FileMaker社が主催する年に一度のプライベートイベント、「FileMaker カンファレンス 2012」が盛況のうちに閉幕した(関連記事)。FileMakerといえばカード型、Macユーザが多いと思われがちだが、iOSデバイス向けの「FileMaker Go」がリリースされてからというもの、状況は大きく変化している。今回は、カンファレンスに出展した企業に取材した「FileMaker Goが切り拓く"ハンディデータベース"の未来」を探った。

「FileMaker Go」のインパクト

FileMaker Goは、かんたんに言えば「FileMakerデータベースをiOSデバイスで持ち出すためのアプリ」。データベースそのものを作成する機能はないが、(アプリ内に)インストールしたデータベースファイルを読み書きしたり、FileMaker Serverでホストされたデータベースにネットワーク経由でアクセスしたりできる。FileMakerのモバイル向けクライアントアプリ、と言い換えてもいいだろう。

2010年に最初のバージョンがリリースされたFile Maker Goは、FileMakerの開発コミュニティに大きなインパクトを与えた。Mac/Windows版FileMakerで構築したデータベースをそのままに近い形でiOSデバイスに持ち込めるため、開発コストを抑えられるだけでなく、FileMakerならではの高いデザイン性も維持できるからだ。

今春リリースの「FileMaker Pro 12」など一連の製品群では、iOSデバイスへの対応をさらに強化。デザインツールやテーマアーキテクチャ、レイアウトツールが再設計され、iPhone/iPad向けにデザイン性の高いデータベースをより迅速に開発できるようになった。iOSのタッチUIで誤操作が減るよう、ボタンのサイズや配置をきめ細かく調整することも可能だ。さらにアプリ本体「FileMaker Go 12 for iPhone/iPad」は無料となり、導入のハードルは確実に下がっている。

iOSデバイス、特に画面が大きく顧客向けに提示しやすいiPadは、FileMaker Goとの親和性が高い。今回の「FileMaker カンファレンス 2012」会場内を見回しても、FileMaker Goを対象としたセッションやトラックの占める割合は前年より高く、参加者の目がどこに向いているかも明白という印象を受けた。

FileMaker Go 12 for iPhone/iPadは無料化を断行、前バージョンに比べイニシャルコスト面での訴求力が増した

FileMaker Proで作成したデータベースが、そのままiOSらしいLook&Feelのアプリとして動作する

fmgo.jpでは、FileMaker Go 12用のサンプルファイルを多数用意している(画面は「訪問診療支援システム【Beluga】院外で情報確認」)

開発者に聞く、FileMaker Goのインパクトとは

7月に米国マイアミで開催された「FileMaker Developer Conference 2012」でも紹介されるなど、FileMaker Goの活用事例としてたびたび取り上げられる、画像に書き込み可能なiPad用多目的データベースソフト「FMCanvas」。その開発にあたった株式会社スプラッシュ取締役の竹内康二氏は、FileMakerのスペシャリストとして、国内外の開発コミュニティにおけるキーパーソンとして著名な存在だ。その竹内氏に、FileMaker Goがもたらした変化と現状について聞いた。

──FileMaker Goの登場以降、なにか変化はありましたか?

竹内:取引がない会社からの問い合わせが増えました。今回営業部員にiPadを一括導入したのでなにか提案してほしい、といったiPadの普及に伴う漠然とした案件も含まれますが、FileMaker Pro 12のリリース以降問い合わせが急増したように感じています。特に、無料化によるイニシャルコスト低下はかなりのインパクトがあるようです。

──開発者として、FileMaker Goの登場をどう受けとめましたか?

竹内:iOSデバイス向けにデータベースアプリを開発しようとすると、Webアプリとして実装するにしても、Objective-Cでコーディングするにしても、以前はハードルの高さがありました。けれど、FileMaker Goなら「使い慣れたFileMaker Pro」だけで、スピーディーにアプリを開発できますからね。

──FileMakerには、以前から「インスタントWeb公開(IWP)」というソリューションがありますが、それとFileMaker Goはどう違うのでしょう?

