茨城県が昨年8月に、自治体初となる公認バーチャルYouTuber(Vチューバー)「茨ひより(愛称:ひよりん)」を起用してから半年が経過した。毎年なにかと話題になるブランド総合研究所が発表する「都道府県魅力度ランキング」で、6年連続最下位となった同県が、起死回生の一手としてはじめた取り組みは、どのような効果があったのだろうか? 茨城県営業戦略部プロモーション戦略チームの谷越敦子氏に話を聞いた。

  • 自治体初となる公認バーチャルYouTuber「茨ひより」【愛称:ひよりん】(写真:マイナビニュース)

    自治体初となる公認バーチャルYouTuber「茨ひより」【愛称:ひよりん】

■自治体運営のYouTubeチャンネルでは「日本一」

茨城県は全国で唯一民放の県域テレビ局が無い。その代わりにいち早く運営を開始したのが、約6年前に開局したインターネット動画サイト『いばキラTV - IBAKIRA TV -』だ。「茨城県の魅力発信」を掲げてスタートした番組は今や、チャンネル登録者数9万3,000人を超え、都道府県が運営する動画サイトとしては「動画掲載本数」、「総再生回数」、「チャンネル登録者数」で3年連続の日本一に輝いている(茨城県調べ)。

  • 茨城県営業戦略部プロモーション戦略チーム:谷越敦子氏

    茨城県営業戦略部プロモーション戦略チーム:谷越敦子氏

『いばキラTV』のチャンネルを覗いてみると、納豆の妖精でもある「ねば~る君」や、茨城県出身のお笑いコンビ・カミナリを起用した観光地や名産の紹介をはじめ、県内の絶景風景を4Kで撮影した動画など、茨城県の魅力をPRするためのコンテンツが数多く配信されている。

その中で特に人気が高い動画コンテンツを見ると、特産品を使った「大食い」や、人気YouTuber「Fischer’s-フィッシャーズ-」や「水溜りボンド」との「コラボ動画」など、YouTubeと親和性が高いコンテンツもしっかりと活用していることが分かる。現在の多くの人気を獲得しているチャンネルが活用してきた手法を、県が運営するチャンネルがこれほど多用していることに、「お役所仕事」に伴いがちなお堅いイメージをいい意味で裏切られた。

「大食い」、「コラボ動画」などに続き、新しいチャレンジとして「Vチューバー」の起用は、現在のYouTube界のトレンドを追いかけるのであれば自然な流れだが、県が運営するチャンネルとしては、少々攻めた姿勢だと思える。それでも谷越氏は「誰も反対する人がいなくてトントンと進んでいきました」と話す。

■「バーチャルYouTuber」とは?

そもそも今回茨城県が導入した「バーチャルYouTuber」とは、これまでYouTubeの動画再生で得られる広告収入を主な収入源として生活する人(クリエイター)の総称を「YouTuber」と呼んでいるのに対して、2Dまたは3Dのアバターを使って、動画投稿や配信活動を行っているいわゆる「中の人」として活動する人を「バーチャルYouTuber」と位置づけている。

火付け役になったのが2016年12月に活動を開始した日本のVチューバー界のパイオニア的存在である「キズナアイ」。同氏が、自身のことを「バーチャルYouTuber」と名乗ったことで、一気に広まった名称だ。そして昨年「Vチューバー元年」と呼ばれるブームが訪れ、昨年末に発表されたドワンゴが運営する『ニコニコ大百科』および、ピクシブが運営する『ピクシブ百科事典』の両サービスが主催するネットで最も流行した単語を表彰する『ネット流行語 100 2018』では、2位に「バーチャルYouTuber」が輝き、現在国内には6,000体のVチューバーがいると言われている。

■「魅力を伝える」軸がブレなければ 脱・お役所っぽさも積極的に

『いばキラTV』の視聴者は現在25歳未満が3分の1を占めているのだそうだ。より多くの若年層に県の魅力を伝えるための手法に、「Vチューバー」を選んだことは、「自然な流れで、無理に方向転換したわけではないんです」と同氏。運営の軸である「茨城県の魅力を伝える」ためであれば、柔軟に視聴者のニーズに積極的に応えていこうという姿勢であり、時には「ゲーム実況」に挑戦するなど“お役所っぽくない営業”でチャレンジしていくこともあるのだそうだ。

  •  2018年8月10日に公開された『いばキラTV』初登場時

    2018年8月10日に公開された『いばキラTV』初登場時

“お役所っぽくない営業”スタイルと、昨年の「Vチューバー元年」のブームにより、企業がVチューバー起用の広がりを見せる中、昨年8月に国内で自治体公認としては初のVチューバー「茨ひより」が、アナウンサーとして“着任”するという試みが実現した。茨城県知事である大井川和彦氏が辞令を交付したことも、各メディアで取り上げられ話題となった。

■ひよりん効果で広告換算1億6,000万円

「茨ひより」が自治体初として登場して半年。運用について他の自治体から問い合わせや、何よりも視聴者からの応援のコメントが多く寄せられているという。そしてその効果は、数字にもしっかり表れている。

  • 茨城県出身のイラストレーター・ハルタスクさんがデザインを手がけた

    茨城県出身のイラストレーター・ハルタスクさんがデザインを手がけた

『いばキラTV』のチャンネル登録者数は、昨年6月の「茨ひより」キービジュアル公開時から、今年2月現在で約2万人増加。「茨ひより」ツイッターのフォロー数は約13,000人と着実に数を伸ばしている。テレビ、新聞など多数のメディアに取り上げられ、広告換算額は、今年1月末時点で1億6,000万円に上るという。

■Vチューバーだからできた「お役所」という壁の撤廃

「茨ひより」の動画の最大の特徴は、他のコンテンツと比べ圧倒的に視聴者からのコメントが多いことだ。そして驚くことにそのほとんどのコメントに対して返信を行っており、交流の輪が広がっている。

谷越氏は「茨ひよりって県職員なんですけれど、すごく声をかけやすくて、あいさつの『おばらきー』だけでも、たくさんの返事を返してくれて楽しいやり取りができている。視聴者からも企画のアイディアを提案されたりしている」と話す。県職員という県民と普段あまり接する機会がない存在が、これほどまでに多くの人と交流を持つことができたのは、Vチューバーのキャラクター性がなせる技であろう。

また「茨ひより」を立ち上げる際に、視聴者とコミュニケーションを取りながら動画に反映して「一緒に作っていく」ことを目指したという原点がキャラクター性に大きく反映しているといえる。アナウンサーだけどニュース原稿はよく噛むし、感情的になると方言をむき出しにする。一生懸命だけど、空回りしちゃっている県庁に勤めて3年目(設定)の女の子「ひよりん」は、応援してくれている視聴者と共に成長していく。その愛らしい人間っぽさが、話しかけている人(コメント)の意識には、ほとんど「県職員」という存在を感じさせてはいないのだろう。

チャレンジ精神旺盛な企画が日々集まり、失敗の許されない生配信にも挑戦しているが、あくまで県が運営しているチャンネルであるからこそ、線引きには最も神経を使っており苦労もあるという。谷越氏は「我々もここまでやってしまって良いのかな? と迷う時もありますが、そこは茨城の魅力をしっかり発信する・伝えるというところがブレなければ、これからもいろいろチャレンジしていきたい」と前向きだ。