飛行機と地上の条件が整えば、離陸以外の全ての操作は自動操縦でもまかなえるが、特に空港への離陸・着陸時はパイロットが最も神経を張り詰める瞬間だ。その中で確実に安全を担保するために、どこの航空会社にも所属していない飛行機が活躍していることをご存じだろうか。

これが"チェックスター"こと飛行検査機(セスナ式525C型: サイテーションCJ4)

空路をつくる珍しい飛行機

その飛行機は一般公募で"チェックスター"と命名された飛行検査機で、国交省が運航・所有している。現在はサーブSAAB2000型が2機、ボンバルディアDHC-8-300型が1機、セスナ式525C型(サイテーションCJ4)が3機あるが、2017年度にはSAAB型機の後継機としてセスナ式が2機導入される。小型機へとダウンサイジングすることで、整備も含め運航にかかる経費を削減できるという。

サーブSAAB2000型(提供: 国土交通省)

ボンバルディアDHC-8-300型(提供: 国土交通省)

検査対象は、国内の空港にある計器着陸装置(ILS)や進入角指示灯(PAPI)などのみならず、航路上に設置されている飛んでいる飛行機の位置と高度を捉える航空路監視レーダー(ARSR)や、管制官がパイロットと交信するための無線電話装置(RCAG)などもあり、それらの数を合わせると優に600以上となる。

それぞれは半年~1年ほどの定期検査間隔で、この3機種全6機にて飛行検査を実施している。つまり、いつどこで会えるかは分からないというわけだ。新幹線には、軌道・電気設備・信号設備を検査する事業用車両、通称"ドクターイエロー"と呼ばれる車両があるが、その意味ではこの"チェックスター"もなかなかお目にかかれなないレアな存在と言えるだろう。

セスナ式525C型は7人乗り

自動操縦ができる理由はここにある

では実際、この"チェックスター"は何をしているのか。飛行検査業務を簡単に説明すると、それぞれの施設が正しく動作しているか実際に飛行機を飛ばして確認する「飛行検査」、パイロットにとって空港の離発着が安全にできる方式になっているか飛行機を飛ばして確認する「飛行検証」、空港や航空保安施設等の新設や新しいシステムを導入した時にその安全性を飛行機を用いて評価する「飛行調査」、この3つがある。

例えば、安全に空港に着陸するために、滑走路の中心線と飛行機のずれは10m以内になるように定められており、そのずれを防ぐために空港にはさまざまな施設が設けられている。そのひとつである計器着陸装置(ILS)は、悪天候時にも安全に滑走路に着陸するために利用されている。

実際に"チェックスター"で行う飛行検査では、飛行機を滑走路へ進入させることで、飛行機の縦・横・距離の観点から既存のデータと実際のデータとの間にどのくらいずれがあるのかを検査する。明確にこれだけずれが生じていることを施設の維持管理者に伝え、ずれが大きい時には修復を促している。

(左)ILSグライドスロープ(GS)は縦方向のずれを知らせる(提供: 国土交通省)

ILSローカライザー(LOC)は横方向のずれを知らせる(提供: 国土交通省)

「例えば、ここにパン屋さんがありますよ、ここにコンビニがありますよ、と地図には書いてあっても、現実にそこにパン屋さんやコンビニがないと方向感覚が失われてしまいますよね。それと同じように、われわれは空港を中心として、電波で空港に入ってくる空路を確認しています。

電波は光と同じく真っすぐ進みますが、建物があったり装置そのものが古かったりすると、どうしても誤差が生じてしまいます。それがどの程度の誤差なら許されるのかを確認しているのがわれわれです。その誤差が大きいと、誤って隣の滑走路に着陸してしまうこともあるかもしれません。だから、そんな根本的な地図の配置やずれを明確に示す必要があります」(飛行検査センター 小黒和哉飛行検査官)。

(左から)飛行検査センター 小黒和哉飛行検査官、飛行検査センター 菊池義人専門官 航空情報・飛行検査高度化企画室 高田靖士係長、飛行検査センター 水流良一次席飛行検査官

"チェックスター"の中を公開!

