2020年8月28日、企業向けeスポーツ交流イベント「eSPORTS TRINITY」が開催された。イベントの主催者は凸版印刷と、サイバー・コミュニケーションズ(CCI)、電通の3社。2019年10月、2020年1月、2020年8月とすでに3回イベントを開催している。
「eSPORTS TRINITY」は、識者を招いた講演や、異業種交流会、eスポーツ企業交流戦などを行うeスポーツのビジネスイベントだ。“日本のビジネスシーンへeスポーツの新たな知識、感動、興奮を提供する”ことを目標に掲げている。
なぜ、印刷会社がこのイベントを開催しているのだろうか。eスポーツプロジェクトで「eSPORTS TRINITY」のリーダーを務める金井淳一郎氏にお話をうかがった。
イベント内容と運営それぞれが“三位一体”の「eSPORTS TRINITY」
――なぜ印刷会社がeスポーツイベントを手がけるのでしょうか。
金井淳一郎氏(以下、金井氏):社名からも「印刷を行う会社」と思われがちですが、実際には印刷物の売り上げは全体の約半分くらい。ほかにイベントや展示会、キャンペーンの企画、運営、プロモーション活動の企画やサポートなども行っています。
そのほか、延期になってしまいましたが、オリンピックのオフィシャルパートナーなど、リアルスポーツに対する支援も行っています。大会への協賛だけでなく、スポーツ専従社員も採用していますし、特にパラスポーツではさまざまな取り組みを行ってきました。
eスポーツは身体的なハードルや性別、年齢の差を超えて等しく競えるものであると捉えています。なので、スポーツ支援という文脈で言えば、弊社がeスポーツに携わるのは自然な流れでしょう。
日本でのeスポーツはまだまだ黎明期ですが、そこに対してアクションすることは「ふれあい豊かなくらしに貢献する」という弊社の企業理念にも通じるのではないかと考えています。
――eスポーツでの専従社員も考えられているのでしょうか?
金井氏:願望としては、ぜひそういう社員を採用してほしいところですが、まだそこまでの理解は得られていないのが実情です。
eスポーツ選手は若い人が中心ですし、PCなどの機材に対するリテラシーは高いので、現役生活を終えたあとでも会社で活躍できる人材は多いはず。個人的には専従社員という雇用形態は合っていると思っています。
eスポーツへの取り組みを見て弊社のことを知っていただけたというケースはけっこうあると聞いています。eスポーツでの部活動に寛容で、新しいビジネスへ挑戦している姿勢などが評価されているみたいですね。
――eスポーツではどのような活動をされてきたのでしょう?
金井氏:eスポーツイベントの企画運営、主催イベントの開催、社会人eスポーツリーグの運営などに携わっております。また、福利厚生の一環として、社内にeスポーツ部を設立。部活動を通じて企業交流戦を開催したり、その大会へ出場したりしています。その流れで生まれたのが、「eSPORTS TRINITY」というイベントです。
――改めて「eSPORTS TRINITY」の概要を教えてください。
金井氏:「eSPORTS TRINITY」では、「新しい知識と感動、興奮を提供するイベント」を目指しています。eスポーツの知識を得て、感じ、楽しさを一度に知ってもらうのが目的。知識、感動、興奮が三位一体のイベントとして「TRINITY」というネーミングを考えました。
「eSPORTS TRINITY」の特長は、ビジネスセミナーと、「AFTER 6 LEAGUE」と名付けた企業対抗のeスポーツ大会の二部構成になっていること、それに、異業種交流会として名刺交換の時間を設けていることです。それらを通じて、eスポーツビジネスについてヒントを得ていただければと考えています。
――開催する側の企業も3社ですね。
金井氏:属性の違う凸版印刷、電通さん、サイバー・コミュニケーションズ(以下、CCI)さんが、それぞれに違う強みを活かして進めているプロジェクトです。TRINITYというイベント名にはそこも関わっています。
――3社の役割分担はどのようになっていますか?
金井氏:明確な境界線が引かれているわけではありませんが、凸版印刷はイベント運営や事務局業務などをやっているので、「eSPORTS TRINITY」の実行部分を主管業務として担っています。
2020年8月に開催された第3回はスポンサーのいないオンラインでの開催でしたが、協賛企業を見つけていただくのは、主に広告代理店である電通さんの担当です。
CCIさんはインターネット広告が強み。「eSPORTS TRINITY」のネット上での反響を調査したり、ウェビナー参加者のアカウント管理をお願いしています。
――さまざまなeスポーツプロジェクトを手掛けているということは、社内にeスポーツ専門の部署があるのでしょうか?
