8月23日、Apple Store, Ginzaにおいて『TEACHER'S NIGHT:語学学習とiBooks テキストブックの最新事例』が開催された。早稲田大学グローバルエデュケーションセンターのヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ准教授が登壇し、同氏自身が制作し講義で使用しているデジタル教材の事例を通じて、iPad/iPhoneを使った学習の可能性を語った。

早稲田大学グローバルエデュケーションセンター ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ准教授

デジタル教材を導入する意義

アルベリッツィ氏が日本語を学んだ1990年代、教材といえば文型を覚えるための理論編と会話的なアプローチの応用編を並べた典型的なテキストブックだった。しかし、この学習方法では「頭で分かっていてもなかなか話せない」。

日本人なら中高の英語の教科書で見覚えがあるようなテキスト

現在も大学の講義では紙のテキストや辞書が使われ、テープレコーダーがないと授業ができないという先生もいるそうだ。また、学生がただ聞くしかない"一斉講義型"の授業も存在し、「Death by PowerPoint (つまらないプレゼンで聴衆が寝る状況の例え)」ならぬ「Death by 講義型授業」を引き起こしていると、ユーモアを交えながらアルベリッツィ氏は指摘した。

しかし、問題は笑って済まされない。学生による授業評価が科目の抹消にもつながる可能性がある現在。低い評価が続けば、学生がイタリア語を学ぶ機会が失われてしまう。一方で大学には「グローバルな人材の育成」が求められている。そのためにはどんな教育が必要なのか。それを考える時、アルベリッツィ氏はいつもある詩人の言葉を思い出すという。

教育とは知識を詰め込むことではなく、学問への情熱に火をつけることである. (W.B.Yeats)

アルベリッツィ氏 「学生のバケツに知識を詰め、単位を取ればすぐひっくり返されるようでは、グローバルな人材は育ちません。では、何をするべきか。ポイントは、自分の頭で考える授業を目指すことです」

教育の場はとかく保守的になりがちだが、「何らかの形で学生に届かせるために、色々なツールを試す必要がある」と氏は述べる。ここで間違ってはいけないのは、ただiPadを渡しただけでは何も変わらない、ということ。アルベリッツィ氏は、デジタル教材を使う教育の最も大きな課題は「能力を発揮させるために、デバイスと学習者に合ったコンテンツを作成」することだと強調した。

iPadを中心とした学習環境へ

続いて、アルベリッツィ氏のデジタル教材における現在までの試みが紹介された。氏が現職に就いた2012年の時点で、大学の施設はどこでもICT教育ができる環境になっていたが、氏が利用可能な機材は用意されていなかった。そこで、まずは学生が持っているスマートフォンで、音声認識ソフト『Dragon Dictation』を「発音ドリル」として活用した。

2012年以降、徐々に取り組みを拡大・コンテンツの拡充を進めていった

2013年春に初めて15冊のデジタルブックを中心にiTunes Uの「イタリア語入門」コースを作成し、内容を徐々に拡充。単語学習には『Qizlet』を導入。iPadは旧世代含めた10台の貸し出し機を使用していたが、2014年に学内の研究助成金や個人的な寄付、この取り組みを評価したイタリア文化会館からの寄贈により、一人一台を用意できる環境が整った。現在の環境はひとつの完成形といえるだろう。

アルベリッツィ氏 「今年度はiPadを中心に、講義ではデジタルブックとiTunes U、単語学習はQuizlet、資料参照には『Padlet』を使います。そして今年から黒板を一切使わず、『MetaMoJi Note』というアプリで書き、授業が終わったら板書を学生の端末と大学のiTunes Uに送ります。さらに、実際に話して練習するロールプレイにおいても、台本を書いたり会話の様子を撮影し検証することにiPadを活用しています」

2015年春学期の教材。参考資料や板書もデジタル化してiPadに

学習者の体験を中心に置いた教材

デジタル教材が紙の教材と最も大きく違う点は、理解を助ける疑似体験的なコンテンツの存在だ。タップして意味を調べる、問題に回答し先生に送る、触れて回答を確認する。こうした作業が理解し覚えることに役立つと考える氏は、デジタル教材の制作においては「読み手としての学習者の体験を中心に置かなくてはならない」と強調する。

例えば、欧米の大手出版社が出すデジタル教材は紙の発想から縦位置でデザインされたものが多く、テキストと並行するべき練習やインタラクティブな要素が、レイアウト的な制限から隅にやられたり、ページをめくらないと使えないことがある。こうした操作の煩わしさが学習を妨げるとして、氏の教材では読者の目がスワイプにそって情報を得ることができる横位置を用いている。

さらに、見やすく連続した学習体験を目指し、コンテンツの所在がきちんと伝わり、機能を重視したレイアウトになるよう工夫を重ねてきた。

アルベリッツィ氏 「最初に作ったテキストブックにもインタラクティビティはあるものの、ただ置いてあるだけでした。コンテンツの量や並べ方を整理し、枠線の種類やレイアウトを工夫して、読み手が情報を自分の力で見つけられるよう考えました」

学生のフィードバックを反映しながらデザインやメディアの使い方を改善

メディアを効果的に用いるためにKeynoteの埋め込みを活用。文字とインタラクティビティで情報を二重化し、記憶に残りやすくする

テキストブックの制作にiBooks Authorを用いる理由について氏は、簡単に使え、テンプレートが豊富なこと、そして利用できるデバイスの幅広さを挙げた。当初はiPadのみだったが、Macに対応し、昨年からはiPhone 6シリーズでも使えるようになった。iPhoneのシェアが高い学生にとってこれは大きな利点となる。また、サードパーティ製のウィジェットに対応したことで、インタラクティブな要素をより幅広く活用できるようになったことも理由に挙げられた。

学生のスマートフォンはiPhoneのシェアが非常に高い

挑戦、フィードバック、再挑戦

最後にアルベリッツィ氏は、デジタル教材を使った講義の成果を示した。生徒からの評価は非常に高く、iPadが学習の役に立ったかという質問に対しては100%がポジティブな回答をした。また、期末テストの成績の推移を見ると、iPad導入以降単位を落とす割合が減っていることが分かる。特に一人一台を使えるようになってからは、不合格者の数が大きく減り、A+とAの割合が増えている。

「ある程度役に立った」の選択肢は2015年より導入

外語大ではない大学で語学力の高い学生をどう育てていけるかが重要という

来期もイタリア語の学習を続けたいと回答した学生に理由を尋ねると、「もっと上達したいと思った」「話せるようになるのが楽しかった」など、学習に対する積極的な姿勢が見られた。もちろん、ただiPadを導入すれば成果が上がるわけではない。

アルベリッツィ氏 「レベルの高いコンテンツを届けるには、裏の仕事が大事。単語学習には頻度別リストから現在のイタリア語で用いられる上位600語ずつのセットを作り、ロールプレイもその単語に対応させています」

レイアウトやメディアの用い方から単語の選び方、学生からのフィードバックを改善に反映させるところまで、"どう学んでほしいか"という氏のコンセプトがクォリティの高い教材に反映されていると言える。教育が本来持つ進歩の可能性を示したイベントとなった。アルベリッツィ氏は最後に、来場者へ向けて次のように述べた。

アルベリッツィ氏 「iBooks Authorをぜひ使ってみてください。使わなくては次の道が見えてきません。挑戦することがポイントなのです」