マツダのフラッグシップ「アテンザ」の試乗を終え、技術者と話を始めた安東弘樹さん。話題は多岐にわたったが、最終的にはマツダのブランド戦略に直結するテーマに収斂していった。マツダはプレミアムブランドになれるのか。安東さんの考えは。

※文と写真はNewsInsight編集部・藤田が担当しました

安東さんが話をしたのは、マツダ パワートレイン開発本部の西尾貴史さんと広報本部の岡本隆秀さん。ちなみに、岡本さんは広報部に来る前、車両開発本部にいた方だ。

  • 左が西尾さん、中央が岡本さん

8速AT採用の可能性は?

初めに話題となったのは、オートマチックトランスミッション(AT)の多段化に関する話。安東さんは6速ATの旧型と6速MTの新型のディーゼルに乗った際、時速100キロでエンジンが2,000回転も回ってしまった事に触れて(MTは1,850回転ほど)、「せっかくトルクがあって良いエンジンなのだから、(アイシン・エィ・ダブリュなど)他社から8速ATを買ってきて取り付けてはどうか」と口にしていた。ちなみに、欧州の同等スペックのディーゼルエンジンにはほとんど8速ATが組み合わされていて、安東さんの愛車は100キロで1,400回転ほどだそう。トランスミッションを多段化し、細かく変速できれば、効率のよいエンジンの回転数域を使えるので、燃費にも加速にもメリットがある。

この意見について西尾さんは、「他社から持ってこようと思えば技術的には可能」としつつも、「難しいのは、AT側とエンジン側で『トルクの協調』というのをやっていて、変速する時に、一度エンジン側のトルクを落としてから、油圧でつなぎなおして再びトルクを上げる、みたいな制御を入れてるんです。内製でやるのであれば、部署が近いので制御について密に話せるんでしょうけど、他社のトランスミッションを導入すると、それにエンジンを合わせなくてはならないので、ベストな解が出せなくなると思います」との考えを示した。

シフトポジション表示について細かい質問が!

運転に関する作業は全て自分で行いたいという安東さんにとって、アテンザにマニュアルトランスミッション(MT)の設定があることは高評価だったが、気になる点もあったようだ。それは、「シフトポジションの画面表示」だ。

アテンザでは、ドライバーが正面に見るモニターに、どのギアで走っているのかが表示される。例えば5速であれば「5」という具合だ。安東さんが疑問を呈したのは、モニター表示の切り替わりが実際のシフト操作よりも遅かったこと。ちなみに、AT車をMTモードにして走っている時、パドルシフト(ステアリングに付いていて、指でシフトチェンジできる装置のこと)で5速に入れたときには、モニター表示もすぐに反応して「5」の表示に変わっていた。

  • シフトポジションの画面表示に関する話題に(画像提供:マツダ)

この点に関し西尾さんは、「MTはシフトレバーに(モニター表示と連動するような)スイッチが入っているのではなくて、エンジン回転と車速の比で(どのシフトに入っているのかを)判断・計算してます。クラッチをつないだ直後はそこが不安定で、計算しきれないので表示の切り替えが遅れてしまうんです」と説明。MTでは例えば、ドライバーが3速から5速に入れるような予期せぬシフト操作もありうるので、それを見越したエンジン制御も必要になる。そのあたりにATよりも難しい部分があると西尾さんは話していた。

こんな具合で、安東さんとマツダの技術者による懇談は話題が多岐にわたったのだが、マツダのブランド戦略にまで話が及んだのは、安東さんがアテンザの後席ドアに関する感想を述べたことがきっかけだった。

100万円の違いも納得できる欧州車と日本車の違い

ポルシェ「911 カレラ 4S」、ジャガー「F-PACE」に加え、3台目のクルマを購入しようと真剣にクルマ選びを進める安東さんは、アテンザのほか、ミニ(MINI)の「クラブマン」も購入検討リストに入れている。アテンザの出来栄えには納得の表情だった安東さんだが、クラブマンも捨てがたいと感じている理由は、欧州車が持つ重厚感、あるいは上質感ともいえる部分に惹かれているからだ。それが端的に現れているのが後席のドアだという。

アテンザの試乗車に乗り込むとき、安東さんが気にしたのが後席の「開け閉め感」だ。「F-PACE」や「クラブマン」などは、ドア自体が分厚く、閉めたときには「ガチッ」という感覚があるそう。一方で、「アテンザ」に限らず、日本車では開け閉め感に軽さがあるという。

