2025年2月28日で活動を休止したプロゲーミングチーム「忍ism Gaming」。チーム事業は、別のプロゲーミングチーム「ZETA DIVISION(ZETA)」に継承され、イベント運営などを行う「忍ism」は現状の形で残ります。
「忍ism Gaming」は9年の歴史があります。『ストリートファイター』シリーズの国内リーグ戦「ストリートファイターリーグ(SFL)」に初期から参加しているほか、「弟子育成企画」で弟子として採用されたジョニィ選手、ひぐち選手、ヤマグチ選手がプロゲーマーとして活躍するなど選手育成の実績もあり、eスポーツシーンに大きな影響を与えました。
多くの実績を残し、格ゲー界隈、eスポーツ界隈に大きく貢献してきた「忍ism Gaming」。立ち上げたのは、ももち選手とチョコブランカさんのご夫婦です。なぜ、チームの解散を選んだのでしょう。そして、「ZETA DIVISION」に継承された事業はどのようになっていくのか。チーム解散後に「ZETA DIVISION」の一員となったももち選手とチョコブランカさんに話を聞きました。
――早速ですが、「忍ism Gaming」のチーム運営を「ZETA DIVISION」に事業継承した経緯ときっかけを教えてください。
ももち選手:声をかけたのは「忍ism Gaming」からですね。2024年は「CRAZY RACCOON(CR)」や「REJECT(RC)」などのeスポーツの大手チームが『ストリートファイター6(スト6)』部門を立ち上げ、「SFL」に参入しましたし、「ZETA DIVISION(ZETA)」の「SFL」参入を望む声も出ていました。
同時に、「忍ism Gaming」の今後を考えたとき、次のステップに進むためには、「ZETA」と組んで、より大きなことに挑戦する必要があると思ったんです。
――ほかにも声をかけたチームはありましたか?
ももち選手:声をかけたのは、「ZETA」だけですね。もし断られていたら、「忍ism Gaming」で継続していたと思います。
――「ZETA」と組むことでできるようになること、「忍ism Gaming」では足りていなかったことは何でしょうか。
ももち選手:「忍ism Gaming」は、良くも悪くもアスリート集団。たとえば、何かを発信する、知らない人に伝えることは得意ではありません。その点、「ZETA」は発信力がありますよね。
また、「SFL」では、参加した最初の年からずっと「忍ism Gaming」所属の選手だけで挑んできました。チーム内での入れ替えはありましたが、4人とも「忍ism Gaming」の選手です。これを続けられたことは誇りでもありますが、反面、チームの弱点を補強するために傭兵枠の選手を招聘できませんでした。
――「忍ism Gaming」が立ち上がった9年前と現在では、eスポーツ界隈やチームの在り方などが大きく変わっていますが、その点もチームの活動を休止する要因となったのでしょうか。
ももち選手:“ゲーマーの集合体”として成立していた当時と違って、ゲームだけをやっていればいい時代ではなくなりましたね。チームだけでなく、プロゲーマーも同じだと思います。
そのあたり「忍ism Gaming」は弱かった。言ってみれば時流に乗り切れていませんでした。ただ、あえてそういう道を選んだ側面もあります。「忍ism Gaming」はストイックに競技者としての高みを目指していました。
それゆえ、2023年に「忍ism Gaming」を脱退したハイタニさんには、「配信を強化していくのであればほかのチームで活動したほうがよりよい結果になるのでは」と私たちから提案しました。ハイタニは忍での活動継続を希望してくれていましたし、もちろん私たちとしても、いてもらいたかったのですが、彼のストリーマー活動を最大化させるには「忍ism Gaming」では力不足だと考えたためです。なので、「REJECT」に移籍したあと、ハイタニが大きく飛躍し、活動の場を広げられたのはとても喜ばしいことだと思っています(※)。
また「SFL」では、パブリックビューイングを行いましたが、選手のプレイ環境のことを考え、会場に集まってプレイすることはありませんでした。会場で取り仕切るストリーマーやMCもいなかったので、あまりうまくやれてなかったと思います。最後のほうは『スマブラ』の選手であるtakeraがMCをやっていましたね。「ZETA」はこのあたりのことは得意ですし、任せられます。そういった意味でも「忍ism Gaming」でできなかったことができるようになると思っています。
※ストリーマーのハイタニさんは、2023年に「忍ism Gaming」を脱退。その後、「REJECT」のストリーマー部門に加入している。
――チョコブランカさんの立場は変わるのでしょうか。「忍ism Gaming」時代は、経営やマネージャー、レースゲームのイベント出演、レポーターなど多岐にわたっていましたが、そのあたりはいかがでしょうか。
チョコブランカさん:「忍ism Gaming」では裏方仕事が多く、それだけでいっぱいいっぱいでした。少しの隙間時間で『グランツーリスモ』をプレイしていたくらいですね。「ZETA」に入ることになって、前よりは時間が取れるようになりました。裏方仕事に専念する前の気持ちになって、配信や大会運営など、いろいろやっていきたいと思います。
ももち選手:「忍ism Gaming」は専任のマネージャーがいなかったため、チョコがマネージャーとしての仕事をやってくれていました。今はマネージャーさんがいるので、その存在だけで感動しています。
――「UNIZONE」など、レースゲームのリーグ戦も始まりましたし、自動車メーカーのeモータスポーツの大会も多くなりました。その辺りに関わっていく予定はありますか?
