話題の映画『国宝』を観た。登場人物が生涯をかけて歌舞伎という芸に取り組み、その芸に助けられたり翻弄されたりを繰り返す人生が描かれており、感銘を受けた。

作品には深く没入できたのだが、自動車ジャーナリストの性なのか、劇中に出てきた4車種のクルマがとても気になってしまったので、紹介させていただきたい。

  • 映画『国宝』のポスター

    『国宝』は公開38日間の時点で観客動員数398万人、興行収入56億円を突破した話題の映画。作品には、描かれる各時代の雰囲気を伝える数台のクルマが登場した ©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

歌舞伎界の大物は「ハネベン」に乗る

1950~60年代に歌舞伎の世界で名を成した役者が移動に使っていたのは、通称“ハネベン”と言われるメルセデス・ベンツ「190」(1961~68)だ。

  • メルセデス・ベンツ「190」

    メルセデス・ベンツ「190」。特徴的なフィンテールの形から「ハネベン」と呼ばれた(写真はW110型)

4気筒エンジンのモデルで、のちに6気筒モデルも追加された。いずれにせよ、あの当時、メルセデスというだけで国産車との価格差は現在とは比較にならないほど大きい。運転手付きで乗っていた花井半二郎(演じるのは渡辺謙)の成功の度合いを表している。

観音開きの初代クラウンで劇場へ

同じく1960年代の描写でトヨタ自動車「クラウン」も登場した。観音開きでおなじみの初代クラウン(1955~62)だ。

  • トヨタ自動車の初代「クラウン」

    トヨタ自動車の初代「クラウン」。作中では寺島しのぶ演じる花井半二郎の妻が劇場(南座がモデル?)に向かう際に乗るハイヤーとして登場した

  • トヨタ自動車の初代「クラウン」

    ドアが観音開きになるのが初代クラウンの特徴だ

日本の純粋な国産車はこのクルマから始まった。それ以前にも国産車は存在したが、外国メーカー車のノックダウンだったり、外国メーカーの技術的な協力のもとに生産したモデルばかりだった。以来、クラウンは現在まで16世代にわたって販売が続いており、日本の高級車の代表的存在である。

なぜ? アウトビアンキが登場!

歌舞伎役者や歌舞伎界が大河ドラマのようなスパンで描かれるなか、1980年代のシーンになって登場するのが、森七菜演じる彰子が運転する赤いアウトビアンキ「A112」だ。若いクルマ好きには聞きなじみのないブランドだろうが、自転車メーカーとして有名なビアンキとルーツは同じ。1899年に自動車製造にも進出してアウトビアンキを名乗った。

  • アウトビアンキ「A112」

    アウトビアンキ「A112」

自動車部門は第二次世界大戦後、フィアットグループ(現在のステランティスグループ)入りした。メカニズムをグループ内の他のブランドと共用し、アウトビアンキ独自のデザインやキャラクターが与えられ、国内外で存在感を示した。A112(1969~86)はコンパクトな前輪駆動車として人気を博したロングセラーだ。1980年代に日本にも導入された。

1960~70年代ほどではないにせよ、1980年代の輸入車は、まだまだ同クラスの国産車よりも高価だった。にもかかわらず、当時のイタリアのコンパクトカーはA112に限らず信頼性に難があり、よく壊れた。それでも、国産車にはない魅力的なスタイリングと小気味よい走りによって、日本の好事家にも支持された。

このクルマ、後ろ盾を失い、以前のような役がもらえず焦り、邪な考え半分で近づいた東一郎を慕う、歌舞伎役者の吾妻千五郎に大事に育てられたであろう世間知らずの彰子“あたりがいかにも”乗っていそうだと感じ、好事家としては妙に納得してしまった。

トヨタ「カリーナED」でバブル前の雰囲気に

同じく1980年代のシーンで初代のトヨタ「カリーナED」(1985~89)も登場した。車高の低い4ドア車であり、現在に続く4ドアクーペというジャンルの先駆けとしてクルマ好きに記憶されているモデルだ。大ヒットし、まもなくバブル経済に突入していく頃の日本の乗用車市場を象徴するモデルでもある。

  • トヨタの初代「カリーナED」

    トヨタの初代「カリーナED」

ともあれ、舞台装置としてのクルマが目立ちすぎず、かといって無意味な選び方でもなく、時代考証もきちんとしていた作品だった。