パナソニックのキッチン空間事業が、成長戦略に舵を切る。パナソニック くらしアプライアンス社常務 キッチン空間事業部長の太田晃雄氏は、「2024年度は、キッチン空間事業にとって、反転攻勢の1年になる」と意気込む。

国内白物家電市場全体の低迷傾向が続くなか、パナソニックのキッチン空間事業も厳しい状況が続いていたが、その間、部品調達から生産、出荷に至るまでのSCMの強化や、モノづくりにおけるECM改革、指定価格による新販売スキームの導入、データを活用した新サービスの創出など、様々な取り組みを実施し、その成果がいよいよ表面化するフェーズに入る。そして、ビルトイン家電の強化とともに、新たな業態や新たなチャネルでの販売拡大も目指すことになる。「反転攻勢」を掲げる太田事業部長に、パナソニックのキッチン空間事業の取り組みについて聞いた。

  • パナソニック くらしアプライアンス社常務 キッチン空間事業部長の太田晃雄氏

    パナソニック くらしアプライアンス社常務 キッチン空間事業部長の太田晃雄氏

2024年度が「反転攻勢の1年になる」その要因

パナソニックのキッチン空間事業は、食品保存から後片付けまで、家庭での食に関わる動線を、ほぼ網羅する商品群をラインアップしているのが特徴だ。

  • 食品保存から後片付けまで、家庭での食に関わる動線を、ほぼ網羅する商品群

具体的には、「保存」の領域では冷蔵庫、「調理」では炊飯器、電子レンジ、調理小物家電、IHクッキングヒーターを展開。「後片付け」の領域では食洗機を市場投入している。

パナソニック くらしアプライアンス社常務 キッチン空間事業部長の太田晃雄氏は、「食を通じたウェルビーイングを実現するのが、キッチン空間事業の役割である」と定義する。

そして、太田事業部長は、「2024年度は、キッチン空間事業にとって、反転攻勢の1年になる」と位置づける。

キッチン空間事業の2023年度の売上高は前年割れになっているが、四半期ごとにみると、第4四半期(2024年1月~3月)には前年実績を上回り、プラス成長に転じている。その動きも「反転攻勢」を裏づけるものになりそうだ。

「反転攻勢」には、いくつかの要因がある。

外部要因としては、コロナ過での巣ごもり需要の追い風は受けたキッチン家電は、しばらくはその反動と、外向け需要の拡大で厳しい局面が続いていたが、それが徐々に回復基調にあることが見逃せない。

また、冷蔵庫では、エコポイント制度によって導入された商品の買い替えが本格化するタイミングに入ることから、これも需要を後押しする要因になる。

一方、内部要因としては、実需と連動したSCM(サプライチェーンマネジメント)改革や、モノづくりにおけるECM(エンジニアリングチェーンマネジメント)改革を推進。その成果がいよいよ表面化しようとしている。

たとえば、2024年5月から発売した冷凍冷蔵庫「CVタイプ」では、カメラ画像から野菜をAIで認識し食材管理をサポートする機能が注目を集めているが、ECM改革による試作レスを推進したり、これまでドラム式洗濯乾燥機が中心だった実需連動SCMの対象に同製品が加わったりしている。

また、くらしアプライアンス社で推進しているグローバル標準コストも、国内向け冷蔵庫やオーブンレンジに採用。中国におけるモノづくり手法を採用し、価格競争力を持った製品投入を今後進めることになる。

  • グローバル展開、価格競争力の強化を図っている

同社によると、今後5ドア冷蔵庫では、パナソニックの強みとなる機能に特化した引き算の商品企画を採用。自社品質基準の改定や、グローバル標準部材の採用により、冷却システム仕様の見直しや多重安全設計の最適化を実現するという。また、部品調達においては、グローバル最安サプライヤーを日本市場にも活用。2024年度に発売する商品ではは原価を20%削減することができると見積もっている。

