マツダが東京港区の南青山に「MAZDA TRANS AOYAMA」(マツダ トランス アオヤマ)を開設した。この店舗はクルマを売る「ショールーム」ではなく「ブランド発信拠点」の役割を持たせた体感施設とのことだが、なぜマツダはこのような店舗を作ったのか。オープニングレセプションで取材してきた。
マツダの存在感を引き上げる?
ファッションやトレンドの情報発信地として注目を集め続ける人気エリア、南青山に誕生した「MAZDA TRANS AOYAMA」。マツダは以前、「マツダロータリー原宿」というショールームを同地に構えていたが、1993年に閉鎖して以来、東京にこうした施設を置いていなかった。
32年ぶりに新たなブランド発信拠点が東京に誕生したわけだが、開設の理由は? マツダ執行役員の滝村典之さんは「『マツダとは』が見えづらくなってきている」ことに起因していると話す。
話は少し遡るが、バブル期のマツダは「5チャンネル体制」と呼ばれる販売戦略を取っていた。しかし同体制は、バブルの崩壊とともにマツダの経営を圧迫。結局は多チャンネル販売体制を縮小せざるを得ない状況になった。
結果としてマツダは米国のフォードの傘下に入ることになるのだが、その際、フォードから「マツダの売りは何なのか」という問いかけがあったという。
「当時、マツダに出向してきていたフィールズ(のちのフォード社長)がマーケティングの責任者になり、マツダの強みが『走り』なのであれば、それをしっかりと訴求すればいいじゃないかという話になりました」(以下、カッコ内は滝村さん)
その後、マツダが「Zoom-Zoom」をメッセージとしたブランド訴求を行ってきたのは周知の通り。この戦略は比較的順調に推移していたが、「クルマの電動化」が叫ばれる時代になり状況が変化してきた。
「電動化というベクトルの違う流れが入ってきたことで、『マツダが何者なのか』ということが少し見えにくくなってきました。我々自身も見失いかねないですし、ましてやお客様から見ると、なかなか見えにくいという話があります。そこに対して、我々のブランドはこういうものを提供価値にしているんだいうことを再構築し、しっかりと発信していこうと考えたのが、MAZDA TRANS AOYAMAプロジェクトのきっかけでした」
カフェ利用のみでもOK?
マツダといえば「ロータリーエンジン」に代表されるように、内燃機にこだわる生粋の自動車メーカーというイメージだ。であれば、電動化時代にあってマツダの提供価値がぼやけてしまうのは仕方のないことかもしれない。そうした課題を認識し、構想から約1年の準備期間を経て開設したのが、ブランド体感施設「MAZDA TRANS AOYAMA」だったわけだ。ではなぜ、青山に開設することになったのか。
「特に青山にこだわったということではありませんが、マツダは今、ラージ商品群というクルマに力を入れています。ああいったクルマが好まれる市場は、やはり地方というよりも大きな都会・都市部になると思いますが、その情報発信が十分にできていなかったという個別の反省もありました。それで、都市圏の中でも発信力のとりわけ高い場所を条件に、いろいろと候補物件を探した結果、やりたいことをやるのに最も適した場所は青山だろうということで決まった感じですね」
「MAZDA TRANS AOYAMA」の1階入り口横には、広島県の宮島に本拠を置くコーヒー専門店「伊都岐珈琲」が出店。限定のオリジナルブレンドコーヒーや広島のレモンを使ったオリジナルドリンクなどのメニューが並んでいるが、ここには施設自体の敷居を低くするという狙いがある。
「カフェは本来、くつろぎたいと思って行く場所だと思います。MAZDA TRANS AOYAMAにはそうした方に来ていただいて、くつろいだ先に『ここはマツダがやっているんだ』『そういえば、普通のカフェとは少し違うね』みたいなことを感じていただき、少しずつマツダに触れていただければと考えています。我々は今まで、どちらかというと、クルマや技術中心のプロダクトアウト的なコミュニケーション手法を取ることが多かったのですが、ここでは、お客様と自然に関係を構築できるような形にしたいと思っています。ショールームやディーラーではありませんので、カフェ利用を目的にして気軽に訪れていただいて全く問題ありません」
ショールームやディーラーではないとはいえ、「MAZDA TRANS AOYAMA」1階の展示スペースには今後、実際に販売中のクルマを展示する可能性もなくはないという。しかし、その場合でも、マツダが見せたいクルマを展示するのではなく、多くの人が見たいと思うクルマを展示したいと滝村さんは話す。
「2023年の第1回ジャパンモビリティショーではロードスターを世代ごとに出展しました。初代ロードスターは、私がマツダに入社した時に発売となった過去のクルマですが、その存在を知らない若い来場者、特に女性から“このクルマ、すごくかわいい”とおっしゃっていただきました。その時に、まだまだいろいろなお客様とのつながり方がある、新車だけではなくヒストリーの中にもお客様との接点が残っていると実感しました。例えば先日、長崎の西本さんという方に、80歳までお乗りいただいたRX-7を譲っていただきました。現在は広報車両として我々がメンテナンスと管理をしていますが、そのRX-7をストーリーも含めてここで展示するのもアリかなと思っています。あくまでも我々からの押しつけにしないというのが難しいところですが、チャレンジしていきたいですね」
今後の展開は? ブランドマネージャーに聞く
「MAZDA TRANS AOYAMA」とはどのような場なのか。ブランドマネージャーを務める石田陽子さんに聞いてみると、次のような回答が得られた。
「マツダはコアなファンの方々に支えていただいてきたブランドだと思いますが、一方で、若い方やクルマに関心のない方との出会いの場がない、作れていないという課題がありました。MAZDA TRANS AOYAMAには、これまで出会いのなかった方々にもお越しいただき、それぞれの価値観で居心地の良さを体感していただければと思います。カフェや空間、しつらえも含めてマツダが作り出した場所ですので、そういった意味で、ここではマツダブランドを自然に体感していただけると考えています」(以下、カッコ内は石田さん)
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入り口の自動ドアを挟んだ施設の内外には同じタイルを使用し、内と外に連続性を持たせている。クルマの内外装に統一感を持たせるデザイン手法(ロードスターも採用)にも通じるやり方だ。こんなところからもマツダらしさを感じることができる
歴代マツダ車のミニカーが埋め込まれた「ミニカーウォール」(写真左)と歴代マツダ車のエンブレムが埋め込まれた「ヘリテージカーエンブレムウォール」(写真右)。それぞれ「MAZDA TRANS AOYAMA」2階の柱で見ることができる
今後はクルマ軸とは違うベクトルのイベント開催も予定している。
「決まっているのはフラワーアレンジメントや写真の撮り方教室といったものですが、ほかにも音楽など、いろいろなジャンルのイベントを実施していきたいと考えています。私たちだけでなく、外部の方と一緒に考えていけたらいいなと思っています」
今後、「MAZDA TRANS AOYAMA」をどのような場所にしていきたいのか。最後に石田さんに聞いてみた。
「コンセプトは『FIND YOUR IDEAL』(あなたの理想を見つけてください)です。訪れる方がご自身の感性で“居心地のよさ”“ちょっとした発見を通じた面白さ”を感じていただき、少しでも気分が明るくなったり、前向きになっていただけるスイッチのような場所にしていきたいです。そうやって訪れていただくなかで、マツダを少しずつ知ってもらい、好きになっていただけたら嬉しいですね」