ネット民は「大勝利」と沸いていますが、当然ながら「パクりが事実だった」ことを証明したことにはなりませんし、佐野氏や五輪組織委員会もそれを認めていません。
2015年9月1日に開かれた「五輪エンブレム取り下げ」を発表する会見の中で、組織委員会の事務総長、武藤敏郎氏はこう語りました。

「ここまでいろいろな形で問題になったときに一般の国民の方々が今のようなご説明(注:審査委員長の永井一正氏による模倣を否定する説明内容のことを指す)で納得されるかは、現状問題があるかもしれませんと。これは永井さん自身のお話でありました。
残念ながら自分(注:永井一正氏のこと)のこのような説明、それから佐野さんの説明は専門家の間では十分わかり合えるんだけど、一般の国民にはわかりにくいですねという話がありました。」
(ログミー『オリンピック組織委員会が会見でエンブレム取り下げを発表「一般国民の理解は得られない」』より一部抜粋、カッコ内は著者注)

つまり「一般の国民にご理解いただけない」から、パクりは認めないが取り下げるよ、という内容です。大きくなりすぎた油田火災はニトロで吹き飛ばすそうですが、そのくらいの覚悟があったものと思われます。

が、まったく火は消えませんでした。
この「一般の国民」という言葉がネット民の怒りを買い、デザイナーを指す「上級国民」という揶揄まで生まれ、むしろ火に油を注ぐ結果となったのです。

なぜなら、ネット民(つまり「一般の国民」)はかなり早い段階で「パクリかどうか」ではないところに怒りと不満の矛先を向けていたのに、この会見内容では、それにまったく無理解だったことを示したに過ぎないからです。

すべての働く人は、同じ問題のタネを抱えている

じゃあ、その矛先はどこに向かっていたのでしょう? スパっと書きます。「選民意識」です。

この問題が起こった当初、かなり早い段階から「批判派」と「擁護派」に分かれてネット上で論争になりました。
批判派は主にネット民たち、擁護派は広告業界とデザイン業界で佐野氏に負けず劣らずスターとして輝く一流クリエイターたちを先頭とした集まりです。

擁護派の論調は、「デザインをしたことない人には分からないだろうけど」「クリエイターなら分かることだと思いますが」という調子で、にじみ出る選民意識と自己防衛の空気に反感を覚えるネット民がいても不思議ではありませんでした。

ただ、業界の外にいる人には分からないことが多かったのも事実。じゃあお前らが国際的に恥ずかしくないエンブレムを作ってみろよ、と言われたらできません。100作を超える応募作品から1つを選ぶこともできないでしょう。
だからといって「どうせわからないでしょ」とは言うべきではなかったと思いますが、彼らは自分たちの仕事に「誇り」を感じていて、それを守るために戦っていたのです。

誰だって、自分たちの仕事が否定されようとしている世論には抵抗したくなるものではないでしょうか。