さらに、2023年度には炊飯器の生産拠点を、兵庫県加東市から中国・杭州へと移管。それにかかる費用が2024年度には無くなることもプラスに働く。

こうした取り組みの成果により、「2024年度下期以降は、競争力を持った商品の連打が始まる」と語る。

  • 炊飯器は2024年度下期から中国生産でのメリットが生まれる

加えて、パナソニックが先行してきた指定価格制度による新販売スキームの定着にも自信をみせる。

「新販売スキームの開始当初は、メーカーが価格を決めることに対する抵抗感が一部にはあったが、いまでは販売店の理解を得ることができている」とする。

販売店の粗利が増え、在庫負担がなくなることでキャッシュフローの改善にも貢献するなど、メリットが浸透してきたことが、この変化につながっている。

同社によると、オーブンレンジは新販売スキームによる販売金額比率が45%以上となり、冷蔵庫では30%~45%となっている。炊飯器は30%以下だが着実に浸透しているようだ。

「冷蔵庫では400L以上の15品番のうち、10品番を新販売スキームで展開する。指定価格は、商品に魅力がないと購入してもらえない。魅力ある商品づくりとセットで、新販売スキームをさらに定着させていく」と語る。

これも、キッチン空間家電の反転攻勢につながるというわけだ。

一方で、太田事業部長は、「懸念事項をあげるとすれば、中国の景気動向の影響。4月までの状況は決して良くはない。今後の動向を注視しておく必要がある」と、中国の市場動向に目を光らせる。

冷蔵庫を「ナンバーワン」から「ダントツナンバーワン」へ

キッチン空間事業において、主力商品となるのが冷蔵庫である。

太田事業部長は、冷蔵庫事業を、2030年度までに1.5倍に拡大する計画を新たに打ち出した。

「国内外ともに1.5倍に伸ばしていく。これは実現可能な数字である。とくに、国内市場ではさらにシェアを伸ばし、ナンバーワンからダントツナンバーワンを目指す」と語る。

2021年度に国内トップシェアだった冷蔵庫は2位に落ちたが、ここにきて1位に復帰。さらなるシェア拡大を目指す。

「かつては約25%のシェアを持っていた時期もあった。過去最高シェアを超えることを目指したい」と意気込む。

  • 冷蔵庫事業は、国内外ともに1.5倍に拡大する計画を打ち出した

冷蔵庫の国内シェア拡大に向けた「狼煙(のろし)」ともいえる商品が、「CVタイプ」である。「冷蔵庫AIカメラ」を新たに搭載し、「Live Pantry」アプリとの連携により、外出先から冷蔵室や野菜室、冷凍室の庫内画像を確認できるため、買い忘れやダブリ買いを減らすほか、AIが野菜を自動認識して、日持ち目安に応じて、先に消費した方が良い野菜を特定し、その野菜を使ったレシピを提案。野菜を新たに入庫すると、登録日から利用期限目安を算出して、リストに反映するといったこともできる。食材を新鮮なうちに使い切ることをサポートし、フードロス対策にもつながるのが特徴だ。

  • 2024年5月から発売した冷凍冷蔵庫「CVタイプ」

太田事業部長は、「国内および海外メーカーが冷蔵庫に搭載したAI機能よりも優れたものになっており、レシピ提案は世界初である」としながらも、「AIだけで勝ち切れるとは考えていない。AIは、使い勝手をよくしたり、フードロスを解決したりといった用途で活用していくことになる。パナソニックは、基本性能である冷蔵技術や冷凍技術を極めていく。庫室ごとに異なる温度で制御する技術はパナソニックが世界トップクラスであり、そうしたところで勝ちたい」とする。

その一方で、海外向け冷蔵庫の成長戦略では、グローバル標準コストの適用を推進することに触れ、インドやインドネシア、ブラジル、中国といった市場が成長する場所に、冷蔵庫の生産拠点を持っている強みを生かして、シェア拡大と事業拡大を目指すことになる。

「パナソニックの冷蔵庫は、味を維持するための保存庫ではなく、味を良くする調理のための冷蔵庫を目指している。だからこそ、冷蔵庫をキッチン空間家電の重要な商品に位置づけている」とする。

一般的には、調理家電のなかに冷蔵庫は含まないが、パナソニックはその概念も変えようとしている。

まずは国内市場での成長を優先、ビルトイン家電への挑戦も

キッチン空間事業では、まずは国内市場での事業成長を優先させるという。

冷蔵庫に加えて、好調なIHクッキングヒーターや、独自の商品企画が評価されている食洗器を加速する一方、一時的に国内シェアを落とした電子レンジや炊飯器の巻き返しも図る。

