インフラツーリズムとは、公共施設である巨大構造物のダイナミックな景観を楽しんだり、通常では入れない建物の内部や工事風景を見学したりして、非日常の体験を味わう小さな旅の一種である。
日常の散歩からちょっと足を伸ばすだけで、誰もが楽しめるインフラツーリズムを実地体験し、その素晴らしさを共有することを目的とする本コラム。今回は東京都小平市が運営する施設、「小平ふれあい下水道館」を訪ねてみた。
下水道は恐ろしい。子どものころに読んだ漫画がトラウマとなり、植え付けられたイメージ
ある年代以上の人の一部が、下水道というものに恐怖の念を抱きがちなのは、きっとアレのせいだ。
手塚治虫の名作、『ブラックジャック』の「地下水道」という回である。
敵対組織を攻撃するためなら手段を選ばぬ、冷酷なリーダー率いる過激派グループが、敵アジトのあるアパート真下の地下水道に潜入。無関係の住人もろとも吹っ飛ばそうと計画した。
しかし爆弾は仕掛ける前に暴発し、リーダーは瓦礫の下敷きになってしまう。重傷を負ったうえ身動きが取れないリーダーを極秘で看させるため、ブラックジャックが呼ばれるのである。
警察に連絡して助けを呼び、体を引き出さなければどうにもならないというブラックジャックの主張を、罪の発覚を恐れるテロリストは受け入れない。そして他のメンバーたちは輸血用の血液を調達する名目で出かけ、何時間待っても戻ってこない。リーダーは見捨てられたのだ。
二人きり取り残されたことが分かると、ブラックジャックは助けを呼ぶためリーダーの元を離れるが、地下水道の中に響き渡る彼の叫び声に気づき急いで戻る。
リーダーは、そこに棲みつく大量のドブネズミに襲われていた。
ブラックジャックが必死でネズミを追い払うと、食いちぎられてズタボロになった顔で「先生、助けて……」とつぶやくリーダーが。その姿は、トラウマ級のインパクトだ。ネタバレを承知で結末を書くと、瀕死の彼を救ったのは、敵とともに殺しても致し方ないと考えていたアパートの住人たちだった……という話である。
『ブラックジャック』の愛読者だった小学生のころの僕は、その回を読んで以降、下水道というものには一生近寄りたくないと思った。
もちろん、物の道理をわきまえる大人になってからは、下水道=ネズミの大群=食い殺される! というような短絡的な恐怖はなくなり、下水道こそ都市で暮らす人々にとってなくてはならない超重要インフラと認識するようになったが、トラウマというのは大したもので、なんとなく下水道は怖いというイメージを引きずっていた。
外国では下水道の住人についてノンフィクションの世界でもしばしば取り沙汰された。
1997年に翻訳出版された『モグラびと ニューヨークの地下生活者たち』(ジェニファー・トス著 渡辺葉訳)は、地上での暮らしを捨て、閉鎖された地下空間に棲息する謎の人間たち=「モグラびと」の素顔を明らかにするノンフィクション。ニューヨークの地下中に張り巡らされた地下鉄のトンネルや駅、また下水道に住む彼らは、貧困や薬物中毒、家庭崩壊、犯罪などの様々な理由から地上での普通の生活を拒絶した人々だという。
当地では昔からその存在が噂され、実際に多いときは数千人におよぶ大きなコミュニティさえあったという彼らの実態を、綿密に取材した女性記者によるこの書は大きな話題になった。出版とほぼ同時に本書を手にした僕は、昔読んだ『ブラックジャック』のことも改めて思い出しつつ、やはり下水道というのは普通に生活する一般人にとってはアンタッチャブルな異空間だなという認識を新たにした。
そんなニューヨークの下水道も、2001年9月11日の米国同時多発テロ以降、犯罪の温床になることを危惧した当局によって徹底的に浄化された。そこに暮らすホームレスの人々も、すべて排除されてしまったのだ。
……の、はずだったのだが。
裏社会の話題を得意とするジャーナリストの丸山ゴンザレスが2010年代後半に取材したところによると、アメリカのニューヨークやラスベガス、またルーマニアの首都ブカレストなどには、いまだに下水道を含む地下で暮らす人々が大勢いることが明らかにされている。
ユニークな展示で下水道についてを学びながら、ひたすら地下へ、地下へ
