先日、男友達数人で酒を飲んでいるとき、「初めて性の目覚めを意識したのは何歳の頃か? 」という話題で盛り上がった。初恋談義なら男女共通事項だが、性の目覚めとなると男子特有のテーマになってくる。単純にヒト科のオスとしての生理現象について深く語り合ったわけだ。

で、そのとき思ったのが「少年の性衝動とは意外に早く訪れるものなんだなあ」ということである。もちろん個人差はあるのだろうが、少なくともそのとき集まったメンバーはみんながみんな早熟だったのだ。

だって、全員が幼稚園、あるいは小学校低学年の頃にはすでに女風呂で無邪気に遊んでいるフリをしながら周囲の女性の裸を目に焼きつけていたって言うし、プールの授業で女の先生に無邪気に抱きつくフリをしながら胸の膨らみを敏感に楽しんでたって笑いながらぶっちゃける始末である。(平均年齢33歳!)

さらにプールの授業といえば、昔は小学校低学年ぐらいまで男女が同じ教室で一緒に着替える光景がわりと普通にあったものだが、みんなそのとき女子の着替えを横目で凝視していたらしいし、テレビに映る人気アイドルのセクシー衣装を観ている時も何もわかっていない無垢な子供を演じながらも確実に心の中では大興奮していたと告白してくれた。(男子全員がそうってわけじゃないので悪しからず)

しかし、僕の場合は少し違った。や、性衝動を意識した年齢自体は小学校2年生ぐらいで一般的なのだが、その対象が女の先生や同級生女子といった生身の女性ではなく、なぜか校庭にある昇り棒だったのだ。

昇り棒。子供の頃、誰もが一度は遊んだであろう地面に鉄の棒が刺さっただけの遊具。遊び方は鉄の棒に両腕と両足でしがみついて筋力をフル活用しながら一番上まで昇って、その後スルスルっと降りてくるだけである。

僕は昇り棒がことのほか好きだった。毎日毎日休み時間になると校庭の昇り棒まで一目散に走っては全力で上まで昇って、そこからゆっくり下に降りていくというルーティンを繰り返した。理由は簡単。気持ち良かったからだ。

最初は快感のメカニズムがわからなかった。ただ昇り棒に擦りつけられた股間が上下運動のたびに微妙に形態を変え、それが膨張していくにつれ快感が増していくということだけは幼心に理解していた。

僕は奇妙に膨張した股間に戸惑いながらも、下半身の内側から込み上げてくる得体の知れない何かに心を奪われ、何度も何度もアホみたいに昇り棒の快感を貪った。

振り返れば当時の休み時間はずっと昇り棒に寄り添っていた気がする。同級生が三角ベースやサッカーで健康的に遊んでいるというのに、僕は校庭の隅で一人いけないことをしているような罪悪感に苛まれ、それでもそんな罪悪感になぜか不思議な興奮すらも感じていた。 昇り棒で遊んだ後はなぜか照れくさかった。それでいて少し切なかった。こんなに昇り棒を愛しているというのに、その矛先をどこに向けていいのかわからず、やり場のない快感だけがただ突っ伏して、僕は途方に暮れた。もしかすると、あれが初恋だったのか。

おかげさまで3年生になると昇るのが学校で一番速くなった。先生は「山田くんは小柄で身軽だから早いんだね」とにこやかに褒めてくれたが、僕は内心違うと思っていた。そりゃ、毎日何十回も昇り降りしてたら速くなるって。けど、降りるときは逆に超ゆっくりだもん。そのほうが快感を長く味わえるからだ。

今回は僕の恋バナとは一見何の関係もなさそうなことを書いているが、どうか馬鹿馬鹿しいと鼻で笑わないでもらいたい。僕にとって性の目覚めとは、今までの僕の恋愛史を語るうえで避けては通れないエポックメイキングであり、時に初恋以上にその後の恋愛観と密接な関係を持っているのだが……それはまた別の話だ。