金井氏:いえ、このプロジェクトに関わる社員はみんな兼業というか、普段はまったく別の業務に携わっていますね。僕はブランドコンサルティングの部門にいて、企業のブランドやロゴ作成といった業務に従事しています。「eSPORTS TRINITY」のロゴ作りやネーミングはその本業で培ったスキルを活かしました。
参加者が求めるものを提供できるよう講演テーマを設定
――「eSPORTS TRINITY」をスタートしたきっかけは何でしょう?
金井氏:eスポーツビジネスに取り組み始めて半年。事業として取り組むにあたって、関係する各社から「マネタイズの仕組みが弱い」「スポンサーが少ない」「eスポーツのプロジェクトをはじめるにあたって具体的に何をするべきかわからない」といったeスポーツに関する課題や戸惑いを耳にしていました。
そうしたeスポーツへの事業参入を検討している企業に対し、コネクションや知識を提供することで、eスポーツを盛り上げられるのではないかと考えたのがきっかけです。
そこで、知識が学べ、企業間の交流ができ、なおかつeスポーツ体験もできるイベントとして、「eSPORTS TRINITY」を企画しました。
――すでに3回開催されていますが、それぞれどのような内容のイベントだったのでしょうか。
金井氏:2019年10月に開催された第1回は、弊社のトッパン小石川ビルの2階にあるレストランが会場でした。80人の定員を大きく超える参加希望者がいたため、2020年1月の第2回では会場をベルサール飯田橋に移して開催。そして第3回が、2020年8月のオンライン開催です。オフラインで行った第1回と第2回は、会場で『ストリートファイターV』の企業交流戦を実施しました。
――ビジネスセミナーでありながら、eスポーツの大会がどんなものか、具体例を体験できるのは画期的ですね。
金井氏:対象はゲーマーではなく、企業に属している人。単なるビジネスセミナーでもeスポーツ大会でもなく、両者を組み合わせているところに価値があります。このイベントを通じて新たなビジネスが生まれたり、マッチングの場になるといいですね。
――講演のテーマはどのように決定しているのでしょう?
金井氏:第2回以降は実施後のアンケートを取り、そこでの要望を採り入れて次の回のテーマや登壇者を選定しています。
第1回は日本eスポーツ連合(JeSU)の事務局長である大谷剛久氏と、eスポーツ業界アナリストの但木一真氏に、eスポーツ国内状況とJeSUの役割、eスポーツにおけるビジネスチャンスなどをテーマにご登壇いただきました。
そのときに実施したアンケート結果では、eスポーツイベントの裏側や、スポンサードしている企業の声が聴きたいという結果が寄せられたため、それらの意見を踏まえ、第2回では、国内最大級のeスポーツイベント「RAGE」で総合プロデューサーをされているCyberZの大友真吾氏と、eスポーツでさまざまなスポンサー活動をされているサッポロビールの福吉敬氏にセミナーをお願いししました。
第3回でご登壇いただいたいのは、おやつカンパニーの髙口裕之氏と、中部テレコミュニケーションの末澤太浩氏。少し趣向を変えて、立場の違う企業をお呼びしてパネルディスカッション形式にしました。
おやつカンパニーさんがeスポーツチームにスポンサードする一方で、中部テレコミュニケーションさんは、インフラなどを提供していると同時にスポンサーも募集しています。両社がディスカッションすることで、eスポーツをスポンサードすることに対するリアルな意見交換をしていただければと、登壇をお願いしました。
――企画主導ではなく、アンケート結果で次のテーマが決まるのはユニークですね。
金井氏:オフライン開催のときは、フードやドリンクを提供しているので会費を徴収していますが、営利目的ではありません。そのため、参加する人の求めるものを提供しようというのがポリシー。細かい部分の反省点はいろいろありますが、アンケート結果を見る限りは一定の満足度を得ていただけているようで、開催してよかったと思っています。
――異業種交流会としてマッチングの実績も生まれていますか?
