今では「数少ない」といっても過言ではないであろう純国産アプリの「一太郎」シリーズ。長年にわたって新バージョンを例年リリースしてきたが、今回も2022年2月10日に「一太郎2022 [ATOK 40周年記念版]」(以下、一太郎2022)の発売を予定している。
新作のテーマは「オンラインも、リアルもハイブリッド一太郎」だ。ジャストシステムの担当者は「(コロナ禍のもとで)利用形態が多様化した」ことを理由に、自宅やオフィスに加えて、出先などのリモートワーク利用を想定した機能強化を図ったとしている。Windows 11にも対応済みだ(ほかWindows 10、Windows 8.1)。
一太郎2022の主要な新機能
一太郎2022の新機能として、まずは「きまるスタイル: スライド」。複数のテンプレートからレイアウトを決定する「きまるスタイル」に「スライド」が加わった。オンライン会議時の資料共有を考慮した16:9画面の用紙レイアウトへと、ワンステップで切り替えられる。見栄えがよくなる背景画像も用意(30点)した。最近はアスペクト比が3:2のディスプレイを持つノートPCも増え、新機能のレイアウトは3:2がないのは残念だが、オンライン会議ツールがアスペクト比を調整するので大きな問題にはならないだろう。
また、一太郎2022で作成した文書をプレゼンテーションデータとして利用するため、「ジャンプパレット」にページ単位の編集機能を追加し、共有時の強調箇所を示しやすいコントローラーポインターを強化している。ここまで来るとほかのプレゼンアプリとファイル形式の互換性がほしくなるが、直接のインポート・エクスポート機能は実装していない。ただし、「一太郎2022 プラチナ[ATOK 40周年記念版]」(以下、一太郎2022プラチナ)に付属する「JUST PDF 5」を用いれば、Microsoft PowerPointプレゼンテーション形式で出力できるという。
出先で文書を作成していると、ディスプレイに映った情報を隣席の不特定多数が目にすることで情報漏えいにつながる。ノートPCの画面に、のぞき見を防ぐプライバシーフィルターを貼っているユーザーも多いだろう。この環境を一太郎2022側で再現するのが、新機能の「プロテクトモード」「プライバシーモード」だ。
プロテクトモードは、一太郎2022で編集した文章ファイルの編集履歴や検索履歴、ATOKの推測候補などを非表示にする。たとえば「B社プロジェクト~」という名前のファイルがあったとして、画面にふと表示された情報から「A社はB社の某案件に食い込んでいる」などと推測されかねない。極端だが、案件妨害や株価に影響を与えるケースが発生するかもしれない。このようなトラブルを未然に防ぐのはプロテクトモードのメリットだ。
プライバシーモードは、編集画面にマスクをかけて半透明にし、編集行のみを表示する機能。プロテクトモードと同様に各種履歴やタイトルバーの文書名、各種プレビューも半透明になるため、のぞき見による情報漏えいを未然に防ぐ。なお、プロテクトモードもプライバシーモードも、非表示およびマスクの対象はユーザーがカスタマイズすることも可能だ。
一太郎2022内で文章の表現や誤字・脱字を指摘する「文書校正」も機能強化を図った。新たに加わった確認要素は「回りくどい表現」「命令的表現」の2項目。
たとえば「○○をもって」は「○○で」、「しかしながら」は「しかし」に訂正して冗長な印象を一掃する。命令的表現は「確認されたい」→「確認してください」「確認していただきたい」、「必着のこと」→「お送りください」などだ。「→」で示した右側の言い換え候補を提示するため、幅広い年齢層が目にする広報誌や案内状といった文書でも心強い。
ほか文書作成機能としては、縦組み時の脚注で括弧を縦中横(たてちゅうよこ)で表示する機能や、別章などの連番を挿入するときに連番の後に続く文字列を自動的挿入する機能、以前のバージョンでは行をまたいでいた小説用三点リーダーや小説用ダッシュ、「くの字点」のような踊り字の行またぎを抑止する機能を強化した。
加えて、冊子作成時のノンブル(ページ番号)を非表示にしたい場合にノド側(閉じ側)隠しノンブルを挿入する機能や、A4用紙で三つ折りリーフレットを作成する機能を用意する。しおりやフリーペーパーなどテンプレートの種類は30種におよぶ。
上位版「一太郎2022プラチナ」
以上が一太郎2022の主な新機能・強化点だが、合わせて一太郎2022プラチナの特徴も紹介しておこう。まず、フォントとして「凸版文久体 5書体」「フォントワークスデザイン書体 7書体」の全12書体をバンドルする。電子辞典「デジタル大辞泉 for ATOK」は2012年発行の大辞泉 第二版(25万7,000語を収録)をベースにデータを更新し続け、2021年10月時点で約30万語を収録。もちろん一太郎2022だけでなく、ATOKの連携電子辞典としても使える。
ほかにも、日本語4話者による括弧の読み分けに対応した読み上げソフト「詠太12」、新型コロナウイルス感染症対策など時事的な注意喚起部品を追加し、2022年で35周年を迎えるグラフィックソフト「花子2022」、画面キャプチャ・加工アプリの「画面カッター Neo」、電子印鑑機能を強化してマイナンバーカードの取り込みなど電子署名の付与と検証に対応した「JUST PDF 5」、表計算ソフト「JUST Calc 4 /R.2」、プレゼンテーションソフト「JUST Foucs 4 /R.2」 が含まれる。
ATOK Passportの強化点は?
