日本のウイスキーといえば、『山崎』などのシングルモルトウイスキーよりも『サントリー角瓶』を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。80年を超えるロングセラー商品で、日本で一番売れているウイスキーです。あの特徴的な黄色いラベルと亀甲模様のボトルは世代を超えて愛され、特にハイボールブーム以降は、日本の食卓や酒場に欠かせない存在となっています。
身近な存在の角瓶ですが、その長い歴史やデザイン、そして名前には、意外と知られていない面白い秘密がたくさん隠されています。今回は、いつもの一杯がもっと味わい深くなる、サントリー角瓶にまつわる珠玉のトリビアを5個、厳選してご紹介します。
サントリー角瓶の物語は、日本のウイスキーの父とも称されるサントリーの創業者、鳥井信治郎の情熱なしには語れません。鳥井は「日本人の繊細な味覚に合う、世界に通用する国産ウイスキーを造る」という大きな夢を抱き、1923年に日本初の本格的なウイスキー蒸溜所である山崎蒸溜所を設立しました。
しかし、道のりは平坦ではありませんでした。スコットランドの模倣ではない、日本独自のウイスキーを追求する中で、1929年に発売した国産ウイスキーの第1号『サントリーウヰスキー白札』は、当時の日本人には個性が強すぎるとして受け入れられませんでした。この失敗から鳥井は、日本人の嗜好を徹底的に研究しはじめます。
試行錯誤の末、1937年(昭和12年)10月8日、ついに後の『角瓶』となるウイスキーが世に出ます。
スモーキーさを抑えつつ、しっかりとしたコクと甘みを感じさせ、和食にも合うまろやかな味わいは、まさに鳥井が目指した日本のウイスキーの理想形でした。この角瓶の成功が、その後のサントリー、ひいてはジャパニーズウイスキー全体が発展する大きな礎となったのです。
■知れば“角ハイ”が10倍ウマくなる!? 角瓶トリビア5選!
【トリビア1】実は『角瓶』はニックネームだった!?
驚くかもしれませんが、発売当初『角瓶』というのは正式な商品名ではありませんでした。1937年の発売当初、角瓶の正式名称は『サントリーウヰスキー12年』だったのです。しかし、これはブレンドされている原酒の中に12年以上熟成されたものが一部含まれている――という意味合いであり、ウイスキー全体が12年熟成というわけではありませんでした。
スコッチウイスキーなどの厳格な年数表示基準からすると、誇大表現とも言えたため、この「12年」という表記は比較的早い段階でラベルから姿を消しています。それでも、当時の国産ウイスキーとしては長期熟成原酒を使った高級品であったことに変わりはありません。
ちなみに、角瓶が発売されたのは1937年10月8日で、この輝かしい誕生を記念して、サントリーは10月8日を「角ハイボールの日」として日本記念日協会に登録しています。
製品名から「12年」が消えたの後は『サントリーウイスキー』と表記していたのですが、角張ったボトル形状と、美しい亀甲模様のデザインがあまりにも印象的だったため、消費者の間で自然発生的に「角瓶」や「角」という愛称で呼ばれるようになりました。角瓶のラベルをじっくり見てみてください。どこにも「角瓶」とは書かれていません。
「角瓶」という呼び名が定着したので、現在ではサントリー自身も公式に「角瓶」の愛称を使用しています。「角瓶」は通称がブランド名として広く認知される稀有な例なのです。
【トリビア2】あのボトルデザインは日本の伝統工芸から生まれた!
角瓶のアイデンティティとも言える、亀甲模様が刻まれた角型のボトル。この美しいデザインは、日本の伝統工芸品である「薩摩切子」がモチーフになっています。
創業者・鳥井信治郎が薩摩切子の美しさに感銘を受け、世界に通用する日本的なデザインを追求する中で、社内デザイナーだった井上木它(ぼくだ)が考案しました。長寿の象徴である亀の甲羅を模した縁起の良い亀甲模様は、ウイスキーの琥珀色を美しく反射させ、欧米のウイスキーボトルとは一線を画す、独特の存在感を放っています。鳥井はこのデザインを見て「この瓶は万年も残りまっせ!」と大変喜んだという逸話も残っています。
ラベルの「Suntry Whisky」ロゴ下には、創業者・鳥井信治郎のサインが中央に記載されています。
【トリビア3】戦時下を生き抜いた強運! 海軍御用達のウイスキーだった!