金井氏:具体的な社名は出せませんが、アパレル関係の会社とeスポーツイベントの協力関係が生まれたり、スポンサー活動をはじめた企業があったりします。業界が盛り上がる一助にはなっているのではないでしょうか。eスポーツ進出に対して機会の創出はできていると思います。
――「eSPORTS TRINITY」を3回開催されて、どのような手応えを感じましたか?
金井氏:第1回と第2回はオフラインだったため、さまざまな企業で名刺交換をする姿が見られました。また、第2部では参加者がビジネススーツ姿でお酒を飲みながらeスポーツ観戦をしていて、それを見て、これからの社会人のeスポーツ観戦の姿はこういうものかという実感がありましたね。
企業交流戦が「AFTER 6 LEAGUE」として独立、課題は全体のレベル向上
――「eSPORTS TRINITY」から独立するかたちで10月24日から「AFTER 6 LEAGUE」が始まりましたね。
金井氏:「AFTER 6 LEAGUE」は、前述のように「eSPORTS TRINITY」の第二部としてはじまったものですが、「サラリーマンのお父さんが定時後はeスポーツ選手になる」というバックストーリーを持たせていました。
野球であればプロを除いても小学校から社会人に至るまで、年代にあわせてプレイヤーが活躍する場が用意されていますが、eスポーツはそうではありません。社会人のゲーマーは多くても、活躍する場がないと思ったのが、リーグ開催の動機ですね。
――「eSPORTS TRINITY」を見る限り、企業間の実力差がかなり大きかったように思います。
金井氏:見る側からもプレイする側からも一方的な試合はつまらないですよね。現状では社内でメンバーをそろえるのも難しい企業が多く、実力差が出てしまうのは仕方ない部分もあると思います。
回を重ねて、各企業内に文化として根付いていけば、強いプレイヤーを選抜してチームを組めるようになるなど、レベルも自然と上がって行くのではないでしょうか。社会人のeスポーツ文化を育てていきたいですね。
――トーナメント形式ではなく、リーグ戦にしたのはなぜでしょう?
金井氏:ワンデイの企業対抗戦はすでにいくつかある一方、何試合もこなして勝ち点を競うリーグ戦は少ないことと、長期的な大会ならゲームに継続的に触れる必要が出てくるのが理由です。
ゲームに触れる時間を増やし、会社の看板を賭けて順位を競うのは、社会人のeスポーツ文化を育てることに効果的だと考えています。
――今後「eSPORTS TRINITY」では「AFTER 6 LEAGUE」を開催しないのでしょうか。
金井氏:まだアイデアの段階ですが、「eSPORTS TRINITY」とタイミングでを合わせて共同開催したり、優勝チームの表彰式を「eSPORTS TRINITY」のなかで行うのもいいかもしれません。
――「eSPORTS TRINITY」の予定や展望などをお聞かせください。
金井氏:第4回を開催するなら2021年3月あたりでしょうか。そのころにオフラインイベントを開催できるかどうかにもよりますが、登壇者が違うだけでは変わり映えしないでしょうし、イベントとしてどう進化していけるかというフェイズに来ていると思います。
――課題はありますか?
金井氏:ひとつは大事にしていた「交流」の部分が第3回のオンライン開催では失われてしまったことですね。オフラインでは名刺交換のときだけでなく、企業交流戦の対戦者としてや、観戦時に隣に居合わせたりと、何かとつながりができるきっかけがありましたが、オンラインでは難しい。もうひとつの課題は、第二部の企業交流戦のエンターテインメント性を高めて行くことですね。出場チームの実力が拮抗した形で競えるものにすることが、モチベーションや盛り上がりにつながります。ここが2021年度以降の目標です。
個人的には同じ業種の人たちが企業交流戦でもライバル関係になると、よりおもしろくなるのではと期待しています。
――参加企業の数を増やし、実力を向上させる施策が必要かもしれませんね。
金井氏:企業内にeスポーツ部を創設することに興味を持たれている企業は多くて、さまざまな企業が見学に来たり、質問を寄せてきたりしています。
一方で、「社内に機材を置く場所がない」「終業後に会社に残ることが難しい」といった課題を抱えている企業からの相談も受けます。
現在は、鉄人化計画さん、イーガーディアンさん、インターネットカフェDiCEさんにスポンサーとして加わっていたき、部活動の場所をサービスとして提供しています。社内のスペースでは活動がしづらいような企業に活用していただきたいですね。
――運営側がすでに異業種交流のいい実例になっていますね。今後の展開も楽しみです。ありがとうございました。