カスタマー・ハラスメント(カスハラ)が、企業経営に深刻な影響を与える社会問題となっています。大手企業を中心にカスハラのガイドラインを公表する動きが広がり、厚生労働省もカスハラ行為の定義や防止対策を企業に義務付ける方針を公表するなど、官民一体での取り組みが進んでいます。
本連載では、カスハラの基礎知識から、最前線のAI技術を活用した対策までを詳しく解説します。前回の記事では、AIを活用したカスハラ分析の手法や具体的な施策への活かし方について紹介しました。
今回は、コールセンターのカスハラ対策に活用できるAI機能の例と、企業の活用事例について紹介します。
コールセンターのカスハラ対策に活用できるAI機能
コールセンターでは、商品説明や手続き案内等に加え、クレームや厳しい要望への対応も求められます。カスハラに該当するようなやり取りが発生することもあり、オペレーターの精神的負担は少なくありません。こうした負担を軽減し、スムーズかつ正確な対応を行うために、AIの活用が広がっています。ここでは、その主な機能を紹介します。
リアルタイムアラート・リアルタイム文字起こし
リアルタイムアラートでは、特定のキーワードが発せられた際や顧客の声のトーンに変化があった場合など、カスハラの兆候をAIが自動で検知し、管理者に通知を出すことができる機能です。その他にも、一定の通話時間を超えたらアラートを出すこともでき、長時間の拘束を防げます。
リアルタイム文字起こしを組み合わせて活用することで、通知を確認した管理者は、該当の通話のリアルタイム文字起こしから応対内容を把握し、必要に応じてオペレーターをフォローできます。
自動記録と分析で対応品質を向上
設定したキーワードが含まれる通話にAIが自動でラベルを付け、カスハラの可能性がある通話を抽出します。また、生成AIによる要約を活用することで報告業務の効率化も実現可能です。
リアルタイムFAQ機能
第3回で解説したように、従業員の対応によりカスハラに発展してしまうケースでは、オペレーターの応対品質を向上させるアシスト機能も有効です。
通話中に顧客が発したキーワードに基づき、AIが関連するFAQやマニュアルを表示し、オペレーターの対応をサポートします。例えば、顧客から契約内容についての質問を受けた場合、「契約」というキーワードを検知して、AIが関連する情報を自動的に表示します。
これにより、確認のために通話を保留にして対応時間が長引くことや、不確かな回答によって顧客に誤った情報を伝えてしまうことを防ぐことができ、オペレーターの対応力不足によるカスハラの発生を減らす効果が期待できます。
話し方解析によるオペレーターのメンタルケア
音声解析を活用することで、話す速度や会話の比率、抑揚といった話し方を数値化することができます。普段と比べてオペレーターの話し方の数値に大きな差が見られた場合、ストレスや疲労のサインである可能性があるのです。管理者は、数値の変化をもとにオペレーターへのヒアリングや業務内容の調整などのフォローをすることができます。 オペレーターが安心して働ける環境を整えることは、応対品質の向上や離職防止にもつながります。
実際にコールセンターでAIの活用を進めている企業の事例を2社紹介します。
事例1. 担当者が抱え込まない仕組みづくり
不動産関連サービスを提供するA社では、AIを活用してカスハラの兆候を早期に検出する仕組みを導入しています。例えば「納得できない」「返品」「上の人」といったカスハラの可能性があるキーワードをAIが文字起こしデータから検知すると、管理者に自動で通知を行います。管理者はオペレーターの対応状況を確認し、アドバイスをしたり、対応を変わったりできます。
カスハラの判断はその場の雰囲気や受け取り方に依存するため、担当者が一人で判断するのではなく、管理者が確認・対応する体制を整えました。これにより、担当者がカスハラ対応を一人で抱え込まず、サポートが受けられる環境が実現しました。
事例2. AIとオペレーターの声を活かしたフォロー体制の強化
自動車保険関連のサービスを取り扱うB社では、電話での事故対応の際に、AIによるキーワード検知機能を活用して、カスハラに繋がる可能性のある通話を自動で抽出しています。これにより、管理者は早い段階で対応が必要な通話を把握し、迅速な対応が可能になります。
また、通話終了後にオペレーターが「どのような気持ちで対応を終えたか」を選択する仕組みも導入されています。例えば、「優しかった」「疲れる相手だった」「途中で電話を切られた」など、オペレーター自身が感じた感情を記録することで、業務中の心理的負担を可視化できます。
AIによる通話内容の自動抽出とオペレーターの感情選択を組み合わせることで、カスハラ対応などの心理的な負担が特定のオペレーターに偏っていないかを早期に発見できる仕組みを構築し、オペレーターが安心して働ける環境作りを推進しています。
次回は、企業がAIを導入する際に注意するポイントについて紹介します。