キングジムは、2024年9月19日付けで、代表取締役社長に、取締役常務執行役員の木村美代子氏が就任するのにあわせて、8月29日、社長就任会見を行った。
木村次期社長は、「ペーパーレス化によってファイル需要が激減し、ファイルタイトル作成の需要に影響されるテプラは販売数が若干伸び悩んでいる。いままでの延長ではない、大きなビジョンを持つ成長戦略が必要である。ピンチはチャンスである。時代の変化をチャンスと捉え、独創的なクリエティブ集団であり続け、新たな成長に挑む」と抱負を述べた。
創業97年を迎えるキングジムにとって、創業家以外からの社長就任は今回が初めてとなる。キングジムの社長を32年間務めた宮本彰氏は、取締役会長に就任する
木村次期社長は、1964年6月生まれ、1988年にプラスに入社。1993年にアスクルの創業メンバー4人のうちの1人として、アスクル事業推進室に配属。1999年にアスクルの分社化とともに移籍。2010年に個人向け通信サイトのアスマルを設立し、代表取締役社長に就任。2017年にはアスクル 取締役 CMO 執行役員 BtoC カンパニーライフクリエイション本部長兼バリュー・クリエーション・センター本部長に就任し、2021 年には、同社取締役ブランディング、デザインおよびサプライヤーリレーション担当に就いた。2022 年9月に、キングジムに入社し、取締役常務執行役員に就任。現在、取締役 常務執行役員として、開発本部長兼CMOを務めている。ARE ホールディングス(旧アサヒホールディングス)および日本郵政の社外取締役も務める。
「歴史がある会社の社長のバトンを渡され、身の引き締まる思いである。高い志を持ってしっかりと前に進める。第11次中期経営計画は責任を持って実行していく」と意気込みを語った。
キングジムの中期経営計画、環境波乱に成長投資拡大
キングジムは、2027年6月期を最終年度とする第11次中期経営計画をスタート。木村次期社長はその内容について自ら説明した。
2027年6月期の売上高は520億円、経常利益は28億円、経常利益率5.4%、ROE8.0%を目指す。また、成長分野への戦略投資を拡大。積極的なM&Aによる事業領域拡大や海外エリア、販売チャネルの拡大に35億円、新製品開発と生産設備投資で20億円、新規サービス事業の開始および推進で10億円、各種社内システムの刷新で12億円を計画。成長分野やDX推進に向けた人材投資も加速する。
「2023年10月に、『行くぜ!KJ(キングジム)』プロジェクトを、私がリーダーになって立ち上げた。中期経営計画は経営企画部門が中心になって策定してきたが、今回は、若い世代や女性も入って検討をしている。第10次中期経営計画は目標には到達しなかった。ファイルの売上げが下落し、テプラの販売数が伸び悩み、コロナ禍での巣ごもり需要が落ち着いたことで、グループ会社の多くが目標未達となった。また、円安進行に加えて、原材料費や物流費の高騰の影響も受けた。価格改定も追いつかなかった」と振り返る。
第10次中期経営計画の最終年度(2024年6月期)は、480億円の売上高目標に対して、82.4%の達成率となる395億円に留まった。また、経常利益は34億円の目標に対して、1億円となり、達成率は3.8%と大幅な未達となった。
「いまこそ、経営理念である『独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する』ことが重要である。キングジムならでは独創的な商品を作り、お客様にワクワクするものを提供し、習慣、文化における問題を解決していくことが、我々が社会に役立つ部分である。そして、時代に適応して、変化、革新ができることがキングジムの強みである。少子高齢化による生産年齢人口の減少、フレキシブルな働き方への変化、DXの加速によるペーパーレスの進展、サステナビリティの考え方の浸透といった社会変化に適応した大胆な変革が必要である」と述べた。
第11次中期経営計画においては、テクノロジーで顧客とつながる「カスタマードリブン」、土地勘のある市場への進出を加速する「隣の土地へ」、海外展開の再構築を進める「グローバル市場」の3つのキーワードを打ち出した。
さらに、販売戦略、開発領域、デザインの観点から「既存ビジネスの強化」を図るほか、海外工場、ファンコミュニケーション、人的資本、サステナビリティを「資源」と位置づけて、これらを活用しながら、「サービス事業への展開」、「ライフスタイル分野の拡大」、「海外事業の強化」による3つで構成する「骨太の方針」を推進する。
