インフラツーリズムとは、公共施設である巨大構造物のダイナミックな景観を楽しんだり、通常では入れない建物の内部や工場、工事風景などを見学したりして、非日常を味わう小さな旅の一種である。
いつもの散歩からちょっと足を伸ばすだけで、誰もが楽しめるインフラツーリズムを実地体験し、その素晴らしさを共有する本コラム。今回は東京・有明の「東京臨海広域防災公園」で、“被災体験”をしてみた。
7月上旬の日曜日。かんかん照りの空の下、午前中にもかかわらず気温は急上昇していた。目的地は一般駐車場のない施設のため、少し離れた場所に車を停め、そこから10分ほど歩いた。すでに全身から汗が噴き出すような暑さだ。
「最近の東京の夏の暑さったら、もはやこれも災害級だよね」などと、ありがちな愚痴を同行者にこぼしながら、東京ベイエリア・有明地区にある「東京臨海広域防災公園」に到着した。
ここは、首都圏で地震をはじめとする大規模災害が発生した際に、国などの緊急災害対策本部が設置される場所。公園全体が広域的な指令機能を担うよう設計されている。
広大な敷地のうち、約半分が国営、残り半分が都立という構成で、平時は軽いスポーツやピクニック、バーベキューなどが楽しめる公園として市民に開放している。
外周には美しい花木や樹木が植えられ、大きな芝生広場もある。海から吹いてくる潮風が、ほんの少しだけ暑さを和らげてくれるほど爽やかだ。
一見、普通の公園と錯覚してしまいそうになるが、スケートボードを楽しむ人々がいるアスファルト敷きの広場がヘリポートであることに気づくと、この場所が帯びている特殊な使命を思い出さずにはいられない。
災害体験施設「そなエリア東京」へ
ゆりかもめ・有明駅至近の入り口から公園に入り、すぐ左手に見えるのが「そなエリア東京」。今回の主な目的である、地震発生後72時間をバーチャルに体験できる“防災体験学習施設”だ。
通常の通信網が寸断された状況でも、衛星通信や地上波無線などの自立した通信手段による情報の収集・発信が可能なように、建物の上には高いアンテナ塔が設置されている。実際に災害が発生した際には、ここに対策本部が置かれるのだ。
建物内に入ると、子ども連れの若い家族を中心に、たくさんの人で賑わっており、嬌声が響いていた。
まず1階のインフォメーションで「東京直下72hツアー」への参加を申し込み、約10分後にスタートする回に入ることができた。
このツアーは1時間に1回のペースで開催されており、個人や家族などの少人数であれば、事前予約は不要。来場後にインフォメーションで名前と人数を伝えれば、空きのある一番近い回に案内してもらえる。このツアーを含め、公園内のすべての施設は無料である。
日本に住む以上、いつどこで大きな地震が起きてもおかしくない。気象庁などの公的機関によって、メディアを通じてこうした警鐘は繰り返し発せられており、否応なく身に染みついている。基本的な防災グッズの用意や、緊急時における家族との連絡手段の確認など、それなりに準備はしているつもりだ。
特にここ最近は、いつにも増して地震に関する話題に敏感になっている。
鹿児島・トカラ列島で続く群発地震は、まるで地中で何かが蠢いているようで不気味だし、いずれ必ず起こるとされる南海トラフ地震や首都直下型地震も気がかりだ。この7月には、オカルト的な予言までもがメジャーなメディアで取り上げられるなど、不穏な気配が拭えない。
冷静に受け止めようとしながらも、「本当にそろそろかも」という心のざわつきを抑えきれずにいる。今回の訪問も、そうした不安や社会の空気感に後押しされたものであった。
「東京直下72hツアー」が始まる
「東京直下72hツアー」は、首都直下型地震発生直後の72時間を、タブレット端末を用いたシミュレーション形式で体験するプログラムだ。この“72時間”とは、災害時に公的支援が行き届くまでにかかる時間とされ、自力でどう過ごすかがサバイバルの鍵となる。
定刻になると参加者にタブレットが配られ、我々が今いるのは東京都心の商業施設10階という設定であることが説明される。案内に従いエレベーターに乗り込むと、動き始めて数秒後に電気が消え、足元に振動が伝わってきた。