「電子レンジでは、付加価値モデルのビストロの提案を強化し、炊飯器ではこれまでのフラッグシップを超える提案とともに、コスト競争力を高める。無駄な機能を削り、求められる機能を搭載していくことにもこだわる。炊飯器については、2024年度下期から中国生産によるメリットが徐々に生まれることになる。キッチン空間事業全体で、商品と価格を徹底的に鍛える」と述べた。

  • スチームオーブンレンジ「ビストロ NE-UBS10C」

  • ビストロシリーズは付加価値戦略の柱のひとつになる

また、機能を絞り込んだ家電でも成果をあげており、この取り組みにも引き続き注力する。「シンプルな機能であることや、容量は小さくても高い性能を持つものが求められており、そうしたニーズにあわせたモノづくりも進めていく」という。

炊飯器では、2合炊きの自動計量IH炊飯器を発売。無洗米と水を入れておけば、計量や投入、炊飯までを自動で行い、遠隔地からも操作ができるという点が受けている。また、食洗機でも、一人暮らし世帯を対象にしたパーソナル食洗機「SOLOTA」により、新たな需要層を開拓。「想定した若年層だけでなく、シニア層からも高い評価を得ている。食洗機は普及率が低いが、節水や電気代の削減、家事の時間も開放するというメリットが広がりつつある」としている。

  • 自動計量IH炊飯器「SR-AX1」

  • 人暮らし向けの食洗機「SOLOTA」

さらに、2024年4月からスタートしたリファービッシュ品である「Panasonic Factory Refresh」においても、冷蔵庫や電子レンジ、炊飯器を対象に展開。ウェブを通じた販売を進めることになる。これも、将来的には、キッチン空間事業全体の売上拡大に貢献すると見込んでいる。

キッチン空間事業において、今後、重視していく取り組みのひとつが、ビルトイン家電である。

太田事業部長は、「ビルトインのIHクッキングヒーターや食洗機、レンジフード、オーブンレンジなどの品揃えの強化を進める。パナソニックならではのビルトイン家電を提案したい」と語る。

パナソニックでは、これまでにもビルトイン家電に何度か取り組んできた経緯がある。だが、特定の商品に限っていたため、トータル提案ができなかったり、海外市場の一部に限定したり、ビルイトン家電の販売力がなかったりといった課題があり、成功にはつながらなかった。

「欧州では3~4割の家庭でビルトイン家電の使用されており、そこでは、洗練されたキッチン空間が実現されており、冷蔵庫などを含めて、収まりがいい環境となっている。日本でも同様のニーズがあると考えている」と語る。

太田事業部長の直下に、キッチン空間プロジェクトを設置。モノづくりとともに販売体制の確立にも乗り出しているところだ。

「ビルトイン家電の販売力を最も発揮できるのは日本である。これまでは海外市場を中心にビルトイン家電に取り組んできたが、今回は、日本からビルトイン家電を拡大させる方針を打ち出した。それがこれまでの取り組みとは異なる」と語る。だが、「日本のキッチン空間の文化を変えるほどの取り組みになる。10年の計でやっていく必要がある」とも語る。

ビルトイン家電のラインアップについては、具体的に発表はしていないが、2023年12月には、フロントオープンタイプのビルトイン食洗機を発売。同タイプの食洗機は、パナソニックとしては、22年ぶりの投入となった。2025年度以降には、ビルトイン家電の品揃えを徐々に進めていくことになりそうだ。

  • 22年ぶりに発売したフロントオープンタイプのビルトイン食洗機

新たなモノづくりとともに、新たな業態や新たなチャネルでの販売強化も進める。ビルトイン家電は、システムキッチンの販売ルートや住設ルートなども、今後は重要な販路になると見られ、キッチン空間全体トータル提案できる強みを生かしながら、販売協業を進めていくことになりそうだ。

太田事業部長は、「いまある販売ルートから、多様な販売が行える体制へと変化させていく」と、販路拡大に向けた姿勢を示した。

「冷蔵庫のテスラを目指す」新規事業への取り組み

太田事業部長は、新規事業への取り組みについても言及した。

京都大学大学院工学研究科化学工学専攻の中川究也准教授との共同研究で開発を進めている「常圧凍結乾燥技術」では、同技術を活用した「未来の食プロジェクト」を開始。2023年3月から、第1弾として、料理を科学する料理作家KYOTO SNT LAB.とともに乾燥食品のプロトタイプを完成させるなどの取り組みを開始している。