既存ビジネスの強化は、テプラやステーショナリー、デジタル文具、バッグ・収納用品、オフィス・生活環境用品、スタイル文具のカテゴリーで展開する文具事務用品事業を対象にしたテコ入れ策となる。
具体的には、顧客と商品の特性にあった販売チャネルを確立。従来からの通販チャネル、量販チャネル、文具事務用品チャネルを強化する一方で、営業と開発の2つの機能を持つデマンドチェーンクリエーションと呼ぶ組織を新設し、販路の開拓とともに、顧客のニーズにあったマーケットイン型の商品開発を行い、新たな価値を提供することになるという。デマンドチェーンクリエーションは、プロジェクトとして設置するのではなく、営業部門のなかに新たな組織として設置。女性リーダーによって推進する体制としており、木村次期社長の肝入れの組織となっている。
さらに、社会の変化にあわせた商品開発を推進。オフィスだけでなく、エッセンシャルワーカーなどを含んだ「働く現場」、暮らしを便利にして、寄り添う「暮らし」を対象にした商品開発に取り組むという。「開発領域における成長ドライバーは、デザイン、デジタル、環境エシカルになる。とくにデザインは強化したい。キングジムの商品は、アイデアの要素が多い。そこにデザインを掛け合わせていく」と述べた。
新たなデザインフィロソフィーを制定。「ファンと生むアイデアとデザイン」とし、「デザイン力で企業価値をしっかりと向上させていきたい。テプラやファイルが持つ機能美に、感性価値を掛け算して、新たなキングジムを作っていきたい」との姿勢を明確にした。
キングジムでは、新たに「デザイン・ブランドコミッティ構想」を宣言した。KING JIM Creative Centerを新設と、国内外のアーティストやデザイナーを巻き込んで、キングジムデザインを総合的にプロデュースしていくことになるという。
時代の変化、事業変革へ3つの「骨太の方針」
3つの「骨太の方針」についても言及した。
ひとつめの「サービス事業への展開」では、デザインとデジタルを活用した新サービスの創出に取り組む。「テプラは、ファイルの背ラベル用途だけでなく、コミュニケーションツールとして利用されるようになっている。YouTubeを活用して、様々な業種の現場において、テプラが役立っていることを訴求している。今後、デザインデジタルプラットフォームを構築して、『テプラのキングジム』から『ビジュアルコミュニケーションのキングジム』に変えていく。そのために外部のデザイナーに入ってもらったり、AIを最大限活用したりといったことも考えている。サービス業に乗り出そうと考えている」と、新たなサービス事業の展開に意欲をみせた。
2つめの「ライフスタイル分野の拡大」では、「土地勘のある隣の土地の開拓」を進める。
「キングジムは、ステーショナリーで事業を開始し、その後、M&Aを通じて事業を拡大してきた。それぞれの事業はバラバラのように見えるが、よく見ると、土地勘がある隣の土地ともいえる事業ばかりである。グループ会社の成長戦略と結びつけることで、文具のキングジムからの脱皮を図り、ライフスタイル用品を販売するキングジムに変わっていきたい」
社内にグループマネジメントコミッティを新設。各グループ会社の社長やキーマンが参加して連携強化を図る。「遠心力と求心力のバランスを取りながら、グループシナジーを高め、売上高と利益の最大化を図っていく」と述べた。
3つめの「海外事業の強化」では、「海外に本格的に進出する。中国とベトナムを中心としたASEANを最重要地域にする」と宣言。「これまでは国内で販売していたものを海外に販売するというものだったが、マーケットインによる海外向け商品開発を進める。現地に最適化し、ローカライゼーションした商品を作る。デザイン室長は中国に赴任し、開発部門も中国とベトナムに設置した。上海では現地のコンサルタントと一緒になり、ターゲットを明確化し、その人たちがどんな生活をしているのかといったことを知る活動を開始している。海外のデザイナーとともに、デザインし、モノをつくり、機能や価格を考えていくことになる」と、すでに取り組みを開始していることに言及した。
キングジムは、上海、深セン、香港に拠点を持つほか、中国国内にファイルの生産拠点も有している。今後、海外販路を強化するために戦略M&Aも検討するという。