クルマは命を預けるものだけに、そういった部分から感じる重厚感、安心感といったようなものは重要というのが安東さんの考え。「きわめて少数派かもしれないが」と前置きした上で、「同じようなスペックのクラブマンより、アテンザは100万円も安く買える。逆にいえば、ドアのガッチリ感など、そこが100万円の違いかとも感じる。装備などを考えると、アテンザの方がコスパは高いと思うんですけど、ユーザーとしては悩ましい。ドアの感じだけで100万円の差が気にならなくなることもあるので」と語った。

  • 試乗車の乗り降りでは常にドアの開け閉め感を気にしていた安東さん

マツダのハイエンドなクルマはどうなっていくのか

これに対しマツダの岡本さんは、「ドアの開け閉め感、まさにその点は開発でも議論しているところです。もちろん、欧州車のずっしりとした安心感は認識してるんですが、(マツダとしては)日米向けのニーズに応えると、なかなかそこに踏み切れない。日米のお客様はクルマに乗る時に、ドアを開けながら乗り込むという所作になります。そうすると、ドアの重さが気になってしまうんです」と日本メーカーならではの事情を説明した。

欧州車が重厚な質感を持つ背景として、「これからアウトバーン(ドイツの高速道路。速度無制限区間もある)で時速200キロ超の世界に入るという時、やはり安心感というか、包み込まれて乗りたいという思いになるんでしょう」とした岡本さんは、欧州車の後席ドアに端的に表れている質感なども考慮して、マツダとしても「ハイエンドなクルマでは、うまく作り分けるべき状況なのかもしれない」と話していた。

「アウディにするかマツダにするか」が理想?

ドアの“ガッチリ感”に象徴されるようなクルマの質感の話は、マツダのブランド戦略に直結する。マツダは先日、これからのクルマづくりの方向性として「ラージ」と「スモール」という考え方を提示し、年間販売台数200万台という目標を打ち出したばかりだが、欧州のプレミアムブランドと同じような規模感を目指していく上で、「ラージ」に属する商品群では付加価値の向上に力点を置く姿勢を見せているからだ。

「ステータスシンボルとしてのクルマには関心がないが、求めるものを具現化してくれるということで」輸入車を選んでいる安東さんも、マツダの今後に期待を示す1人。「アテンザの車体価格は500万円に上げてもいいのでは。日本車の越えなければいけない壁というか、思い切って車体を500万円にできるかどうかには注目したい。コンパクトカーは頑張って安く売ってもいいと思うんですが、フラッグシップと名乗るクルマは別に考えてもいいのではないでしょうか」

  • 「世田谷に住んでいて、輸入車に乗っている年収1,000万円超の人に買ってもらうのか、今の顧客に少し背伸びして買ってもらうのかで、マツダ車の価格設定は変わってきそう」(安東さん)

車体価格に100万円を上乗せできるか

ただし、「どうやって日本の自動車メーカーが変わっていくか。マツダも過渡期だし、(価格帯で)上にいったときに売れるかどうかについて悩んでいるのは、痛いほど理解できます」とも安東さんは話す。

マツダの西尾さんも、車体価格を100万円引き上げられればクルマは「全然変わる」とし、ステアリングの位置を電動で調整できるようにしたり、後席ドアの質感を上げたりなど、いろいろな部分を改良できることは認めるが、「ただ、『マツダプレミアム』というのが浸透し切らないタイミングで、自分勝手に価格を上げてしまうと、お客様の気持ちが付いてこないのではという懸念もあります」と複雑な心境を明かしてくれた。この点については、「『アウディにするかマツダにするか迷う』という感じになった方が、生き残る道はあると思う」というのが安東さんの考えだ。

「マツダのクルマに乗っている自分に出会いたい。国産の、マツダのような職人気質のメーカーで、『RX-7』の新型かどうかは分からないが、シフトフィールが良くて剛性感のあるクルマに乗りたい」。最終的に、マツダへの思いをこのように表現した安東さん。差し当たり、どのクルマを購入するかについては、検討リストに浮上しているアテンザとクラブマンによる争いが混迷の度合いを深めたわけだが、ここで同リストに、新たに1台の日本車が登場することになった。

意外な感じもするが、それはトヨタ自動車の新型車「カローラ スポーツ」だった。なぜカローラが候補に浮上したのか。こちらの試乗会にも同行したので、その理由も含めて本連載の3回目でお伝えしたい。