ここ数年、世界的なウイスキーブームが続いています。とりわけ日本産ウイスキーの人気はめざましく、高騰する価格と品薄状態がしばしば話題にのぼります。そんな中、ウイスキーに興味を持ち始めた人も多いでしょう。
でも、いざ意識して飲み始めてみると奥深い世界が待っていて、「どこから入ればいいか迷ってしまう」という声もよく耳にします。そこで本特集では、ウイスキーの基礎から、より深い知識まで、5回にわたって解説していきます。第3回は、琥珀色と魅惑の味わいが生まれる過程、ウイスキーの製造工程について紹介します。
ウイスキーが持つ香りや味わいの奥深さは、愛好家のみならず多くの人を魅了する要素です。この複雑な香りや味わいはどのように生まれているのでしょうか。ウイスキーを語るうえで欠かせない製造工程について詳しく見ていきましょう。
製造の流れそのものはどのウイスキーも基本的に同じですが、各工程のやり方やこだわりが違うことで、ウイスキーの個性が生まれるのです。国や地域ごとの特徴、独特な蒸留所の取り組みも含め、王道のスタイルからトリビアまでを紐解きます。愛飲しているウイスキーの銘柄がどのように生まれたかを知ると、より一層楽しめるようになるでしょう。
ウイスキーの代表的な製造工程は、大麦やトウモロコシなどの穀物を発芽させる製麦から始まります。そして糖化や発酵を経てアルコールを生成し、その後の蒸留、熟成によって風味をまとめ上げるのが一般的な流れです。
ウイスキーの種類や造り手によって材料が異なる
ウイスキーの原料は大麦などの穀物です。スコットランドのスコッチ・ウイスキーは麦芽(モルト)を主体にすることが一般的で、アメリカン・ウイスキーの王道であるバーボンでは、規定によって51%以上のトウモロコシを使用するというルールが定められています。おもに素材からくる特徴としては、スコッチは奥行きのある風味が生まれ、バーボンは濃厚な甘みやバニラのようなアロマが際立ちます。
大麦やトウモロコシ以外にも、小麦やライ麦を使う場合があります。小麦を使ったウイスキーは比較的ソフトな飲み口となり、ライ麦を使ったウイスキーはスパイシーさが強調されます。こうした違いを意識するだけで、銘柄を選ぶときの視点が増えていくのです。
原料の穀物は、ほとんどの蒸留所が製麦業者から購入していますが、最近は原点回帰ということで自社で育てた大麦を使う蒸留所が増えています。例えば、スコットランドのキルホーマン蒸留所では、アイラ島内で栽培された大麦を使用し、製麦、蒸留、熟成、瓶詰めまですべてを蒸留所内で行う「キルホーマン 100%アイラ」という製品をラインナップしています。
地域による水質の違いも見逃せません。例えば、スコットランドのラガヴーリン蒸留所の仕込み水はソラン湖の湧水を使っているのですが、なんと琥珀色の水なのです。これはピート(泥炭)が溶け込んでいるためで、個性的な味わいに影響していると言われています。
日本の蒸留所は、豊かな軟水資源を生かして繊細な味を引き出しています。山崎蒸留所で有名な大阪近郊の水は雑味が少なく、柔らかな甘みを生むとして知られています。スコットランドの硬度の高い水と比較すると、単に数値の違いだけでなく、仕上がるウイスキーの輪郭にも差が出るのです。
麦芽(モルト)を作る製麦(モルティング)
ウイスキーの主原料である大麦は、そのままでは酵母が発酵に用いる「糖」を含んでいません。そのため、大麦を発芽させ、デンプンを糖に変えるための酵素(アミラーゼ)を生成します。この工程を経ることで、後にデンプンが発酵可能な糖に分解される準備が整います。麦芽を作る工程を製麦(モルティング)と呼びます。
スコットランドの伝統的なフロアモルティングでは、床に広げた大麦を定期的に攪拌(かくはん)しながら発芽を管理します。機械化が進んだ現代では効率化されたモルティングプラントを利用するところが増えている一方、あえてフロアモルティングを続ける蒸留所もあります。コストや労力はかかりますが、伝統的な手法によって得られる風味を重視しているからです。
スコットランドでは、発芽の後に泥炭(ピート)を焚いて乾燥させることが多く、その煙をしっかりと麦芽に吸収させると、いわゆるピート香と呼ばれるスモーキーなフレーバーが生まれます。アイルランドではピートを使わずに乾燥させるケースも多く、柔らかくライトな仕上がりになりがちです。