そして「ただいま、大きな地震がありました……」という非常アナウンスが流れる。シミュレーションとは分かっていても、エレベーター内の緊張感は高まり、心拍数が自然と上がってしまった。
【動画】エレベーターに乗っていると地震発生!(音声が流れます。ご注意ください)
扉が静かに開くと、参加者たちは暗い非常通路へと進んでいった。その先には、震災直後の東京を再現した街並みが広がっていた。
実物大のセットや現物に書き割りやハリボテをうまく組み合わせ、「被災した都市の一角」がリアルに構成されている。夜間、停電中という設定で、非常電源の一部を除き、街全体は暗く沈んでいる。
倒れた電柱、傾いたビル、瓦礫とガラスの散乱した歩道、傾いた看板やエアコン室外機、垂れ下がった電線、倒れた自販機、立ち往生した車、棚から物が落ちたコンビニや事務所……。
地下鉄駅の入り口には全面運休の張り紙があり、改札へ続く階段の天井は崩れ落ちていた。瓦屋根の古い一軒家は完全に倒壊し、火災の炎も見えている。
【動画】リアルに作り込まれている被災後の街(音声が流れます。ご注意ください)
ツアー参加者は、手元のタブレットに表示されるクイズに答えながら、こうした街を進んでいく。
ネタバレになるので詳細は避けるが、出題されるのは被災者として取るべき正しい行動に関する内容だ。クイズの解答に従いながら、自然と順路をたどれる構成になっている。
リアルなセット、サイレンや地鳴り音、緊急放送などのサウンドエフェクトも臨場感を高めており、「震災直後の都会はこうなるのか」と実感できた。
被災時の風景を見ると、都市がいかに“人工的なバランス”によって成り立っているかがよく分かる。
わずかな揺れで秩序は崩れ、人の居場所が一瞬で失われる。参加者はそうした街を歩きながら、タブレットで「どちらの道を選ぶか」「どこで情報を得るか」「どう助けを呼ぶか」を学んでいく。
さらに進むと、三方の壁に広場が描かれた一室に入った。
ここは、災害発生後に一時的に避難する「一時避難場所」を想定したエリアである。どうやら余震のリスクがある街を抜け、当面の安全を確保できる場所に到着したということらしい。ひとまず安心。
このコーナーではモニターに2択クイズが表示され、フロアの色分けに応じて参加者が正解だと思う方に移動して回答する形式になっていた。はるか昔に出場した『高校生クイズ』を思い出し、ちょっと気分が上がった
災害後の暮らしと、オペレーションルーム見学
続く再現避難所エリアや防災学習ゾーンでは、パネルや実物展示を通して避難後の生活を学べるようになっている。展示の一つひとつに創意工夫が凝らされており、堅苦しさなく知識を得られる点に感心した。
ツアー終了後は、2階奥の「オペレーションルーム見学窓」へ。
吹き抜けの広い空間には、端末を備えたテーブルと椅子が整然と並び、壁面には多くのモニターが設置されていた。端末の席はざっと130席弱。中央に特大モニターが1台、その周囲には小モニターが96台も並ぶ。
大規模震災の際にはここに多くの人員が集まり、情報を収集し、対策を講じ、発信していくのだろう。今は平時で無人、モニターもすべてオフだが、ここが復旧・復興の要になると想像すると、静かな迫力を感じた。
このオペレーションルームは映画やドラマの撮影にも利用されており、特に印象的なのは2016年公開の映画『シン・ゴジラ』。予告編にも登場している。
……という説明を読んで、僕はなるほど!と膝を打った。
公園入り口の門の脇にあった自販機が『シン・ゴジラ』仕様だったことを不思議に思っていたが、これで合点がいった。なるほど、コラボだったのか。
建物を出ると、すぐ隣の芝生広場ではテントの下でバーベキューを楽しむグループの姿があり、園路を自転車で走り回る子どもたちの笑い声が響いていた。 平和な週末の東京である。
災害は、いつか必ず来る。
そう聞かされながら暮らしてきたが、それが“明日かもしれない”と想像できるかどうかで、防災の質は大きく変わるのだろう。東京臨海広域防災公園の体験は、まさにそのことを感覚で教えてくれた。
※本稿は2025年7月時点の取材をもとに執筆しています。施設の開館情報や展示内容は変更される場合がありますので、最新情報は公式サイトをご確認ください。