シャープは、液晶材料の研究によって開発した蓄冷材「TEKION」をスポーツ分野に応用する。
同社では、2017年3月に、社内ベンチャーの「TEKION LAB (テキオンラボ)」を設立。シャープが液晶材料の研究で培った技術をベースに開発した蓄熱技術をもとに、-24℃~+28℃の温度領域の特定の温度で蓄冷材を開発している。
液晶開発が活きたユニークな蓄冷材
「液晶は固体と液晶の中間の状態であり、寒冷地でも液晶が凍らないようにする技術が重要となっている。その技術をもとにして、様々な温度で溶け始める蓄冷材を開発した」(シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部の田村友樹副本部長)というものだ。
特定の温度で融けて、固体から液体に変化。この時、周囲の熱を吸収することにより、材料そのものだけでなく、その周囲の空気や触れている対象物を特定の温度で保持する機能を持つ。保持できる温度や時間は、材料の使用量や使用条件によって異なるという。
シャープ 研究開発事業本部 材料・エネルギー技術研究所課長兼TEKION LAB CEO/CTOの内海夕香氏は、「貯められる熱容量が格段に大きく、一定温度を保つことができる材料。水をベースとしているため安全であり、用途に応じて、1~3℃刻みで温度を設定して保冷することができる」という。
TEKIONの名称は、ちょうど良い温度に設定する「適温(TEKION)」から命名しており、様々な温度で融け始める「不思議な氷」と位置づけている。
最初は、電気の供給が不安定で、停電が多い東南アジア地域などにおいて、冷蔵庫が使えなくても一定時間であれば、この蓄冷技術を使うことで、食材を守ることができるという用途で開発した。
「インドネシアに赴任していた社員が、停電して冷蔵庫が止まっていたことに気がつかず、中に入っていた食べ物を食べて、おなかを壊したことがきっかけになっている」(シャープ 田村副本部長)と、ユニークなエピソードを披露する。
その後、食材や酒類をおいしく冷したり、最適な温度での物流を行ったりする用途にも応用。同社では、石井酒造が限定醸造した日本酒とセットにした製品で、クラウドファンディングを実施。-2℃の安定した温度で冷やすことで、日本酒をおいしく飲めるような提案を行った。同プロジェクトは、3000本の予定数量に対して、終了1週間前に完売したという。
「単に低い温度で冷やせばいいというのではなく、ヒトやモノにちょうどよい、適正な温度を保つことができるのが特徴」とする。
飲食からスポーツへ、東京オリンピックでも?
同社では、適度な温度で楽しめる美食体験ができる「Cheer」、最適な温度管理による信頼される物流を行う「Confidence」、適切な温度で快適な気分を実現する「Comfort」の3つの「C」で特徴を発揮してきたが、このほど、新たな領域として、トップアスリート向け商品を開発。「TEKION暑熱対策グローブ」と「TEKIONアイスラリーBOX」の2製品を発売する。いずれも業界初となる。
TEKION暑熱対策グローブは、デサントジャパンおよびウィンゲートと共同開発したもので、深部体温の上昇抑制効果が期待できる製品だ。新規に開発した着脱しやすいグローブの内側ポケット部に、12℃の蓄冷材を装着。手のひらを適切な温度で冷やすことで、深部体温の上昇を抑制し、ランニングやウォーキングをはじめとしたスポーツシーンでの暑熱対策グッズとして使用できる。
蓄冷材を冷蔵庫で5時間または冷凍庫で2時間を冷やし、それをグローブ外側のポケットに入れる。手掌部の表面温度が、痛みを感じる17℃以下にはならずに冷やすことができるのが特徴で、持続時間は15~20分。グローブの重量は約20gとなっている。