竹内:開発・運用コストを考慮すると、顧客にとってはIWPが手ごろな選択肢ですが、IWP独自のノウハウが必要になるなど思いどおりにするには難しさがあります。直接FileMakerを操作する場合とは異なり、IWP前提のレイアウトを用意するといった工夫も要求されます。FileMaker Goの場合、タッチデバイスであるとか画面が小さいとかの理由で多少の調整は入りますが、直接FileMaker Proを操作する場合に近い印象です。しかも、別途ライセンスを購入する必要がありません。用意したサーバにログオンして使う方法以外に、外出先ではオフラインでデータを蓄積して帰社後に同期、といった使い方も提案できますからね。

──iPad版「FMCanvas」を試してみましたが、PCでFileMaker Proを使うときとさほど変わらない操作性が印象的でした。iPad向けに作り込まれた部分はあるのでしょうか?

竹内:それはありますね。(iOSデバイスは)PCに比べると非力ということもありますが、タップするからボタンは大きめに、といった操作性からの要求もあります。iOSデバイスならではの、垂直/水平に持ち替えた場合のレイアウト変更も考慮しなければなりません。PCで横スクロールは嫌われるけれど、フリックによる横方向の画面遷移が一般的なiPadではそうでもない、といったUIの特性にあわせる必要もあります。

竹内氏がスピーカーを務めたジェネラルトラック「どこでも使えるスクリプト」はほぼ満席、実践的な内容で出席者の関心を集めた

iPad用多目的データベースソフト「FMCanvas」は当初歯科用に開発、図で示しながら治療方針を説明できるようデザインされている

FileMaker Serverにログインする形で利用すれば、iPad上でくわえた変更をただちにパソコン(FileMaker Pro)へ反映させることも可能

FileMaker Goが拡げるiPadの可能性

開発者にとってのFileMaker Goのインパクトはさておき、我々エンドユーザにとって「データベースが手の上にある」ことがどれほどの意味を持つのか、より現場に近い声を聞かないことにはわかりにくいかもしれない。そこで、FileMaker カンファレンス 2012会場にブースを構えていた企業のひとつ、株式会社寿商会に話を聞いた。

──展示されている「Conseiller(コンセイエ)」について教えてください。

株式会社寿商会 特販部プロジェクトマネージャー得永貴志氏:FileMaker Goで動作する、美容室・サロン向け顧客カルテです。カルテ作成からカウンセリングまで、写真撮影や手書きイラストを含めiPad1台で完結できます。パソコンとは異なり、顧客にイメージを見せつつ操作できるところがポイントでしょうか。

──開発に着手したきっかけは?

得永:弊社のクライアントに、FileMakerベースのヘアーカタログを運用している美容室経営のお客さまがいらっしゃいまして、その方から「iPadでヘアーカタログを運用できるようにしたい」と要望をいただいたことがきっかけです。FileMaker Go向けの開発事例は多数ありますが、弊社は受託開発が中心で要望をお聞きしながら開発を進めますので、現在のところパッケージ販売はこの「Conseiller」と、青果卸向けiPad伝票入力システムの2製品のみです。

──納品後の反応はいかがでした?

得永:持ち運びできる、操作しやすいということはもちろん、iPadならではのビジュアル的インパクトも効果としてあるようですね。使い方がわからないとか、操作に関する問い合わせはまったくありません。導入後にまったくPCを使わなくなったとか、POSレジとiPadを併用しているとか、活用方法はクライアントによってさまざまです。

──製品はどのようにPRしているのですか?

得永:導入実績は50店舗以上、日本全国でご利用いただいておりますが、弊社Webサイトでのパッケージ販売オンリーです。既存顧客への営業活動を含め、PRはまったくしていません。価格は3万8千円からと、リーズナブルな価格設定にしたことが効いているのかもしれませんね。

──最後に、今後のFileMaker Goに期待することは?

得永:FileMaker Go 11の登場は、かなり新鮮に映りました。ネイティブアプリを開発することを考えれば、そのメリットは明らかですから。iPadのスペックが向上したこともあり、以前は気になった描画パフォーマンスの問題も解決されつつあります。FileMaker Goはまだまだ伸びしろがある、そう実感しています。

FileMaker Goで動作する美容室・サロン向け顧客カルテ「Conseiller(コンセイエ)」

iPad内蔵のカメラで撮影した写真をカルテに保存できる。手書き機能を利用すれば、手書きメモも記録可能だ

青果卸向けに開発されたiPad伝票入力システムは、テンキーでの入力が考慮されている