日本の蒸留所はピートタイプとノンピートタイプの両方を使っています。山崎蒸留所のように基本的にはピートを炊かない場合は、マイルドで上品な麦芽の香りを前面に押し出せます。一方で北海道の余市蒸留所はスコットランドの伝統を踏襲したピート使いが特徴です。同じ日本の蒸留所でも、原料の段階からまったく違ったアプローチを取り入れているのが面白いですよね。
仕込み(マッシング)が決める甘みとボディ感
製麦を終えたモルトは粉砕した後、お湯と混ぜ合わせてウォートと呼ばれる液体を作ります。これは、糖分を抽出するための仕込み(マッシング)と呼ばれる工程です。
お湯の温度は通常、63~68℃に設定。温度が低すぎると酵素の働きが弱まって糖分の抽出が不十分になり、高すぎると酵素が失活してしまいます。温度管理や攪拌の方法によって糖分の抽出具合が変わるので、ここでの作業がウイスキーのボディ感や甘みの輪郭を左右します。
スコットランドの伝統的な設備である「ラウタータン」は、円形の大きな槽の底に細かいスリットがある構造となっており、もろみと麦粉をていねいに分離します。アメリカではより大きなスチールタンクを使い、一度に大量のモルトを仕込むことが多いです。
発酵(ファーメンテーション)が造り出す複雑な香り
仕込みを終えた甘い液体に酵母を加え、アルコールを生成する工程が発酵です。酵母は糖分をアルコールと二酸化炭素に変えるだけでなく、エステルやアルデヒドなどの複雑な香気成分を作り出します。そのため、発酵時間の長短がウイスキーの最終的な香りに大きく関わるのです。
伝統的には48時間ほどの発酵で十分とされる場合が多いのですが、70時間以上の長時間発酵を行う蒸留所も存在します。長時間発酵によって果実香が強まるケースや、ナッツのような風味が深くなるケースなど、味の方向性が変化するのです。
スコットランドでは、ウォッシュバックと呼ばれる木製の発酵槽が歴史的に使われてきました。木製の槽は微生物が定着しやすい一方で、管理が難しくコストもかかります。それでも木ならではの自然な保温力や微妙な通気性が、ウイスキーの複雑な味わいを育むと考えられています。
最近では、掃除のしやすさや耐久性を重視してステンレス製の槽を導入する蒸留所も増えました。木製とステンレス、どちらを使うかは蒸留所の方針やコスト管理、目指す風味の違いによって分かれます。
日本でも発酵へのこだわりは強く、厚岸蒸留所のように長時間発酵を試みるところも出てきています。よりフルーティーで複雑なアロマを狙ったアプローチと言えるでしょう。実際に厚岸のシングルモルトを飲んでみると、清涼な空気のイメージと相まって繊細で奥深い香りに仕上がっていると感じられます。
蒸留(ディスティレーション)が形作るアルコールの輪郭
発酵後の液体はウォッシュと呼ばれ、これを蒸留することでアルコール度数を高めながら不要な成分を取り除きます。蒸留には単式蒸留器(ポットスチル)と連続式蒸留器(カラムスチル)という大きく2種類があります。
スコットランドのシングルモルトウイスキーは、ポットスチルを使った2回蒸留が定番です。2回の蒸留によってアルコール度数はおよそ70度前後にまで高まり、濃縮されたフレーバーの原酒が完成します。アイルランドでは3回蒸留を採用するところも多く、よりライトでスムースな口当たりになります。
アメリカのバーボンやブレンデッドウイスキー用のグレーンは、連続式蒸留器が用いられることが多いです。蒸留工程が一連で行われるため連続的に蒸留可能で、効率的に大量のアルコールを生成できます。
日本の蒸留所はスコットランドのポットスチルスタイルを取り入れるところが多いですが、設備の形状やサイズを微妙に変えて独自の風味を出そうとしています。ポットスチルの背が高く胴が広い形状なのか、ネックが長い形状なのかといった違いだけでも、アルコールの再留部分や銅との接触面積が変化し、仕上がりに大きな差が出ます。
日本でもポットスチルを製造しています。三郎丸蒸留所が特許を取得したポットスチル「ZEMON(ゼモン)」は、世界初の鋳造製ポットスチルとして注目されています。この蒸留器は、富山県高岡市の伝統工芸である高岡銅器の梵鐘製造技術を応用して開発されました。
