"アクセシビリティ"という言葉がない世界を夢見て

兼ねてより企業市民活動に力を入れてきたマイクロソフトが、広島大学との産学連携によるアクセシビリティリーダー育成への取り組みについて記者説明会を開いた。アクセシビリティとは、様々なシステムへのアクセスのしやすさ、接近容易性を表す語。年齢や身体的制約、利用環境等に関係なく、すべての人々がその機能に問題なくアクセスできることを示している。

この広島大学との共同プロジェクトでは、アクセシビリティの向上を図るものではなく、実際に使い手となるヒューマンリソースの教育に重点が置かれている。アクセシビリティとは何かを学び、本当の意味での"アクセシビリティ=道具"などの使いやすさ、情報やサービスに対する利用のしやすさを理解し、そこで得たノウハウを活かし後人に伝えていくことが大きな目標して掲げられているのだ。

マイクロソフトの企業市民活動について説明する同社業務執行役員CTOの加治佐俊一さん

マイクロソフトはテクノロジーで、広島大学は教育で

アクセシビリティに関して、マイクロソフトは様々な取り組みを行ってきている。例えば昨年のCEATEC JAPAN 2008では、高齢者や障がい者でも隔たりなくコンピュータに触れることを可能とするバリアフリーコンピューティングが披露された。他にも拡大鏡や文字読み上げといった機能の拡充を推し進めてきている。

今回の記者発表の場でマイクロソフトの加治佐俊一業務執行役員CTOは、「Windows自体の機能向上はもちろん、現在16社ある支援技術メーカーとの連携を進めており、次期OSのWindows7では"UIオートメーション" というアクセシビリティ用の新しいコアコンポーネントを導入しました。それによってハードウェアとソフトウェアの相互作用を生み、使いやすさの向上を図っています」と語っている。マイクロソフトが、IT活用でのバリアフリーに本気で取り組んでいる姿がここでも伺える。

一方の広島大学では、教養教育のひとつとしてアクセシビリティの基礎概念や障がい者にとっての障壁の特性、支援技術の活用法等を学習する場を設けてきた。その学習の一環としてさらにステップアップしたものが「アクセシビリティリーダープログラム」として用意されており、学内では認定試験合格者にアクセシビリティリーダーの認定書が学長から授与されている。

広島大学アクセシビリティセンター長の佐野眞理子博士

広島大学大学院総合科学研究科教授アクセシビリティセンター長の佐野眞理子人類学博士は、平成12年に広島大学としてのターニングポイントがあったという。「本当の意味でのアクセシビリティ、利用可能性と利便性をまずは学内に根付かせるため、すべての学生の支援、人材育成、技術支援を行う環境として素地を整えつつあります。学生はもちろん、教職員等にも学習をするうえで健常者障がい者を問わず使いやすいテキストか、つまりアクセシビリティが保たれたものかどうかを考えさせるきっかけを生みました」と語ってくださった。

夢は、人のために役立つこと

アクセシビリティリーダー育成キャンプの様子

では何故、マイクロソフトと広島大学が共同プロジェクトを立ち上げたのか、その経緯を伺ってみた。マイクロソフトと広島大学との繋がりは2004年にさかのぼり、アクセシビリティとは何かを学ぶ人材育成にマイクロソフトが着目し、包括的研究協力等覚書を締結したのだという。マイクロソフトはITを含めたテクノロジー、広島大学はアクセシビリティを学ぶ人材の教育・育成という観点でタッグを組み、「アクセシビリティリーダー育成キャンプ」を過去4回実施してきた。このキャンプは、広島大学アクセシビリティリーダー認定資格者やアクセシビリティに取り組む他大学の学生が参加し、マイクロソフトを含む大手企業や公官庁での研修が盛り込まれている。今回の記者発表時に第5回目のキャンプを目の当たりにする機会があり、実際に参加していた学生にその感想を伺った。

卒業後は特別支援学校の教員かマスメディアの職に就き人の役に立ちたいと話してくださった加藤さん。

お話を伺ったのは、ご自身も眼に障がいを持ち真剣に講義を聴講していた広島大学2年の加藤さん。「特別支援学校の教員からアクセシビリティに力を入れている広島大学のことを知り興味を持ったのがきっかけです。以前からボランティア活動などを行っていたこともあり、アクセシビリティリーダーの資格にチャレンジしました。今回のキャンプでは、テレビ電話や発達障害児向けの学習用パワーポイントの文書などマイクロソフトの先端技術を垣間見ることができ、よい体験ができたと実感しています」と眼を輝かせていた。

広島大学でのプログラムで学ぶごとに「自分で勝手に閉ざしてきた可能性を解放してもいいんだ」と感じたのだと語る。「マイクロソフトのような大企業でも私と同じように障害を持つ人が第一線で活躍されていることを知り、一度は諦めたマスメディアへの就職意欲が湧いてきました」と声を弾ませていた。「人の役に立つことがしたい」と、加藤さんは穏やかな表情ながら確固たる決意を見せてくれた。

アクセシビリティという言葉が存在しない世の中を目指して

「アクセシビリティリーダー育成キャンプ」を開催する意義として、マイクロソフトにおいても広島大学においても、"未来の社会への種まき"として捉えている。自分たちが生み出したものは本当に誰もが使いやすいものであるか、誰もが使いやすくするにはどうしたら良いか。そういった考えを素地として有している人材を輩出していくことにより、産学官を問わずあらゆる場所で花を咲かせ、大きな実を実らせてくれると信じて。

マイクロソフトには世界的なシェアを誇るOS"Windows"を世に送り出す者として、さらに多くの人々がITをより手軽に、より使いやすくする努力に期待したい。それと同時に、高齢者や障がい者のIT利用時の障壁を理解し、手を差し伸べることができる人材の育成にも、更なる力を発揮してもらいたい。