平成が終わろうとしている2018年、日本のワイン業界に大きな変革の波が訪れようとしている。2015年10月に定められた“ワイン法”が、いよいよ施行のときを迎えるのだ。

ワイン法によって何が変わるのか。そもそも日本のワインは今、どんな状況にあるのか。日本のワイン業界を牽引するメルシャン株式会社のエノログ(ワイン醸造技術管理士)であり、そのキャリアを日本ワインの発展と共に歩んできた第一人者・藤野勝久氏にお話を伺った。

日本で“ワイン法”が生まれた理由

ワインというとフランスやイタリア、チリなどで造られているイメージが強いが、日本でもワインは造られている。ワイン売り場に足を運べばたいてい日本のワインの棚があるし、最近は特設売り場を設けてアピールしているところも多い。

同社グループ会社運営のレストラン「キリンシティ」でも、日本各地で醸造したワインを提供している(※掲載ラインナップでの提供は2018年9月中旬まで )

「日本ワインの消費量は年々増加しています」と藤野氏は言う。むろん、海外から輸入されたワインに比べるとシェアはまだまだ少ないが、着実に存在感を増しているのだ。

ただし、ワインといってもその種類は様々だ。ワインは価格の幅がもっとも広い飲み物で、同じ750mlのボトルでも500円で買えるものもあれば、それこそ100万円するものまである。原料は同じぶどうという果実であるにも関わらず価格がこれだけ違うのは、クオリティや希少性に差があるからだ。

たとえば、日本で造られるワインの多くは、海外からぶどう果汁を輸入し、それを醸造したものだ。つまり、日本で製造はしているけれど原料ぶどうは海外産なのである。こうしたワインは大量生産され、安価で販売されることが多い。

一方で、ワインの専門ショップなどに並ぶ中~高価格帯の日本ワインは、日本国内で栽培されたぶどうを用いて、日本国内で醸造されたものがほとんどだ。大量生産型のワインに比べて手間もコストもかかるため、価格はどうしても上がるが、その分クオリティも高くなる。

藤野氏によれば、「これまで日本では、原料が国産でも海外産でも『国産ワイン』を名乗れていた」のだという。海外原料なのに国産とはちょっと変な感じがするが、醸造したのは日本なのだから“国産”であるという理屈なのだ。

しかし、「国産」という文字を見れば、当然「ぶどうが国産」なのだと思う人もいるだろう。こうした誤解を招かないように、しっかりと表記ルールを決めましょうというのが、今回のワイン法制定の背景なのである。

新たな日本ワインのルール

それでは、新しいワイン法によって表記ルールはどうなったのか。

「国産ぶどうのみを原料として、日本国内で造られたワインのみ『日本ワイン』と表示できることになりました。一方で、原料が国産か海外産かを問わず、日本国内で造られたワインは『国内製造ワイン』を表示することができます」(藤野氏)

「国産ワイン」という曖昧だった表記は廃止され、日本のワインは今後、「日本ワイン」と「国内製造ワイン」という2つのカテゴリに分かれることになった。

ワイン法施行後の表記と条件。これまでひとくくりに「国産ワイン」とされていた製造条件の違うワインが、明確に区別されるようになる。

もちろん、これまでに製造された“国産ワイン”はまだしばらく市場に出回るので表記がいきなりすべて変わるわけではないが、少しずつ新たなワイン法に基づいた表示に統一されていくだろう。

また、「産地」「ぶどう品種」「ぶどうの収穫年」などに関する表記ルールも細かく定められた。たとえば「長野メルロー 2015」というワインの場合、「長野」という産地を表示するためには、原料となる長野県で収穫したぶどうを全体の85%以上使用しなければならない――といったルールである。

例に挙げたシャトー・メルシャンの「長野メルロー 」。

同様に「メルロー」(ぶどう品種)を表示するためにはメルローという品種を全体の85%以上使用している必要があり、「2015」を表示するためには2015年に収穫されたぶどうが原料の85%以上である必要がある。

こうしたルールをしっかりと定めることで、「長野メルロー 2015」という表示を見れば、「2015年に収穫した長野県産のメルローで造ったワインなんだな」とわかるというわけだ。ちなみになぜ85%なのかというと、それがワインにおける国際基準だからである。

誤解してはならないのは、今回のワイン法が制定される前が無法地帯だったわけではないということ。シャトー・メルシャンを始めとする各ワイナリーは以前から国際的な表記ルールを取り入れており、その意味では「ワイン法の前後で大きく変わるようなことは特にありません」(藤野氏)という。

とはいえ、今後日本ワインの輸出の可能性なども考えると、こうした基準が国の正式なルールとして定められた意義は大きい。ワイン法を持たない国のワインは国際市場には受け入れられないからである。

今後の日本ワインはどう発展していくのか

では、ワイン法の施行により今後の日本ワインはどのように発展していくのだろう。

確実にいえるのは、よりその産地の個性を表現した日本ワインが注目されていくだろうということだ。

ワインの原料はぶどうのみで、十分な水分(果汁)があるため水などは一切加えずに造られる。生ぶどうは傷みやすいため、収穫された産地で醸造されワインとなる(濃縮還元技術を使えば運搬も可能だが、前述したようにそれでは日本ワインを名乗れなくなった)。つまり日本ワインとは、その産地の味わいそのものなのだ。

他の農作物と同様、産地の気候や土壌などはぶどうの味に大きな影響を与え、ワインの味や香りにも表出する。これがワインの多様性であり、面白さだ。

ワイン法により「産地」ルールが明確化されたことで、今後は産地をアピールするワインがより増えてくるだろう。そして「みかんなら愛媛」のように、「○○という品種ならこの産地が良い」といったブランドが構築されていくはずだ。

そうした将来を見据えて、シャトー・メルシャンは新たな取り組みを始めている。

「2019年秋、長野県上田市に『椀子ワイナリー』をオープンする予定です。ワイナリーでは見学や直販を行い、より日本ワインを身近に感じていただければと考えています。また、桔梗ヶ原ワイナリーを今年9月にオープンする他、勝沼ワイナリーでも見学ツアーの刷新を行いました」(藤野氏)

シャトー・メルシャンの3つのワイナリー 。

地元に根ざしたワイナリーをオープンすることでワインファンを呼び込み、地域の活性化や日本ワインの価値向上につなげていくのが狙いだ。世界の有名産地がそうであるように“そこでなければならない”理由が明確にあるワインは、地場産業としても大いなる可能性を秘めている。

成長を続ける日本ワイン、その可能性に注目が集まっている。

(山田井ユウキ)