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ドラマにありがちなシチュエーション、バラエティで一瞬だけ静まる瞬間、
わずかに取り乱すニュースキャスター……テレビが繰り広げるワンシーン。
敢えて人名も番組名も出さず、ある一瞬だけにフォーカスする異色のテレビ論。
その視点からは、仕事でも人生の様々なシーンでも役立つ(かもしれない)
「ものの見方」が見えてくる。
ライター・武田砂鉄さんが
執拗にワンシーンを追い求める連載です。
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本音発覚の現場としての女子トイレ

女上司が個室トイレに入っている最中に部下の女性たちが入ってきて、洗面台で化粧を直しながらその上司の悪口を言い連ねるシーンの頻度ったらない。女性の社会進出に合わせるようにキャリアウーマン弾けるぜ系のドラマが1クールに1作品は入り込んでくるが、同性同士のいざこざを描かなければ話が続かないのか、その度に女子トイレが本音発覚の現場として選ばれることになる。

こちらは男で、今のところ警察のお世話にはなっていない。この2点を掛け合わせると女子トイレに潜入した経験を持たない事実がひとまず立証されるわけだが、そういう女子トイレを知らない立場からすると、女性はかなりの頻度でトイレの洗面台で文句を漏らし、かなりの頻度で個室の中にいた誰かがそれを聞いてしまっているらしい、という把握が保たれていく。いかにも仲良さそうにしていた者同士がある地点で破綻してしまったと知らされる機会、個人統計の上では男性同士より女性同士のほうが圧倒的に多いのだが、もしかして破綻のきっかけとして「女子トイレで悪口を聞かれた」なんてことはあり得るのだろうかと気心知れた女性の友人に提起すると、鼻で笑われた。

「悪い人ではないが、なんか嫌い」を共有する為に

「まずね、私たちは、女子トイレで何かを話すときには、個室に誰かいないか確認するし、入っているようならばそんなに込み入った話はしない」
「じゃあ、ドラマで見かけるあのシーンなんて、噴飯ものなわけだ」
「いや、そういうわけでもない。たとえばほら、こないだチームリーダーの吉田の話をしたでしょう」
「あ、うん、『この人、嫌い』って共有するまでにすごく時間がかかったって話……」

その話はこうだ。チームリーダーの吉田は、「別に悪い人じゃないんだけど、自分は皆に好かれていると思っているところが嫌い」というデリケートな嫌われ方をしてきた人で、だからこそ、仲間内ではその嫌われ方を共有するのが難しかったという。個々人が先に感知するのは「別に悪い人じゃない」なので、議論がそこから深まっていかない。残業を押し付けてくる上司やセクハラ上司は一発で嫌悪が共有されるけれど、チームリーダーの吉田的な「悪い人ではないが、なんか嫌い」の部類は、慎重な議論の場が求められる。もしも、自分だけが「なんか嫌い」をアピールし、他から「そうでもないけど……」を返されてしまった場合、むしろ「そんなことを思っているアナタがどうかしている」という目線をいくらか浴びることにも繋がる。吉田について、小出しにしながら、様子見しながら、いよいよどこかの場面で誰かが踏み出し、「皆に好かれていると思っているところが嫌い」が共有されることになる。

悪口を切り出した自分を簡単に晒してはならない

話は続く。
「その手の意見を小出しにするには、居酒屋でぶっちゃけトークするよりも、化粧直しをしながらとか、『ながらトーク』が有効なわけ。でも『ながらトーク』で確信に迫っていくって難しい。例えばそれぞれのデスクに座っている状態じゃ、そんな話できないでしょ」
「ある程度心ここにあらず、だけどプライベートな空間、って思える環境がベストだと」
「そう、そうなの。そういう時に、トイレの洗面台ってのはイイ場所なのかもしれない」

女上司と女部下がうまくいっていないケースはこの世の中に無数に存在しているわけだが、当然、女上司にしっかりと従っている女部下もいるわけである。上司嫌いを共有したい人は、その共有を目指して、慎重に道を探ることになる。「○○がこう言っていたよ」という伝聞は、何人かを経由するだけで「○○がもう、今にも殴り倒してやろうかってな勢いで、ツバを飛ばしながら怒り狂ってるわけさ」くらいの膨らみを持って伝わる可能性があるから、悪口を切り出した自分を簡単に晒してはならないのだ。