「海外売上比率は、現在の4%から、2027年3月期には10%に拡大する」との目標も示した。
3つの「骨太の方針」の方針を支えるのが、4つの「資源」である。
海外工場の活用では、ベトナムおよびインドネシア、マレーシアの工場を、これまでのファイル製品だけでなく、ライフスタイル用品の生産拠点に進化。開発部門も同じ拠点に置くことで新分野商品の生産を推進するという。具体的には、ベトナム工場では、ライフスタイル商品に強みを持つグループ会社のラドンナと連携し、キッチン雑貨商品の開発および生産を開始。インドネシア工場では家電通販に強みを持つグループ会社のぼん家具と連携し、木製組立家具の生産を開始しており、「このスピードをもっと加速させたい」と述べた。
ファンコミュニケーションでは、50万人の登録者数を誇るSNSを利用したり、得意とするECサイトを活用。「SNSでお客様の声をしっかりと拾い、限定商品を作って、イベントなどでテストマーケティングを行い、評価が高かったものを既存流通に展開するという新たな活動を循環させる」
キングジムが運営する文房具ブランドであるHITOTOKIでは、20人以上の地方在住のデザイナーとの協業により、新たな価値をECサイトやSNSなどを通じて発信している
2024年4月に、東京・代官山のT-SITEで、HITOTOKI展を開催。文具以外を含む限定商品も販売し、ファンコミュニティを活用して、新たな価値を創造するカスタマーエンゲージメントを実現しているという。
人的資本では、「キングジムと社員がともに成長し、挑戦し続ける組織を目指す」とし、DE&Iの推進や、新たなプロフィットシェアリングの仕組みも導入する。
「キングジムの社員は真面目で、素直で、会社想いの社員が多い。これは強みである。働きがいのある会社にしていきたい」と述べた。
サステナビリティでは、独創的な商品の開発による社会貢献、環境への配慮、多様な人材の活用推進、ガバナンスの充実の4つのマテリアリティを掲げ、「社会とともに持続可能な発展を目指し、SXに取り組んでいく」と語った。
文具業界のみならず、異業種やAIベンチャーとも価値創造
木村次期社長は、「キングジムは、もっと危機感を持って、スピードをあげて、バイタリティを持っていかなければならない。文具業界だけを見るのではなく、異業種やAIベンチャーなど、もっと広く社会を見て、お客様に対して新たな価値を創造していくことが必要である。キングジムならばできる」と、今後の変革に強い意志をみせた。
一方、宮本社長は、「経営に対する意欲はあるが、キングジムは70歳が社長の定年である。業績が芳しくないことによる引責辞任ではない」と笑わせながら、「初めて創業家以外から社長が就任することにより、ファミリーカンパニーから、真のパブリックカンパニーに脱皮することになる。私は健康ではあるが、一歩身を引いた形で、出しゃばらず、控えめに、老害と言われないように気をつけながら会長の職務を全うしたい」と述べた。
2024年8月に発表した第11次中期経営計画の策定にも、宮本社長は関与しなかったという。「むしろ策定プロジェクトには入らないほうがいいと考えた。長年の経験はあるが、過去の成功体験が問題になるといったことが起きてはならない。未来のことを考えるプロジェクトである。未来を見通せる人がやるべきである」とし、「デジタル、デザインというのは、モノづくりにこだわってきたキングジムとしては寂しい部分もあるが、それは時代の変化であると理解している。変わらなければいけない時期に来ている。いい内容だと思っている」と、新たな中期経営計画の内容を評価した。
木村次期社長については、アスクルでLOHACO(ロハコ)を立ち上げ、ECマーケティングを推進したほか、海外デザイナーとのネットワークによりアスクルオリジナル商品などを開発してきた経緯を紹介しながら、「長年、商談相手としての付き合いがあった。ハードネゴシエータであり、メーカーとしては大変であったが、優秀で、しっかりとした考え方を持っており、理路整然としている。素晴らしい人材であり、こんなに頭の切れる人は見たことがない。三顧の礼を尽くして迎え入れた逸材である。私より優秀な人材。自信を持って新社長を紹介できる」と発言。「女性活躍の模範となってほしい。社員が目指すことができる存在である」とも語った。