デサントジャパン第1部門デサントマーティング部の小林俊夫部長は、「屋外スポーツである野球やサッカー、陸上、長距離走では、深部体温の上昇抑制が注目されているが、バケツの氷水に手を入れたり、冷えたペットボトルを持つといった方法が用いられており、冷やしすぎる、痛みを感じるといった課題が発生していた。だが、今回の製品は、それが起きない新たなソリューションである。また、スポーツをしている最中にも利用できる点も特徴である。伸縮性のある素材を利用しているため、手のひらの大きさに関わらず男女ともに使えるというメリットもある。今後、マラソンのシーンでも目にする機会が増えるだろう。また観戦する人の暑さ対策にも利用できる」などとした。
2020年春に発売し、東京オリンピックなどでも利用できるようにしたいとしているほか、キャップなどの製品群にも応用を広げていきたいとした。
「まずは、トップアスリートが対象になるが、スポーツをする人や観戦する人など、幅広い分野に提案をしていくことができると考えている」とした。
一方、TEKIONアイスラリーBOXは、ウィンゲートを共同で開発した暑熱対策グッズである微細な氷の結晶を含んだ「アイスラリー」を電源なしで簡単に作ることができるクーラー容器。アイスラリーは、液体に小さな氷を含んだ流動性があるシャーベット状の飲料で、氷が体内で溶ける際に、大量の熱を奪うことができるため、冷蔵庫などで冷やした飲料よりも、効果的に体を冷やすことができる。TEKIONアイスラリーBOXは、すでに、Jリーグのセレッソ大阪、プロ野球の東北楽天ゴールデンイーグルスが採用しているという。
会見に出席したウィンゲート 代表取締役の遠山健太氏は、「事前冷却や深部体温によって、スポーツ分野における効果が期待され、攻めと守りのコンディションニングに役に立つと考えている。今後、どんな形で使っていくかを考えていきたい」とする。
同氏は、全日本フリースタイルスキーチームフィジカルコーチを務めているほか、健康管理や競技スポーツのトレーニングにかかわる現場指導、講義などを行っており、スポーツ環境改善を通じて地域社会の貢献を目指している。
シャープ 田村副本部長は、「激しい運動を行うトップアスリートにとっては、ベストコンディションを保ことが課題であり、夏場の暑熱対策も喫緊の課題になっている。場合によっては命に関わることさえある。ニーズは顕在化しているが、シャープにはスポーツに関する知見が不足しており、そこでこの分野の専門家や企業と連携することにした」とする。
さらに、シャープでは、初めてシャープのブランドを冠したクーラーバッグ「TEKION COOLER」を9月19日から発売することも発表した。市場想定価格は5000円(税別)。
蓄冷材を冷蔵庫で10時間以上冷やすと蓄冷材は-11℃まで下がり、この蓄冷材をクーラーバッグに入れると、冷えた飲料を30分間で-2℃にまで下げ、さらに氷点下の温度を2時間キープでする。
「独自の蓄冷材によって、口の中で味わいが変化する氷点下-2℃の新感覚飲料を味わえる。ビールやハイボール、サイダー、コーラなどにも利用できる」とした。
シャープの蓄冷材ビジネスがついに拡大局面へ
シャープでは、今後、蓄冷材ビジネスの拡大に乗り出す姿勢を明らかにした。
同社はTEKIONを、日本酒やワインなどの美食のほか、暑熱対策が求められるスポーツ分野、脱毛時の痛み緩和や冷涼パッティングといった美容分野、人工ひざ間接手術後のリハビリ時の疼痛ケア、細胞定温輸送などの医療物流などでも利用できると考えている。
「今後、非家電分野のトップブランドメーカーや専門家とコラボレーションを行い、蓄冷材をBtoB分野で展開していく。通勤や通学、レジャー、屋外での業務などでの熱中症対策にも利用できるだろう。これによって、TEKIONの認知度向上と、事業の多角化を図っていく。いよいよ、この技術が事業拡大のフェーズに入ってきた」(シャープ 田村副本部長)などとした。
なお、蓄冷材は国内の協力工場で生産しているため、増産対応も容易だとしている。
シャープでは、同事業で、2025年に50億円の事業規模を目指すという。