しでも早くから資産形成に着手することで、長い時間をかけることができ、少しずつの積み上げでもやがて大きな力になるということです。例えば、毎月2万円ずつを貯蓄する場合に、たとえ金利が0%でも35歳から退職する65歳までの30年間でその総額は720万円になります。これが25歳から始めると期間は40年になりますから、総額は960万円です。「時間」をかける方が大きな効果があることは一目瞭然です。

時間を味方につける効果は、単に貯蓄するよりも「資産運用」をする場合にはより顕著になります。例えば、毎年平均で3%の収益率になる金融商品を使って運用をする場合、25歳から毎月2万円を積み立てたとすると、税金や手数料を考慮しなければ35歳からの30年間で1200万円弱、25歳から始めて65歳までの40年間だと1900万円弱に達します。

この10年の差は、貯蓄するだけの時には240万円でしたが、運用する場合には700万円ほどになりますから、「複利」の持っている効果は本当に大きいものだといえます。退職後の生活のための資産形成であれば、まずは早く始めるという「時間の効果」と、資産形成に運用を組み込むことでもたらされる「複利の効果」も考えてみて欲しいところです。

お給料を上げることも大切

ただ、早ければいいのかというと、一概にそうとは言えないように思います。資産形成を考えるときにもう一つ大切なのがいくらの資金で資産形成を行うのかということです。毎月2万円なのかその倍の4万円なのかということですが、金額が大きい方が「時間の効果」も「複利の効果」も大きくなりますから、大きな金額を資産形成に回す方がより有効です。

でも、それは簡単な話ではありませんよね。お給料の中から、毎月2万円を資産形成に回すのか、4万円を回すのかと考えると、簡単には4万円にできません。もし4万円にするならば、それはもう少しお給料が増えてからということになるでしょうか。これは正しい考え方です。身のたけに合わない資産形成は結局、続かないものですから、たとえ早くから初めても途中で断念しては、時間を長くとったということにはなりません。

少し遅く始めても、金額を多くすることで最後には挽回することができます。ただし、金額を多くするためには、お給料そのものを増やす努力が必要です。将来に向けてお給料を増やすための努力は、「自己投資」と呼ばれていますので、お金に投資することを遅らせた分、自分への投資を忘れないということです。

グラフは、25歳から毎月2万円を積み立てて年率3%で運用した場合と35歳から毎月4万円を積み立てて年率3%で運用した場合とを比べてみたものです。49歳で残高はほぼ同じ水準になり、65歳の残高は35歳からスタートした方が500万円ほど大きくなっています。

月額2万円と4万円積立投資、スタート年齢を変えて行った場合の比較
(注)青い線は25歳開始で月額2万円の積立投資を年率3%で運用をした場合、赤い線は35歳から月額4万円の積立投資を年率3%で運用をした場合。
(出所) フィデリティ退職・投資教育研究所作成

お給料に対する比率で資産形成を考える

資産形成にどれくらいのお金を回すべきかについては、日本と英米ではかなり考え方が違っています。日本では前述のとおり、2万円とか4万円といった一定額で考えがちですが、米国や英国では「お給料の何%を資産形成に回すか」とみるのが一般的です。これをSavings rateと呼んでいます。すなわち「資産形成に回す資金額=お給料×Savings rate」ということです。直訳すると「貯蓄率」となりますが、この言葉だとどうも銀行預金だけが対象のように聞こえますので、私は「資産形成比率」という言葉を使っています。この比率を決めておけば、お給料の多い人は多く、少ない人はそれなりに資産形成ができるということになります。また、米国ではお給料が増えると資産形成比率そのものも上がっていくことが知られています。言い換えると、資産形成は早めに始めることと併せて、お給料を上げる努力も行うと、その分多くの資金を資産形成に回せるようになるというわけです。

ちなみに、英国では2018年までにすべての企業で企業年金を導入することが義務付けられ、従業員はみんな自動的にその企業年金に加入することになっています(もちろん自由に脱退する権利はありますが)。その企業年金で、お給料の8%を最低でも年金に拠出するようにも定められています。また米国ではお給料の15%を目標にすべきとの議論も出ています。日本では、あまりこうした資産形成比率での議論は少なく、金額での議論が多いように思います。ご参考までに、年収400万円の人が月額4万円を資産形成に回すとすれば資産形成比率は12%となります。自分の年収から資産形成比率を念頭において、資産形成に回す資金を見積もってみてはどうでしょう。

執筆者プロフィール : 野尻 哲史(のじり さとし)

フィデリティ退職・投資教育研究所 所長
国内外の証券会社調査部を経て、2006年フィデリティ投信株式会社に入社、2007年より現職。アンケート調査をもとに個人投資家の資産運用に関するアドバイスや、投資教育に関する行動経済学の観点からの意見を多く発表している。日本証券アナリスト協会検定会員、証券経済学会・生活経済学会・日本FP学会・行動経済学会会員。著書には、『老後難民』、『日本人の4割が老後準備資金0円』(講談社+α新書)や『貯蓄ゼロから始める安心投資で安定生活』(明治書院)などがある。調査分析などは専用のHP、資産運用NAVIを参照