角瓶が発売されたのは、日本が戦争へと突き進む激動の時代でした。皮肉なことに、この時代背景が角瓶にとって追い風となる側面もありました。
戦時体制下で舶来品の輸入が停止されると、国産ウイスキーである角瓶の需要が高まります。さらに品質の高さが評価され、日本海軍への大量納入に成功。「海軍指定品」となったことで、原料となる穀物の配給も優先的に受けられるようになり、厳しい状況下でも製造を続けることができたのです。
戦時中、角瓶は日本陸軍でも愛飲され、戦地に送られることもありました。当時の将兵の中には、配給された角瓶を飲んで、その品質の高さから「外国製の高級ウイスキー」だと思い込んでいた人も少なくなかったと言われています。戦後、それが国産のサントリーウイスキーだと知って驚いたというエピソードも残っており、角瓶がいかに当時の国産品としては画期的な品質を持っていたかを物語っています。
【トリビア4】幻の「白角」「黒角」を知ってる? 5リッターボトルもあるよ!
おなじみの黄色いラベルの角瓶(通称:黄角)以外にも、かつては姉妹品が存在しました。1992年には白州蒸溜所のモルト原酒をキーに、より淡麗でスッキリとした味わいの「白角」が登場。そして2007年には、山崎蒸溜所のパンチョン樽原酒などを使い、度数を43%に戻してしっかりとしたコクと豊かな味わいを追求した「角瓶〈黒43°〉」(通称:黒角)が発売されました。
残念ながら、ウイスキー原酒の需給バランスの変化などもあり、「白角」「黒角」ともに現在は終売となっています(白角は2022年に限定復活)。見かける機会があれば、ぜひ試してみたいウイスキーです。
もう1つ幻の銘柄があります。
1996年から翌97年にかけて、角瓶の発売60周年を記念した「我ら、角瓶党」キャンペーンが実施されました。このキャンペーンでは、角瓶のボトルについているポイントシールを集めると景品がもらえるというものでしたが、その目玉が非売品の特別ブレンドウイスキー「特角(とくかく)10年」でした。モルト原酒、グレーン原酒ともに10年以上熟成させた原酒のみを使用した贅沢なブレンド(度数43%)で、市販されることはなかったため、当時のウイスキーファンにとっては垂涎の的だったものです。
さて、角瓶は様々なサイズで販売されていますが、ラインナップの中には、なんと5,000ml、つまり5リットル入りの巨大なペットボトルが存在します。おもに業務用として流通していますが、一般の酒店でも取り扱っている場合があります。
筆者もこの「ジャイアント角」を愛飲していましたが、数年前から業務用ハイボール向け仕様となり、レモンピールスピリッツが加えられるようになりました。そのため、現在の5Lはウイスキー表記ではなく、リキュール扱いとなっています。
【トリビア5】やっと認められた愛称!『角瓶』商標登録秘話
広く浸透している「角瓶」という愛称ですが、実はその商標登録は一筋縄ではいきませんでした。サントリーが「角瓶」の名称を商標登録しようとした際、特許庁は当初、「角瓶」という文字自体に商品識別力はないとして登録を認めませんでした。
しかし、サントリーはこれを不服として裁判に訴え、最終的に2002年、東京高等裁判所が「角瓶」の文字自体が使用されていると認められるとして、サントリーの主張を全面的に認めました。晴れて「角瓶」の名称が商標登録されたのです。愛称が正式に認められるまでには、長い道のりがありました。
■時代を超えて愛される味! 角瓶と角ハイボールの魅力
数々のトリビアを持つサントリー角瓶ですが、その最大の魅力はやはり、時代に合わせて進化しながらも、発売当初からの「日本人の味覚に合うバランスの良さ」を守り続けている点にあります。
山崎蒸溜所と白州蒸溜所のバーボン樽原酒をキーにしたブレンドが生み出す、甘やかな香り、厚みのあるまろやかなコク、そしてドライでキレの良い後口は、ハイボールにぴったりです。
サントリーが推奨する美味しい作り方は、まずグラスに氷を山盛りに入れ、角瓶を適量注ぎます。次に、レモンを軽く絞り入れ(お好みで)、よく冷えた強炭酸ソーダを、角1に対してソーダ4の割合で、氷に当てないようにそっと注ぎ入れます。最後にマドラーで縦に1回だけ混ぜて完成。角瓶本来の味わいと爽快な炭酸の刺激が絶妙にマッチした、最高の角ハイボールが楽しめます。
今度、角瓶や角ハイボールを飲む機会があったら、ぜひ今回ご紹介したトリビアの数々を思い出してみてください。グラスの向こうに広がる豊かな歴史や物語を知れば、いつもの一杯が、きっと格別な味わいに感じられるはずです。