掃除機ブランド「シャーク」が2020年8月に発売した「EVOPOWER SYSTEM」。ハンディクリーナー「EVOPOWER」の日本市場におけるヒットを受けて、日本家庭に向けて開発されたスティックタイプのクリーナーだ。
発売に至る経緯と開発プロセスを中心に紹介した前回に続いて、後編ではスティッククリーナーだからこそ意識した使い勝手とデザイン性、それを実現するためにこだわり抜いた製造に関する秘話などを、日本法人・シャークニンジャ 代表取締役の古屋和輝氏に話していただいた。
業界の常識に反し、先端を重くした理由
EVOPOWER SYSTEMのユニークな機能として、スティックとハンディの切り替えをワンタッチで行えることが挙げられる。充電ドックにセットしていたハンディ部分の手元にあるボタンを押して引き抜くことで、パイプから下の部分がスムーズに外れる。戻す際は、反対にスタンドに立ったままのパイプ口に合わせてはめ込むだけ。その感覚は、まるで刀を抜き差しするようにスムーズで心地いい。
このユニークな機構を採用したのも、従来のEVOPOWERで支持されている、“サッと使える”快適性を追求したためだ。
「ハンディとスティックの2wayタイプの掃除機は、便利な反面、パーツの付け替えが意外とめんどうだという声も少なくありません。そこで、スムーズさを追求してこの機構が採用されました。下側のパーツを外してハンディ掃除機として使用する際に、先端部分で傷を付けないよう、柔らかいゴム素材を取り付けました。テーブルなどの表面を傷つけることなく、水平にスムーズに動かせる角度や位置関係を何度も検証しています」と古屋氏。
スティックとハンディの両用タイプのクリーナーに関して、操作性で重要となるのは重心バランスだ。ハンディクリーナーを祖とする本製品では、モーターやバッテリーといった本体の基幹部品は持ち手の側に備えているが、同様の他の製品とは一線を画している。
「ハンディ側の本体は900g、スティック側ともいえる下の部分が約1kgです。一般的な製品だと、重量比は6:4とか7:3など手元が重くなっていることが多いです。しかし、コードレススティックをメインに使うことを念頭に置いた本製品では、床に着けたときにヘッドとのバランスが生きてくるので、あえて逆の重心バランスにしています。コンパクトな本体に多くのパーツを詰め込むことになり、エンジニア泣かせではあるのですが、彼らは果敢に挑戦してくれました。吸引するパワーが向上したことにより、バッテリーも高出力のリチウムを採用しているのですが、本体のサイズ自体は大きく変わっていません」
他にも、グリップやその裏にあるブーストボタンも、多くのサンプルを作った上で操作性を確かめたとのこと。「およそ300世帯の日本の家庭に試作機を使ってもらい、毎週フィードバックをしてもらった上で、量産の2週間前まで微調整を行いました」と、開発当時を振り返る。
日本発信で実現した、空間になじむ色選び
「EVOPOWER」から「EVOPOWER SYSTEM」へ進展したことで、収納時におけるシャンパンボトルを彷彿させるスタイリッシュな外観とは印象が一風変わった。出しっぱなしにすることを前提にしたEVOPOWERシリーズにおいては、インテリア性など外観デザインも重要な要素となるが、スティックがメインのクリーナーとなったことで、そのこだわりはどのように変化したのだろうか。
「ハンディのときは、インテリアのアクセントにもなるよう、あえて目立たせる製品もあり
ました。ですが、スティックはサイズが大きいのでとにかく悪目立ちせず、空間と調和させることを意識しています。そこで色の面積を減らし、あえて黒いパネルを採用しているんです。正面からはゴミが見えないことも絶対条件でした」
「EVOPOWER SYSTEM」のカラーリングは、日本のデザイン事務所が担当したという。「先ほど述べたように、悪目立ちしないことを目指して開発しました。そのため、米国本社が提案してきた色ではなく、日本の好みに合わせ、ロイヤルブルーやルビーレッドといった、少しくすみのあるカラーを採用しました」と古屋氏。「本社からは『何でこんなに地味なんだ? 』と聞かれたりもしましたが(笑)、空間になじませるには、落ち着いた色味であることが必要です」と語る。
「また、良い質感を実現しながら、量産化できるかというのが大事なポイントです。実は今回、光の加減によって印影が変わる独特のニュアンスを出すために、単にプラスチックの上から塗装するのではなく、樹脂自体も各々のカラーに合わせているんです。例えばロイヤルブルーは、青いプラスチックの上から塗装をしています。ベースとなるプラスチックが同色であれば厚く塗る必要がないため、塗りムラも出にくく、製造効率の向上にもつながりました。他社でも技術的には同じことができるとは思いますが、コストの問題も発生します。そこはグローバルブランドとしての調達力がある、弊社ならではの強みかもしれませんね」
また、本体の形状についても、「デザイン上、パイプ部分にもエッジを入れているんです。もっと軽くできるんじゃないかという声もあったのですが、軽さを優先すると、どうしてもまん丸の円筒形にしなければなりません。実際、400~500g程度軽くできる余地はあったのですが、重さを妥協してでもデザイン性を優先しました」と明かす。
軽量化を追求しすぎず、機能向上に特化
充電ドックの足元部分には、アクセサリーをすべてセットしておける専用のスタンドも。ユニークなのがメインのスタンドへの装着が自由なこと。取り付ける位置もユーザーの好みで左右どちらかを選べる。
「充電ドックのフットプリント(接地面積)は極限まで小さくしたいので、この仕様を採用しました。さらに、アクセサリーの着脱が腰をかがめずに行えるように、ハンディ部分の手元のボタンを押すだけでアクセサリーが外れ、スタンドに戻せるようにしました」というこだわりようだ。
極限まで小さくしたという充電ドックだが、その一方で安全性も担保する必要がある。「ドックには適切なおもりを備え、厳格な社内基準に基づいた転倒テストを行っています」と古屋氏。実は、ヘッドブラシのローラーの中にも、充電ドックと同様におもりが仕込まれているとのこと。「ローラーが軽すぎると吸いつきが悪くなり、ゴミを取る効率が低下してしまいます。軽さだけを追求するのではなく、機能を発揮するために重量を最適化しています」という。操作性と性能、安全性を満たすことに対する徹底ぶりは想像を超える。
最後に、全米ナンバーワンの掃除機ブランド・シャークが持つ、ものづくりに対する姿勢について、古屋氏は次のように話した。
「シャークは常に消費者に寄り添いながら製品を開発してきました。EVOPOWER SYSTEMの開発に携わったチームは日本の消費者と向き合い、多くのことを学び、また楽しみながら開発していました。2020年1月から代表取締役に就任させていただいたのですが、私にとってEVOPOWER SYSTEMは、前任のゴードン・トムからすべて任せてもらえた初めてのプロジェクトです。一から開発にかかわった製品だけに、我が子のようにかわいくて仕方がありません」