「ZEMON」は、従来の純銅製ポットスチルとは異なり、銅と錫(スズ)の合金を鋳造しています。蒸留器の耐久性が向上し、製造期間の短縮やコスト削減というメリットがあるのです。銅と錫の効果により、酒質がまろやかになるのも特徴です。
熟成(エイジング)でウイスキーに魂を吹き込む
ウイスキー造りでもっとも時間をかけるのは、熟成のプロセスです。原酒をオーク樽に入れて長い年月寝かせることで、樽材から甘みやバニラ香、スパイス感などが染み出し、アルコールと一体化していきます。色も琥珀色になり、年を追うごとに色が濃くなっていきます。
バーボンは新樽を利用しますが、ほかの地域では別のお酒を熟成させた樽を再利用することが多いです。一般的にはバーボン樽やシェリー樽が多用されますが、ワイン樽やラム樽などを使って複雑な仕上がりを狙う蒸留所も増えています。
熟成年数による風味の違いは大きく、有名なスコットランドのシングルモルトでも10年、12年、18年など各段階で味の深まり方が変わる点が興味深いところ。長く熟成させるほど樽由来の香味が強くなり、味わいが丸みを帯びて上品な甘さを感じるようになる傾向があります。
地域ごとの気候風土によっても、熟成の速度や仕上がりが違ってきます。スコットランドは涼しい気候のため、比較的ゆっくり樽との化学反応が進むと言われています。
アメリカのバーボンは、高温多湿な気候と比較的薄い樽材の影響で熟成がスピーディーに進みやすく、2年から4年ほどでも十分な色合いや風味が出るのが一般的です。日本の気候は四季の寒暖差が大きく、蒸留所の立地にもよりますが、樽熟成の進み方にメリハリが生まれやすいことが特徴でしょう。そのため10年未満の若い原酒でも、意外としっかりとした味わいを持つ銘柄があるのです。
また、小型樽を使うなど少しイレギュラーな方法を採用する蒸留所もあります。小型の樽で熟成させると、液体と樽材の接触面積の割合が大きくなるため、濃厚な樽香と色味を短時間で得られるというメリットがあるのです。
ボトリングと完成、そしてグラスに注がれる瞬間
ウイスキー造りの最後の工程はボトリングです。樽から取り出したままの原酒はアルコール度数が高いので、通常は加水調整して市販の標準的なアルコール度数(約40度から46度前後)まで下げます。
ノンチルフィルターという言葉を聞いたことがあるかもしれません。チルフィルタリングとは、低温を利用して余分な油分やタンパク質をろ過する工程です。ノンチルフィルター仕様では原酒の自然なオイリーさや風味を楽しめる半面、沈殿物や白濁が生じることもあります。どちらを選ぶかは好みや仕上がりのコンセプトしだいですが、ノンチルフィルターならではの濃厚な口当たりを推すファンもたくさんいます。
スコットランドでは最低40度でボトリングするのが一般的ですが、アメリカン・ウイスキーは少し高めの度数で発売されることも珍しくありません。もちろん、バーボンのカスクストレングス(加水せず原酒のまま瓶詰め)に近い50度台の迫力あるものもあります。
ウイスキー造りに興味を持ったら蒸留所を見学してみよう
ウイスキー造りに興味を持った方々には蒸留所の見学をおすすめします。仕込みや発酵、蒸留設備を実際に見ることができ、スタッフの生の声を聞くと教科書的な知識だけではわからないディテールに気づかされます。
初心者に優しいプログラムを用意しているところも多く、見学後にはテイスティングを楽しめるコースが設定されているケースも少なくありません。一般の見学を行っていない蒸留所もあるので、ホームページなどで確認してみましょう。
ウイスキーを好きになると、どうしても地域や熟成年数、樽の種類などに意識が向きますが、製造工程を理解しておくと、テイスティングで感じた印象に説得力を持たせられます。例えば「このピート香は製麦のときに取り入れたのだな」「発酵を長めに取ったからこのフルーティーさが出ているのだろうな」といった具合に、ガイドなしでもウイスキーの成り立ちをイメージできるようになります。そんな知識があると、バーでウイスキーを飲むときさらに美味しく楽しめますし、友人やバーテンダーと会話が弾むかもしれません。