• Big Ben Strikes Again

古い映画やテレビドラマでコンピュータを扱うとき、奇妙な形の文字フォントが使われることがある。これは、Westminsterなどのコンピュータに関連する書体だ(写真01)。ここでは仮に「コンピュータ書体」と呼ぶことにする。かつてはテクノロジーや未来的なイメージのために作られた書体だが、縦線の途中が膨らんでいるなど、普通の書体とちょっと違うところがある。

  • 写真01: Westminsterなどの「コンピュータ書体」は、かつては、未来やテクノロジーをイメージする書体として使われたことがある

「コンピュータ書体」は、1980年台ぐらいまでは、映画、テレビドラマや出版物などに結構使われていたため、おそらくある程度の年齢の方は、この書体でコンピュータを想像するだろう。コンピューター関係の出版物では、米国のByte誌や日本のBASICマガジンが、この手のコンピュータ書体をタイトルに利用していた。

こうしたコンピュータ書体が奇妙な形をしているのは、“Magnetic ink character recognition”(MICR)用の「文字」をベースにデザインされたからだ。ただし、Westminsterなどのコンピュータ書体は、MICR用文字をベースにしただけで、実際にコンピュータで読めるわけではない。

ベースとなったのは、米国などで小切手印刷用に作られたE-13B(写真02)という「書体」だ。E-13Bが定義しているのは、数字と4つの記号のみだ。数字は、人間にも数字として認識できるようになっているが、磁気ヘッドを使ってコンピュータで読みとりが可能になっている。磁性体を含むインクで印刷され、磁気ヘッドを文字に沿って水平方向に動かしていくと、文字ごとに異なる出力パターンが現れる。

  • 写真02: MICR用のE-13Bは、数字と4つの記号(銀行コード、口座番号、取り引き金額、数字区切りのダッシュ)を表す。数字の2と5は出力パターンの山谷が同じになるが、文字自体の幅が異なっている

MICRは、磁気パターンを区別でき、かつ人間が数字としても認識できるようにするため、デザインには、ある種の制約が生じる。磁気パターンとしてみた場合に、他の数字とパターンが異なるようにする必要があるからだ。パターンとしては2と5が似てしまうが、よく見ると横幅が違う。これに対してコンピュータ書体は、あくまでもE-13B風に見え、かつ文字としても認識しやすいようにデザインされた。実際に数字を比べてみると違いがわかる。

MICRフォントには、フランスのBull社が開発したCMC-7という書体もある(写真03)。こちらは、細い縦線と縦線のない「ギャップ」を組み合わせた書体で、数字だけでなくアルファベットも定義されている。おもにフランスやフランス語圏でやはり小切手などに使われた。CMC-7は、7つの縦線と2つのギャップの位置による組み合わせで文字や数字をパターン化している。

  • 写真03: 写真は上からE-13B、CMC-7、Westminsterによる数字の表示。CMC-7は7つの縦線とギャップ2つから構成されている。Westminsterは書籍などに使うためにプロポーショナルフォントになっている

E-13Bをベースにした最初のコンピュータ書体はWestminsterだと言われている。最初のものは1964年頃に雑誌の記事タイトル用に作成された「書き文字」だったようだ。通常、出版物の文字は活字や写真植字などにより、あらかじめ作ってある書体を使う。これに対して手書きした文字を「書き文字」という。既存の書体セットを手本に手書きすることもあるが、独自に文字をデザインする場合もある。

その後、書体のデザイナーLeo Maggsは、Gill Sans Selfという書体をベースにWestminsterの文字セットを完成させた。インスタントレタリングやスクリーントーンで有名なLetraset社に商品化を打診したものの拒否され、Photoscript社がこれを販売した。Westminsterという名称は、このとき、資金を出資した銀行の名前から取られたという。Westminsterは1968年の映画Sebastianのタイトルに利用された。これはYouTubeで見ることができる(タイトルは5分16秒ぐらいから)。

・"SEBASTIAN" Dirk Bogarde, Susannah York, Lili Palmer, John Gielgud. 1-24-1968.
https://www.youtube.com/watch?v=o0gV0XaATno

なお、Photoscript社の創業者Robert Nortonは、その後MicrosoftでTrueTypeなどWindowsのフォント開発の責任者となり、WestminsterはMicrosoftのフォントになったようだ。

Westminsterが注目されると、その後、同種のコンピュータ書体がいくつも登場する。Westminsterを商品化しなかったLetraset社は、1970年にData 70を販売、そのほかにはMoore Computer(Mooreは、デザイナーの名前でムーアの法則とは関係ない)などさまざまな書体が登場している。どれも、E-13Bを想像させるようなデザインだ。

インターネットを検索すると、Westminsterや他のコンピュータ書体のファイルがかなりみつかる。ただし、CMC-7を除くとどれも等幅フォントではなくターミナルエミュレーターなどでの利用に向いておらず、また、視認性も必ずしもよくない(写真04)。Windows Terminalは、非等幅フォントでも利用できるが、カーソル位置がずれるなどの問題が出る。しかし、プロポーショナルフォントを扱えるワープロソフトなどでは正しく利用できる(写真05)。

  • 写真04: Windows Terminalにコンピュータ書体を適用してみた。視認性の高いフォントもあるのだが、大文字のみで記号がすべて定義されていないといった問題がある。CMC-7は、等幅フォントだが、日常的に使うには視認性が低い

  • 写真05: コンピュータ書体は、ワープロソフトなどなら普通に扱える。ただし小文字がないものや、スモールキャップ(小文字サイズの大文字)になっている場合や、記号類が欠けているなどのため、タイトルや見出し、ラベルでの利用などに限られそうだ

小切手は学生時代にアルバイトしていたマクドナルドで、バイト代の支払いにもらったことがある程度。E-13Bが印刷してあったかどうかも記憶にない。しかし、なぜかWestminsterのようなコンピュータ書体を見ると「電子計算機」を思い出す。長い間に「刷り込まれて」しまったのかもしれない。

さて、今回のタイトルは、イギリスのテレビドラマCaptain Scarlet and The Mysteronsのエピソードのタイトル。Big Benの鐘にまつわるミステリーの話。時計台Big Benのある場所がWestminsterである。