「パレオエクスプレス」といえば、秩父鉄道が春から秋にかけて運行するSL列車だ。今年5月に西武鉄道の西武秩父駅まで乗り入れ、話題になった。この夏も7月20日と8月27日に西武秩父発三峰口行を運行予定だ。

秩父鉄道「パレオエクスプレス」。今年5月に西武秩父駅への乗入れが実現した

「パレオエクスプレス」の蒸気機関車C58形363号機は1944(昭和19)年に製造され、釜石機関区に配属された。その後、東北地方の機関区を渡り歩き、1972年に引退。埼玉県の小学校に静態保存されていた。復活のきっかけは1988年のさいたま博覧会だ。JR東日本の大宮工場で約1年間かけて整備され、同年3月から秩父鉄道の熊谷~三峰口間で「パレオエクスプレス」として運行を開始した。当時の客車は旧型客車の43系だった。2000年から現在の12系客車になった。

ところで、「パレオエクスプレス」という列車名の由来は何だろう。SL列車の名前は、大井川鐵道の「かわね路」、JR西日本の「SLやまぐち号」など、日本語を採用する事例が多い。そのほうが蒸気機関車時代らしいし、昭和の雰囲気もある。それに対して「パレオエクスプレス」とは、かなりおしゃれな名前に思える。

夏期に運行される「パレオエクスプレス」という名前から、女性は水着のパレオを連想するのではないか。パレオとはスカートのような衣類で、もともとはタヒチの民族衣装だった。これがアメリカでビーチファッションとして流行し、日本でもビキニの水着の上に着用するファッションアイテムとして広まっている。

女性だけではなく、男性もパレオは大好きだ。ひらひらと風に舞い、見えそうで見えないというか、なんというか。あれはロマンだ。蒸気機関車とは違う種類のロマンだ。おっと、つい筆者も興奮してしまった。しかし、落ち着いて考えると、蒸気機関車と水着はちっとも関連しない。パレオを着た女性は南の島の旅行案内などでも見かけるけれど、秩父に南国リゾートの雰囲気もない。そもそも海がない。蒸気機関車にスカートが付いているわけでもない。なぜ、パレオなんだろう。

……と、さんざん引っ張っておいて申し訳ないけれど、「パレオエクスプレス」の「パレオ」の由来は衣類ではなく、古代生物の海獣「パレオパラドキシア」である。かつて秩父鉄道沿線で、世界でも珍しいパレオパラドキシアの化石が発見された。それは秩父がかつて海だった証拠になったという。これを記念して「パレオ」を列車名に採用した。

パレオパラドキシアは、環太平洋地域の日本や北米、メキシコなどの水際で生息し、約1,300年前に絶滅したと考えられている。体の長さは最大で約2m、カバに似た草食動物だった。秩父地域では化石の発見場所の地層などから、約2,000万年前に生息していたと考えられている。男の子が大好きな恐竜の一種と言いたいけれど、恐竜の多くは約6,600万年前に絶滅しているため、生息した時期が異なる。それでも古代生物としては恐竜と同じくらい興味深い。

パレオパラドキシアの化石は、日本では埼玉県秩父市のほか、埼玉県小鹿野町、福島県伊達市、岐阜県土岐市、群馬県安中市、岡山県津山市で発見された。このうち、福島県伊達市の梁川標本とアメリカ・スタンフォード大学の標本は、世界で2つだけの完全な骨格標本だという。秩父の化石は6体分もあり、2016年に国の天然記念物に指定されている。

ちなみに、パレオパラドキシアという名前の由来はラテン語だ。パレオが「古い」、パラドキシアはパラドックス「不思議な」という意味を含む。つまり、パレオパラドキシアは「古い不思議な動物」という意味になる。これにならうと、「パレオエクスプレス」は「古い急行列車」となるから、じつはSL列車の名前としては絶妙なセンスといえそうだ。