女子トイレの内実をそれなりに信じきっている男たち

頻繁に見かけるのはこんなシーンだ。女上司が個室トイレに座っていると、何人かがトイレに入ってくる。入ってきた瞬間から「………ってかもう、ホントまじで、さすがに言い方キツいよね」「いつまでも若くないんだからさぁ」「もう、清美、言い過ぎー」。息を潜める上司。誰のことだろうか、まさか私ってことないよね、と一旦は疑問程度に留めるのだが、「服装もなんか無理しすぎって感じだし」「こらこら清美」「あのカットソー、若作りにも限界あるっしょー」「いいすぎー」。自分のことだと察知した女上司は小刻みに震えながら彼女たちが出ていくのを待っている。コホンコホンとわざとらしく咳き込む場合もあるが、おおよそは洗面台の彼女たちは気付かぬまま、化粧直しをしてトイレを後にするのである。

刑事ドラマでは死体発見現場にスーツ姿の刑事がやって来て、死体やその周りを観察しながら、「ちょっとコレ、鑑識にまわしといて」と指示を出す場面があるが、実際にはあんな権限は彼らにはなく、せいぜい現場の様子を手短に確認する程度だという。しかし、あのシーンは「この犯人、絶対に逃がさないからな」という刑事の責任感を映し出すためには有効であり、現実的ではなくとも必要なシーンとして繰り返される。実は部下に嫌われている女上司を映し出すために女子トイレが活用されているのも同じ働きかけであるわけだが、死体現場にやってくる刑事の振る舞いを殆どの人が把握していないのとは異なり、女子トイレの中の出来事は女性の全員が把握しているわけで、だからこそ男たちは、ああやって提出される女子トイレの内実をそれなりに信じきっている。

男子トイレは「うっかり発覚」がない

給湯室で気に入らない上司のお茶に雑巾の絞り汁を入れるという悪意は伝統芸として知られるが、そもそも「若い女子がオジさん上司のためにお茶をいれる」というしょうもない伝統はさすがに影を潜めてきた(と信じたい)。合コンの途中で女性陣がトイレに集い、参加している男たちを手厳しく査定し、この後の方向性を確認し合う場面がどれほどの頻度なのかは知らないが、ディスカッションの場として唯一存在するのがトイレであることは確かだろう。女子トイレはこうして「本音」の場として語られ続けてきたわけだ。

男性の場合、誰かと共にトイレにインするとき、いわゆる連れションをして小便器に一目散に向かうわけだが、その際に個室が埋まっているかどうかを確認しない場合がある。隣り合って小便をしながら喋るというのは作業的に結構大変で、当然片手は不自由になるし、目視も必要となるし、その状態同士でそれなりの会話を構築するのは簡単ではなく、致し方なくポップな悪口として上司を俎上に載せてしまうことがある。この時点では背後の個室の状況を確認しているわけではない。しかし、「気心知れた間柄→だからこそ上司の悪口も言えるという自覚」「気心知れた間柄→リラックスしているから、周囲の変化を察知する余裕もあるという自覚」という式が「上司の悪口が言える←→周囲の変化を察知する余裕あり」という相関関係を生み出す。つまり、上司が個室にいるのにうっかり文句を言ってしまうというシチュエーションは生まれにくい。

蓄積した嫌悪を開陳するには不適当

個室の開閉を示す「青」と「赤」の印がかすんでいたり、削られていたりして、一瞬の目視では確認しにくい個室もある。先日、お腹の事情で駆け込んだ地下鉄のトイレなど、全て削られた状態、つまり青でもなく赤でもなく灰色だったわけだが、そっとドアを押してみて使用中だと分かったときの絶望感は、筆舌に尽くしがたい。この手の灰色が状況把握を誤らせ、踏み込みすぎた話によって人間関係が破壊された悲劇も、年に数件は起きているのではないか。しかし、ドラマの舞台となるようなイケてる会社のトイレは押し並べてこの辺りが整備されており、使用中かどうかの判断はつきやすい。

上司がいるのに気付かず愚痴を漏らしてしまう女子トイレをドラマ内に持ち込むことに、もっと慎重になるべきだ。トイレの洗面台でざっくばらんに人の悪口を言う、というのは、トイレという場の閉鎖性を考えた上では手を出しやすい選択とも思えるが、蓄積した嫌悪を開けっ広げにするにはやっぱり不適当ではないか。物語を動かす為に好条件が揃っているのは理解できるのだが、私はあれが登場する度にツメの甘さを感じる。しかし、女子トイレの内実を知らない限りにおいては、こちらの考察にもツメの甘さが生じる。そんなことしてないだろう、という性善説を信じ込むべきでもないし、そんなことばかりしてんだろう、という性悪説も感じ悪い。そもそもそんなことを熟考していることが何より気持ち悪い説も濃厚なのだが、どうして女上司がいる可能性を考えずにトイレで愚痴を言っちゃうのだろうという疑義が、あのシーンを見かける度に、積もっていく。

<著者プロフィール>
武田砂鉄
ライター/編集。1982年生まれ。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「beatleg」「TRASH-UP!!」「LITERA」で連載を持ち、雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」等で執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

イラスト: 川崎タカオ