過去の飛行検査機にはYS-11やBD-700などもあったが、最新型の飛行検査機はセスナ式525C型(サイテーションCJ4)と小型化している。7人乗りのセスナ式には、操縦士は2人、データ解析を担う無線技術士は1~3人体制で乗務し、検査飛行は最長でも3時間程度となる。小型化が可能になった理由のひとつに、テクノロジーの進歩が挙げられる。従来であれば2人がかりでないとできなかった解析が、検査内容によっては現在ではひとりでもできるようになったそうだ。

いざ、"チェックスター"の中へ

小型化のメリットとしてほかに、燃費も含めた運航コストの削減も挙げられるが、パイロット目線でのメリットもあるという。飛行検査センター 菊池義人専門官は、「気流が悪い時には安定性がやや落ちるものの、コンパクトになった分、操作性はいいです。そもそも新しい飛行機なので、10~20年前の飛行機に比べるとコンピューターのシステムが最新になっており、テクノロジーの面で『こんな小さい飛行機なのにこんなこともできるんだ』という機能がついているのは確かです。オペレーションの面で便利な飛行機になっていると思います」と話す。

データ解析はひとりで行うこともある

座席の一方はトイレに早変わり

カーゴは機内にもある

空の安全を保障する使命感

"チェックスター"のパイロットたちは航空会社のパイロットと同様、定期運送用操縦士(機長)や事業用操縦士(副操縦士)、計器飛行証明、航空身体検査、航空無線通信士の資格が必須となる。自社養成ではなく資格保有者を公募して採用しているため、航空会社や自衛隊のパイロット経験者や航空大学を卒業した学生など、さまざまなバックグラウンドをもつ人々が集まっている。

飛行検査機はあくまでも検査であるため、ひとつの空港の周りをひたすらグルグル飛ぶということも少なくない。世界をまたにかけて活躍するパイロットとはまた別のモチベーションが必要になるだろう。実際、パイロットたちはどのようなモチベーションで検査に向かっているのか、菊池氏にうかがった。

セスナ式525C型のコックピット

「どのパイロットもそうですけど、本当に飛んでいるだけで幸せ、という人が多いんですよ。それがベースですが、パイロットにもいろんな人々がいますよね。航空会社のパイロットの場合、ある場所からある場所までお客さまを運びます。お客さまをいかに快適に運べるか、ということに喜びややりがいを感じる人もいるでしょう。

われわれの場合、空の安全に関して自分たちの手で保障した方式・施設で世界中の航空会社が飛んでいる、それをモチベーションにしている人もいます。国内の空港のある場所ならどこにでも行ける、ということも挙げられますよね。あらゆるところに行ける、それが楽しいというパイロットもいます。また、いろんな機種の飛行機に乗れる、ということも言えます」。

ちなみに、"チェックスター"の他にも、パイロットの間で自然発生した愛称がひとつだけあるという。現在、1機だけ運用されているボンバルディアDHC-8-300型は、JA007G(チェックスター7)というところから、誰が言い始めたでもなく"ななこちゃん"と呼ばれているという。「"ななこちゃん"には愛着を感じています。ほかに対して"はちちゃん""きゅーちゃん"などと言うことはないですけど。"ななこちゃん"もまだがんばって飛んでいますよ。みんなに愛されています」と、菊池氏も笑顔で話してくれた。

今度はいつ、"チェックスター"に会えるのだろう

日本では国交省が担っている飛行検査業務は、万国共通の基準で行っている。日々、彼らがつくった空の道があるからこそ、世界中の飛行機が正しく飛べている。空の安全を守るために欠かせない業務ではあるものの、その内容は一般には分かりにくいのが実情だろう。"チェックスター"自体もなかなかお目にかかれない存在ではあるので、もしどこかの空港でそれらしきものを目にしたら、ドクターイエロー同様「今日はちょっといいことがあるかも」などと思ってみては。