と、ここまで「ATOK for 一太郎」の名前が出てこなかったことを不思議に思った読者諸氏もいるだろう。今回の一太郎2022・一太郎2022プラチナに付属するATOKは「ATOK Passport プレミアム(1年)」へと変更された。
従来の一太郎シリーズは、パッケージを購入すれば付属のATOKを永続的に利用できたが(ユーザーがバージョンアップを望まない限り)、今回はATOKに関してのみ「部分的なサブスクリプション」を導入した形だ。ジャストシステムの説明によれば、ATOK Passportプレミアムの契約が終了すると、一太郎2022上でもATOKが使えなくなる(サブスクリプションを更新すれば使用可能)。旧版の所有が前提となるが、一太郎2021の「ATOK for 一太郎」などを使用することになる。
2021年11月1日に、ATOK PassportはWindows版、macOS版、Android版、iOS版・iPadOS版への対応を発表している。ただし新たなiOS版「ATOK for iOS Professional」を使用できるのは、ATOK Passportプレミアム版のみ。ベーシック版の契約は従来と同じく3つのOS(Windows版、macOS版、Android版)に限定される。ユーザーをATOK Passportプレミアムに誘導したいと思われるが、一太郎にATOK Passportを組み合わせる判断は、消費者向けソフトウェア市場で買い切り型のビジネスモデルが崩壊しつつある現状を踏まえると仕方ないだろう。
さて、ATOK自身の機能向上ポイントも紹介しよう。2022年2月の更新を予定しているWindows版とmacOS版のATOKは、新たに「ATOKディープコアエンジン2」を搭載する。たとえば同音異義語の「異動」と「移動」なら、「経理部に配属され、その後に何度か異動した」「出張のため、新幹線に乗って移動した」といった文章を正確に変換できるとしている。
ジャストシステムは「誤用しやすい同音異義語など見落としがちな箇所を中心に、文脈判断を洗練させるチューニングを図った」と説明しているが、主に恩恵を受けるのは長文の連文節変換を使用する場合だろう。「単語+助詞」で細かい変換が多い筆者にとってどれくらいのメリットがあるか分からないが、リリース後にチェックしてみたいと思う。
気になる新機能は「カスタムATOK」だ。スタンダード・シンプル・ビジネス文書・カジュアル文書の4パターンから選択する「かんたんカスタム」に加えて、半角入力の有無や助詞からの変換、入力文章のチェックといった20の質問に沿って動作をカスタマイズする「こだわりカスタム」によって、自分なりの入力環境を構築できる。
設定範囲の全容は現時点では不明だが、長年積み上げてきたATOKのプロパティダイアログはもう限界だ(設定項目が多く複雑)。新たにATOKを使い始めるユーザー向けの支援策として、カスタムATOKは評価したい。
このほか、一太郎2022と同様に推測変換候補を非表示にして、過去の変換内容から業務情報をオンライン会議相手に漏れないようにする「ATOKプロテクトモード」がある。Zoomによるオンライン会議の実行時は自動の有効化が可能だ。また、Webブラウザーのシークレットモードと連動してATOKの学習機能や確定履歴保存を抑制する「プライバシーモード」は、SaaS利用が標準化しつつある現状を反映した機能向上だ。
長年の愛用者に向けて、多様な角度から機能向上を図った一太郎2022は、配布文書を作成するユーザーにも小説など文筆に特化しているユーザーにも興味深いソフトウェアといえるだろう。ただ、前述のように一部サブスクリプション型に切り替えるなど、従来と同じ使い方を続けることは難しくなった。
さらにワープロソフト市場を見渡すと、もう何年も前から一太郎シリーズは劣勢だ。Microsoft WordはWeb版の開発に注力し、Googleドキュメントも利用形態はWeb経由のみ。一太郎シリーズのようにパッケージとして提供するワープロソフトは多くない。ジャストシステムに現状を打開するアイデアがあるか尋ねてみたが、「日本語を使うすべての方々が顧客と認識している」と手の内は見せなかった。一太郎シリーズについては開発継続を表明しているため、高品質な文書や文章をつづりたいというニーズがあるなら、今回のバージョンアップにも注目すべきだろう。