ここ最近、行政主導による携帯電話の料金引き下げがモバイル業界で注目の的となっているが、諸外国では、携帯料金を節約するならプリペイド(前払い)方式のサービスを利用するのが一般的だ。にもかかわらず、日本では料金引き下げのためにプリペイド携帯電話を積極的に利用しようという機運は全く見られない。なぜだろうか。

海外ではとてもメジャーなプリペイド携帯

2018年に菅義偉官房長官が「携帯電話の料金は4割引き下げる余地がある」と発言して以降、携帯電話の料金に関する話題が世間を大きくにぎわせている。最近もNTTドコモが、ユーザーの利用状況に合わせて2~4割値下げになる料金プランを2019年第1四半期に提供すると発表したことから同社の動向に非常に大きな関心が寄せられているし、楽天が2019年10月に参入することによる競争激化も、注目されるところだ。

だが諸外国の動向を見ると、料金を節約しようとした場合、料金を後からクレジットカードや銀行口座などから引き落とす日本で一般的な「ポストペイド」方式より、利用料を先に支払う「プリペイド」方式が一般的だ。

プリペイド方式のサービスは、例えば「1,000円支払うと200分通話できる」といったように、利用する分量の料金だけをあらかじめ支払う仕組みだ。そのためポストペイド方式のように「20GBのプランを契約しているが、毎月2GBしか使っていない」といった無駄が発生しづらく料金を抑えやすいことから、海外では主として低所得者層や若者など、所得が少ないけれど携帯電話を利用したい人達からの支持を集めている。

  • プリペイド方式の携帯電話サービスは、欧米やアジアなど多くの国や地域で提供されている。写真は欧州を中心にプリペイド方式の低価格サービスを提供している「LEBARA」のSIMを扱うフランスのショップ

また長期間の契約が必要ないことから、海外旅行者や留学生などの一時滞在者などにとってもプリペイド方式のサービスは人気が高い。実際日本でも、インバウンド需要を見越し訪日外国人向けに日本でのデータ通信を安く利用できるプリペイド方式のSIMカードがここ数年で急増している。最近では空港などでプリペイドSIMカードを販売するケースも珍しくなくなってきたようだ。

  • 訪日外国人向けのデータ通信用SIMに関しては、日本でもMVNOを中心として多くの企業が提供している。写真はインターネットイニシアティブの「JAPAN TRAVEL SIM」

そしてもう1つ、プリペイド方式はその仕組み上、囲い込みが難しく乗り換えがしやすいことから、キャリア間の競争を促すという面がある。携帯電話料金を巡るここ最近の議論では、キャリア間の競争停滞が問題視されていただけに、プリペイド方式の積極利用が競争に大きな効果をもたらす可能性は高い。

だがそのプリペイド方式のサービスを、料金引き下げの切り札として日本の消費者向けに積極的に導入しようという機運は全く見られない。料金引き下げに力を入れる行政側も、諸外国では一般的なはずのプリペイド方式の利活用に関しては、議論の俎上にさえ載せようとしていないのが現状だ。

犯罪対策の影響で活用の道が断たれる

なぜ、行政もキャリアもプリペイド方式に消極的なのか。キャリア側の理由として挙げられるのは、ビジネス上のうまみが少ないということだ。

ここ最近、月額制のサブスクリプション方式のビジネスが大きな注目を集めているように、ユーザーが契約している限り毎月確実に料金が支払われるポストペイド方式は、安定した収入が得られるという大きなメリットがある。一方でプリペイド方式は安定した収入につながらないことから、キャリアにとってはあまり提供したくないサービスでもあるのだ。

しかも日本では、多くの人がクレジットカードや銀行口座を持っている。銀行口座を持たない人が多くを占める新興国などの場合、プリペイド方式でないとビジネス自体が難しいが、環境が整っている日本で、キャリアがあえてプリペイド方式のサービスに力を入れる動機づけが弱いのである。

一方、行政側の理由として挙げられるのは、プリペイド方式がもたらす匿名性の問題だ。プリペイド方式は先に料金を支払ってしまえばサービスを利用できてしまうことから匿名性が高く、事前の本人確認を徹底しなければ誰が使っているのか分からないため、犯罪などに悪用されやすい弱点もある。

日本でも、かつてプリペイド方式の携帯電話は本人の身元確認が甘かったことから、2000年初頭にプリペイド方式の携帯電話を特殊詐欺などの犯罪に使うケースが頻発し、社会問題として注目されるに至った。そうした背景から総務省は2005年に、「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等および携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律」(携帯電話不正利用防止法)を施行、プリペイド方式の契約者の本人確認が大幅に強化されている。

それを受ける形で各社がプリペイド方式の本人確認を強化したのはもちろんだが、NTTドコモなどは安全性重視の観点から、2005年にプリペイド方式サービスの新規契約自体を終了してしまっている。こうした動きによってプリペイド方式のサービスを提供しないことが安全で正しい、という印象を与えてしまったことが、日本でのプリペイド方式の有効活用という道を実質的に断ち切ってしまう要因になったといえるだろう。

もちろん現在も、ソフトバンクの「プリモバイル」のようにプリペイド方式のサービス自体は存在している。だがその知名度の低さからも分かるように、ポストペイド方式と比べ力の入れ具合は極めて弱いというのが正直なところである。今後も日本でプリペイド方式を積極活用しようという動きが起きる可能性は低いだろうが、真に消費者に多様な選択肢を与えて諸外国並みの料金低廉化を目指すというならば、諸外国に並んでプリペイド方式の選択肢を広げることも必要ではないかと筆者は考えている。