そんなこんなで、下水道に対して否が応にも仄暗いイメージを持ちながら、なんともいえないアドベンチャースピリットも感じている僕は、車でよく通る府中街道沿いにある「小平市ふれあい下水道館」という施設が気になって仕方がなかった。
ちょいトラウマである「下水道」という単語にかかる、ほんわか感の強い「ふれあい」というキーワードが、逆に禍々しさを増幅しているような気さえした。
すでに訪ねたことがある友人からの強いすすめもあり調べてみると、ここは日本で唯一、誰でも自由に“本物の下水道管”の中に入って体験・見学ができる施設らしい。
行ってみるしかない。
住宅街に静かに佇む「小平市ふれあい下水道館」は地上2階建ての、公共施設としては比較的こぢんまりした建物。そう見えるが実は、B5階まである地下中心の施設なのである。下水道の仕組みや役割を紹介する公共施設として、市内の下水道普及率が100%を達成したことを記念し、1990年(平成2年)につくられたのだそうだ。
見学者を迎える1階のエントランスホールには水槽が設置され、多摩川の渓流に生息する魚を展示していた。見学者はここから、地下へ地下へと進んでいくことになる。
階段の脇には自分が今いる場所の、地上からの深さが表示されている。その横の柱には土が詰まっており、何かと思えば、実際の地層を切り取って見えるように展示しているのだ。なかなか面白いではないか。
−3m、−4m、−5m……下へ下へと進んでいく。
地下2階の展示室には、江戸時代から現在までの暮らしと下水処理の仕組みや変遷について、実物やパネルで紹介されていた。
「小平市の下水のゆくえ」を示すコーナーの起点として、新聞を読みながら洋式トイレに座る男性や、お風呂で遊ぶ子どもの人形などを使ったオブジェが飾られていて、ちょっとギョッとした。
こうしたオブジェを含め、この施設の展示は全体的にとてもユニークで、下水道の醸し出すちょっとネガティブなイメージを払拭する努力が感じられた。
順路は進み、地面から−9mの深さを示す表示のところまで来ると地層に変化があり、土に粒の大きな石が混ざるようになった。
火山灰質粘性土の関東ローム層が終わり、その下にある武蔵野礫層に入ったのだ。関東ローム層は約2万年前に訪れた氷期以前に、富士箱根火山から噴出した火山灰が堆積したものだというから、僕は今、第四紀更新世時代の地表まで潜ってきたことになる。
地下4階の展示室にはガラスケースがあり、中には様々な小便小僧や、トイレ、うんちなどにまつわるグッズや玩具、さらには海外の室内便器(おまる)などなどの“トイレグッズ”が展示されている。面白くて、じっくりと一つ一つ見入ってしまった。
いざ下水道管へ。そこは未知の世界だった
そしていよいよ到達した地下5階、−25m。
この奥に、実際に使われている下水道管の中に入って見学できるスペースがあるのだ。
自動ドアを通り室内に入った瞬間から、水の流れる音が聞こえてくる。室内をぐるっと周り、左手の順路へ。数段の階段を下りると水流音はさらに大きくなり、その奥が下水道管だった。
管の上には小さな橋がかけられていて、流れる下水の真上に立つことができる構造になっている。
恐る恐る、下水の流れの上に立ってみた。
ここまで歩いてきた館内はすべて空調が効いていて、快適な温度と湿度が保たれていたが、下水の上に立つと、強い湿気と生温かさを感じた。下に流れているやや緑色がかった水が、小平市のあらゆる家庭や道路の側溝などから流れてきた下水なのだと思うと、なんとも言い難い微妙な気持ちになった。
下水なのだから当然ではあるが、ニオイもきつい。家の風呂場や台所の排水溝を掃除するときに鼻腔をつくあのニオイを、5倍濃縮くらいにしたものだ。
しばらく晴れの続いた日に行ったので、足下を流れる下水の流れはそこまでの量ではなかったが、ゲリラ豪雨のときなどはかなりの濁流になるらしい。
最新の浄化技術や小平市の水環境の取り組みも紹介されている「小平市ふれあい下水道館」は、都市がさらに進化していく中で、持続可能な水環境をどう保つべきか、我々一人ひとりが果たせる役割は何かを考えさせられるものだった。
インフラは人々の生活と密接に結びついた大切な存在であることも実感できる。
なんて立派なことを考えつつ、下水の流れていく先の暗闇に目を凝らし、その奥に蠢くモノたちを探したのだが、もちろんそんなものはいるはずもないのだった。