チョコブランカさん:レースゲームは好きなジャンルの1つなので、関われるのであれば、関わっていきたいですね。今、F1の人気が高まっていて、レース自体の熱量が上がっているなと感じています。
――配信はいかがでしょうか。「忍ism Gaming」が活動休止するとともに「説教TV」などの企画も終了となりました。「ギスギスしないももチョコ配信」や、ももち選手自身の個人配信、VTuberゆっちょさんの「Yuccho Ch.」などは継続するのでしょうか。
チョコブランカさん:ゆっちょは「ZETA」と契約してないので、今までと変わらず個人で活動するらしいです。ゆっちょはただうちに居候しているだけの親戚の子なので(笑)。
ももち選手:「説教TV」は「忍ism Gaming」ありきでやっていた企画だったので、終了になりました。自分の個人配信はそのまま続けていきますよ。
――ももち選手は、「ZETA」に加入することで選手に専念できるようになりました。
ももち選手:私はオーナー専業の人とは違って、オーナーとしての仕事をしっかりやれていなかったと思います。チョコのフォローは必須でしたし、社員や周りの人に支えられてきました。
なので、選手活動メインになったことで、より集中できるようになったと思っています。ただ、オーナーのときは、チーム運営やスポンサーへの対応などのプレッシャーはありましたが、選手専任になったプレッシャーもあります。これまで以上に選手として実績や成績を残していかなくれはなりません。
――「忍ism Gaming」の活動を振り返ってみると、やはり弟子企画は外せないと思います。そもそもなぜ、この企画を始めたのでしょうか。
ももち選手:『ストリートファイターIV(ストIV)』と『ストリートファイターV(ストV)』の間くらいに募集し始めたのかな。『ストV』がリリースされるにあたって、若い層がプレイしなくなるかもしれないという焦りがありました。
『ストV』は初のコンシューマ先行タイトルでしたし、ゲームセンターの数も減ってきていて、このままでは業界全体が衰退してしまうという思いがあり、自分は何ができるか考えたとき、出てきたのが弟子育成企画だったんです。
ちょうど「忍ism」を立ち上げたばかりで、最初の企画でしたね。若いプレイヤーは誰もきてくれないかと思いましたが、中学生が2人もきてくれたことには感動しました。
――弟子企画で、ひぐち選手が急成長し、「SFL」をはじめとする『ストV』の競技シーンで大活躍しました。しかし、翌年には別のゲーミングチーム「Saishunkan SOL 熊本」へ移籍します。やっと独り立ちした弟子が1年でチームを移籍してしまうことを残念に思ったファンもいたかもしれません。ももち選手はどうお考えでしょうか。
ももち選手:ひぐちにはひぐちの将来がありますからね。「忍ism Gaming」で一緒にプレイできたらそれはそれでよかったんですけど、お互いに情で残ってもよくないかなと。チームに貢献してくれることより、弟子が世に出て、羽ばたいてほしい気持ちのほうが強かったです。むしろ、翌年、ひぐちが活躍したことは本当にうれしかった。
ひぐちも相当悩んだと思いますよ。弟子として育ったチームを抜けてほかのチームへ移籍するなら、結果を出さなければいけないというプレッシャーもあったと思います。
――巡り巡って、ひぐち選手が「ZETA DIVISION」に加入し、再びチームメイトとして一緒にプレイすることになったのは、うれしいですよね。ひぐち選手は今年で休学があけ、学業との両立が大変になると思います。ヤマグチ選手も学業との両立がより厳しくなると思います。ヤマグチ選手が「SFL」への参加を見合わせているのもそのあたりからでしょうか。
ももち選手:実は、今年からヤマグチが休学します。ヤマグチは学業や将来のこと、ゲームのことなど、さまざまにやりたいことがあり、どうすればいいか悩んでいます。学業優先で外れるというのもちょっとニュアンスが違うんですけど、まあ、いろいろ挑戦してみて、そこから見えてくるものもあるじゃないかな。
私はプロゲーマーになる以外の道はなかったので、藁にもすがる気持ちでした。ヤマグチの場合はいろんな道があって、きっとどの道を選んでも正解になると思うんですよね。どの道でも100%の力でがんばれる才能がありますから。
――格ゲーのeスポーツ選手は寿命が長いとはいえ、いつかは引退することになると思います。そのときがきたら、またチームの運営をしたい気持ちはありますか。
ももち選手:まあ、あと5年はやれると思っています(笑)。できるところまで選手でやっていきたいのが今の気持ちですね。チームを立ち上げた9年前と現在の状況がまるっきり変わっているように、5年後も全然違う世界になっていると思うんです。なので、状況が変化したときに自分のやりたいことが見えてくるんじゃないかな。そのときのためにも今できることを全力でやっていきます。
――ありがとうございました。
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今回の事業継承は、「ZETA」からの打診だと思っていたので、「忍ism」から話を持っていったことに驚きました。それも、「ZETA」がほかのチームから一目置かれる活動をしていたことで、チームの移譲先に挙がったのでしょう。
すでに「忍ism」もしくはももち選手とチョコブランカさんが蒔き続けた種は、eスポーツの各所で芽吹いて来ており、大輪の花を咲かせています。「ZETA」と組むことでこれまで以上に広範囲に種を蒔き、数年後にはより大きな花を咲かせるに違いありません。
また、久々の選手選任のももち選手がどのような活躍をするのかも楽しみです。取材後に行われた格闘ゲームのイベント「EVO Japan 2025」では4位の好成績を残し、早くも結果を出しています。
【撮影/志田彩香】