「この1年間で、多くの問い合わせがあった。今後は具体的に協業を進め、量産化するための技術の確立にも取り組みたいと考えている」とする。

さらに、「凍結だけでなく、解凍に対する関心が高まっている。電子レンジでの解凍だけでなく、最先端技術を活用することで、解凍がどこまで進化させることができるのかといったことにも挑戦し、食の世界に貢献したい」と語る。

これらの新規事業の成果については、まずはBtoBでの取り組みからスタートすることになるとみられ、その点でも新たな業態やチャネルでの販売強化が貢献することになる。

また、IoT家電の増加とともに、データ活用にも取り組んでいる。

パナソニックでは、2023年2月から、IoT家電を専用アプリにつなぐと無料で2年間の延長保証が受けられるIoT延長保証サービスを開始し、すでに900万人が登録。キッチン空間事業では、冷蔵庫、スチームオーブンレンジ、自動調理鍋が対象になっている。

たとえば、冷蔵庫では、稼働時間のデータをもとに、定期診断レポートを毎月配信して、エコな使い方や便利な機能などを紹介。さらに、稼働データをもとに、冷蔵庫内の温度上昇を検知した場合には、対処方法をわかりやすく伝えるといったサービスも行っている。

「まずは母数を増やしていくことを目指している。収集したデータをもとに、新たなサービスを創出したり、モノづくりの進化につなげたりといったことに取り組むことになる」とする。離れた家族の見守りサービスとの連動、家族の好みを反映した新たなレシピの提案などは、データを活用したサービス事例になりそうだ。

  • 「IoT延長保証サービス」には、すでに900万人が登録。サーキュラーエコノミーに向けた取り組みへもつながる

また、太田事業部長は、「冷蔵庫のテスラを目指す」と比喩。IoTの強みを生かして、随時、機能をアップデートすることも視野に入れる。「冷蔵庫の省エネのためにはコンプレッサーの制御が重要になる。購入後の冷蔵庫も、アップデートによって、より最適なコンプレッサー制御や風路制御を行うように進化させることも考えたい」と述べた。

パナソニックでは、様々な職能のメンバーが集まったME(マイクロエンタープライズ)制によるモノづくりを進めている。

「ME制の良さは、モノづくりの企画段階から、全員でお客様を向いた議論ができる点にある。いままでの手法は、バケツリレー方式であり、企画、開発、技術といった順番でそれぞれの手に渡り、技術の手に渡ったときに、素晴らしい改善策があっても、企画に戻してやり直すことができないという課題があった。いまは、ME制を意識した仕組みづくりから始めているが、これが定着すればわざわざME制という言い方をしないで済む。『出島』でやる特別な仕組みではなく、全員がME制で取り組めるようにしていきたい」

図面を書く際には、商品企画部門から指定された長さや角度などをもとに行うのが通例だが、ME制では様々な職能の人たちが参加するため、「スーっと開くようにしてほしい」といった、いわば曖昧な表現の情報をもとに図面を書くことも求められる。こうしたやり取りでも業務が進むように、社内の風土を変える必要があると、太田事業部長は語る。

キッチン空間事業は、太田事業部長が強調するように、「反転攻勢」の時期を迎えている。

「新販売スキームや実需連動SCMなど、様々な改革を進めており、2026年度を目標に取り組んでいる工場改革も、1年後にはひとつの山場を迎える。社内では、新たな取り組みに対する腹落ち感が出ており、これからは刈り取りの時期に入る。2024年度下期以降は、さらに面白い商品が出てくる。そして、今後の成長戦略は、かなり練り込んだものであり、自信を持って推進することができる」と断言する。

パナソニックのキッチン空間事業は、まずは、日本市場を重点的に攻めるところにフォーカスし、「冷蔵庫から調理家電、食洗機までのトータル提案により、キッチン空間全体でのシェアを拡大していく」との方針も示す。

味に変化を与えるキッチン空間全体としてのモノづくりとともに、新たな商品提案と販路拡大、リファービッシュ品の提案などの新施策によって、キッチン空間事業全体を拡大する地盤が整いつつある。