幕張メッセにて開催されたホビーの祭典「ワンダーフェスティバル2015夏」(ワンフェス)。同会場内のワコムブースでは、デジタルスカルプティングツール「ZBrush(ズィーブラシ)」を体験できる特設ブースを設置。さまざまなゲストを招いてのプレゼンテーションのほか、エヴァンゲリオン初号機を使ったキャラクターモデリング体験セミナーを開催した。

本稿では、デザインココによる「等身大フィギュア制作と3Dプリント技術」についてのプレゼンテーションをレポートする。

デザインココの千賀淳哉氏

データ化の利点と注意点

デザインココは仙台市に拠点を置き、等身大フィギュアの造形制作を手がけるクリエイター集団。3DCGやDTPから、造形・塗装・メカ制作などのアナログ技術まであらゆる手法を駆使してフィギュアの制作を行っている。

当日、登壇したデザインココ代表・千賀淳哉氏は、同社がデジタルを導入した経緯について「アニメ造形の大型立体造形物はもともと職人の手作業でした。それをデータで作れないかと、10年前からチャレンジを始めました」と説明。ZBrushを用いた3DCG制作により、コストと時間を削減できるようになったと述べた。

同社が開発した等身大フィギュア

ワンフェス会場にも作品が展示されていた

従来のやり方では、まず監修を通してから「抜き型」と呼ばれる型を石膏やシリコンで作り、その後FRP(繊維強化プラスチック)成形を行う。脱型した後、仕上げ作業と塗装に入るのだが、全工程で2~3カ月の時間がかかっていたそうだ。

そこで同社では、10年前からZBrushを用いてデータを作成することにした。デジタル化もっとも大きな利点は「可視化できること」だと千賀氏は言う。というのも、データであれば監修者と事前に仕上がりイメージを共有できるため、修正などが容易になるからだ。等身大フィギュアの場合、スケールフィギュアと見え方が変わるため、同じ寸法や比率で設定すると頭身バランスに違和感が生まれてしまう。こうしたズレを解決するためには、最初からデータにして可視化する方法しかないとのこと。

ただし、問題がある。それは、モニターで見たバランスと、実際に出力したバランスは異なることだ。これは千賀氏が以前、医療関係の仕事をしていた際に感じたことだという。

「CTスキャナやMRIでとったデータを見て、どこの骨を削るのかなどを調べる際、これを3D化して見せる技術があります。しかし、モニターで見ているのは擬似的な三次元データですから、実際の骨の形状のイメージはつかみにくいのです」

そこで千賀氏は、すべてをデジタライズするのではなく、頭とお尻の仕上がりの位置だけは人の手で調整することにした。このふたつの形状の美しさだけは、数値化できないのだという。千賀氏は、デジタルとアナログを融合させたこの手法が現時点でのベストだと判断する。

「頭とお尻の位置だけは人間が目で見て手で調整しないと不自然になってしまう」。数多くの等身大フィギュア制作を手がけてきたデザインココの結論だ

デザインココでは3Dプリンタの開発・販売も行っているが、これも自分たちが理想とするフィギュア制作のために開発したもの。結果として、フィギュア制作においては30日ほど開発期間を短縮できるようになったとのことだ。

千賀氏は「この業界は、曖昧な指示が多いのです」と述べる。「例えば、『ONE PIECE』のルフィの等身大フィギュアを作ってほしいと言われても、元となるイラストには奥行き感がありません。フィギュアなので、どの角度から見てもいいものにするのは大変です」

これを手作業で行おうとすると、まず実物を作らなければクライアントとイメージを共有できない。そうすると、修正が入った際の作り直しによる材料費の高騰などの問題も発生する。デザインココは、この問題をデジタルとアナログのハイブリッドなやり方で解決した。

「ルフィのときは、だまし絵のテクニックを使いました。フィギュアなので三次元ですが、写真を撮って家に帰って見てみるとイラストに見えるのです」

『ONE PIECE』の等身大フィギュア

写真を撮るとイラストのように見えるが実際に見るときちんと3D化されている

また、デジタルを取り入れる最大のメリットは「データベース化できること」だと千賀氏は語る。

「手作業でやると、納品したらそこで終わってしまいます。一方、データなら納品後も残るので、それを元に映像にしたり、DTPの素材にしたりと、拡張することができるのです。デバイスに関しては時代と共に安くていいものが出てくるでしょう。重要なデータを、いかにデータベース化しておくかが大切なのです」

重要なのは「ものの見方」

プレゼンテーションでは、実際にデザインココが手がけた作品を紹介しながら、具体的な制作進行が説明された。

アニメ「ガリレイドンナ」のケースでは、等身大立像を作成した後、このデータをブラッシュアップしてスケールフィギュアも作成している。もしも小さなフィギュアを先に作ってから大きなフィギュアを制作しようとすると、画像にジャギーが出るように、CGでもポリゴンが見えてしまう。この場合は大きな等身大フィギュア用のデータがあったからこそ、これを生かしてスケールフィギュアを短期間で制作できたのだという。

ガリレイドンナではスケールフィギュアも制作した

この他、メトロポリタンホテルの設計やチェアスキーのカウルの開発など、さまざまな制作秘話が語られた。

千賀氏はあらためて「手造形だけではダメだし、デジタルだけでもダメ」だと強調。「その両方をやることで、いろいろな視点が見えてきます」と語った。

「重要なのはものの見方です。どのラインが美しいのかを認識してジャッジできる目がもっとも重要なのです」

最後に、3Dプリンタの今後の可能性について、千賀氏は「3Dプリンタの産業化は遅れている」としながらも「ニーズを見つければ、そこに入っていけます。例えば医療では人間の個体差があるため小ロット多品種になりますから、3Dプリンタは役立つでしょう」と述べた。