とある空港近くのバー。今日もあまり人がいない。バーの雇われチーママ「サエコ」はスマホをいじり、バーテンダーしげさんはグラスを磨く作業に余念がない。そこにあのペンギン…ブローチの男がやってきた。

現在、大量採用中

サエコ: 「いらっしゃい。今日は何になさいます?」


男:

「ドライ…マティーニ。ウオッカベースで」


しげさん:

「……(うなづく)」


「相変わらず、静かだね」


「昨日の夜は若いCA(キャビン・アテンダント)さんでにぎわっていたんだけど、すぐに帰ってしまって……」


「CAさんの世界も、20年前と大きく変わったようだね」


「変わった……んでしょうか?」


「世間的には、美人で高給取りで有名人と合コンして、結婚して……というイメージが定着しているようだが、実態はちょっと違うようだ」


「どう違うんでしょうか?」


「まず、CAとして航空会社に入る人は年間で何人くらいいると思う?」


「100人くらいですか?」


「大手で1社600~700人くらい。ここ数年、さらに採用が増えつつある」


「そんなにですか!」


「これはLCCが誕生したことに加え、多頻度運航で便数が増えたことによる。国内線だと1日3~4回飛ぶのは当たり前だが、8時間労働の規定以上に搭乗することはできないし、安全上からも超過勤務は御法度。勢い人間を増やすということになる」


「昨日のCAさんもなんだか愚痴っていたような……。私たちがイメージしているよりも、実際はそんなに華やかではないんですね」


「国際線でも同様で、昔はステイ先2~3泊などもあったが、今ではひとつの場所で1泊が標準となった」


「ふ~ん」


「まだイメージとして航空会社は人気だから、若い人を集めやすいこともあり、大量採用となる」


「CAさんって、親切で気遣いができる人っていうイメージがあるんですけど、最近の若い子はどうかしら……。あっ、私は別ですよ(笑)」


「実は大量採用と裏表にもなるのだが、採用しても訓練で脱落する人が目立ってきたと聞いている」


「せっかく試験に通ってもですか?」


「中学からの教育システムに問題があると言っている関係者もいるぐらいだよ。人を思いやったり、先回りができなかったり、というところだね。もちろん、訓練所でみっちり教育もするが、それでもできない人はいる。訓練を終えて乗務が始まったとしても、『適性不良』で別の職種に回されることもある」


CAの「ライフサイクル」も変わった

「適性不良は別にしても、航空関係者の話では、600人とっても定着するのは半分以下、多くが2~3年の内に辞めてしまうそうだ」


「確かに、"新卒入社で3年以内に転職"という人は今では少なくないですよね。でも、憧れてCAになった人も多いでしょうし、ちょっと意外だな」


「まず、根本にあるのは"CAが就職のゴールではない"という考え方だ。多くの人は転職する。今は女性も様々な職業での就職機会があるから、CAを経験して旅行業界や飲食産業に転職する人もいるし、お金を貯めて物品や飲食のお店を持つような人もいる。もちろん、結婚を機に家庭に入る人もいる」


「CAから高収入な男性のお嫁さん、という定番のような……」


「そうしたシンデレラ・ストーリーはごく一部だ。考え方が変わったのは、1986年に施行された男女雇用機会均等法からだね。それまでは、女性が60歳の定年まで働けるには公務員などだけだったのが、民間企業の全職種に拡大した。また、新卒一括採用で育てるという神話も崩れたわけで、もともとサービスや語学の能力ある人たちは『いいところがあるならいっちゃおう』ということになる」


「私からしたら、定年まで働けなかったということにびっくりですよ」


「一方、会社に残ってCAのサービスを極めようとする人や、会社のマネージメントを目指す人もいる。現に、大手航空会社でも重役の中にはCA出身者がいるしね。もしくは、サラリーの上昇が著しい外国航空会社に行く人も多い。まあ、働き方や生き方が多様化している証拠とも言えるけど」


CAさんの結婚相手は?

「で、やっぱり気になるのはCAさんの結婚事情ですよね(笑)。野球選手と結婚するケースも多そうだなって」


「一昔前はそうだったね。野球選手と結婚した先輩や同期の紹介がきっかけなことが多いそうだ。若い野球選手ももちろん結婚相手を探しているけど、身元がはっきりしない人は、金や名誉もあるだけに心配。でも、友人の奥さんの知り合いなら、身元はしっかりしているから、心配はない。勢い、野球選手とCAという組み合わせが多くなる」


「イメージですけど、いいなって思ったCAさんに機内で名刺を渡して……というのが始まりなのかしら?」


「それはまず、無理。CAさんは業務として対応しているわけだから。ただ、ファーストクラスを頻繁に利用して、相手の身元がはっきりしている場合で、ステイ先で時間があって……という"好条件"がそろった場合のみ可能性がある。手紙を書いて『また機内でお会いしましょうね』と返された場合は『ダメですよ』というサインだ」


「今度、男のお客さんには言っておきます(笑)。なら、航空業界内ではどうなんでしょうか? パイロットとCAさんの組み合わせは?」


「まず成立しにくい。お互い時間が不規則で行き違いが多いからね。パイロットの奥さんが元CAというのはあるにはあるが、ほぼCAを辞めて家庭に入っているパターンだ。業界内で多くあるのは整備士とCAの組み合わせだ」


「整備士さんですか。なんだか意外」


「整備士さんは夜勤もあるが、基本的には働く時間が決まっている。CAの奥さんが不規則な勤務でも、夫として家庭を維持しやすいからだ。CAの業務も知っているわけで、CA側としても安心の相手でもある。ちなみに、同じ航空会社ならお互いの給料事情も知っているので、どのくらいの水準で生活すればいいかということも分かる」


「航空業界だと、社内結婚も大変なんですね……」


「むしろ、業界内より一般の人との結婚の方が多いぐらいだよ。知り合うきっかけは友人の紹介とか、合コンとかいろいろ。まあ、ここらはCAもOLもあまり変わらない。数年前、収入が手堅い若手官僚とCAの合コンというのが流行したことがあったけど、"モリカケ"流行の昨今ではどうかな……」


付き合うようになっても……

「でも、CAさんとのお付き合いって時間が不規則だから大変でしょう?」


「これはある男の話だが、紹介されて超美人の国際線CAと付き合うことになった。彼女は性格も優しく、男も好きになったが、最初に言われたことは『私と付き合うなら1週間会えないことを覚悟してください』だった。彼女はいわゆる"トビ職"(搭乗業務を中心としているパイロットやCAの業界内での隠語)でほとんど海外に出ていたからね」


「やっぱり、忙しいんですね」


「で、やっと時間を合わせてデートすることになったが、待ち合わせの時間は彼女がヨーロッパ便で帰ってきて、午前1時から」


「午前1時からデート!?」


「それで男が車で迎えに行って、ファミレスに入って話している内に、2人ともその場で寝てしまって、そのまま朝を迎えたそうだ。さすがに男の方が別れを切り出した」


「なんですか、そのへタレは。こっちから願い下げよ!」


「………」


「え、その男ってまさか……」


「……時間だ。今日はこの辺で」


「お客さん、これをどうぞ」


「さっき買ってきた白いバラ。まだつぼみですけど」


「花言葉は"恋をするには若すぎた"……か」


「お客さん……、知っているね」


イラスト: シラサキカズマ