寝台特急「カシオペア」は上野駅と札幌駅を結ぶ豪華寝台特急列車だ。客車はこの列車のために製造されたE26系で、編成の両端の車両は展望タイプになっている。上野側の1号車は展望スイートとなっており2名限定だけど、札幌側の12号車は展望ラウンジで、乗客なら誰もが展望を楽しめる。

寝台特急「カシオペア」の札幌側は展望ラウンジ車両

だから、展望ラウンジを楽しみたいなら札幌発上野行が狙い目といえる。上野発札幌行の場合、展望ラウンジは機関車の直後になってしまい、ほとんど景色は見えない。ただし、北海道内でDD51形ディーゼル機関車は凸型だから、連結された直後から空を眺められる。いずれにしても、展望ラウンジはハイデッカータイプで側面からの見晴らしも良いし、個室とは違ったゆったり感がある。長旅の気分転換にもおすすめの空間だ。

ただし、この展望ラウンジが連結されない場合がある。その理由は故障や定期点検だ。E26系の客車12両のうち、この展望ラウンジだけは、他の車両に比べると故障率がちょっとだけ高く、そのために定期的な点検が必要だ。

E26系の個室車両はトイレなど水回りの設備があり、空調スイッチやテレビモニターもある。それに比べると展望ラウンジ車両の構造は簡単に見える。広い空間にテーブルと椅子が並ぶだけ。出入口に車内販売の待機所や倉庫のような設備がある程度だ。どうして展望ラウンジに故障があり、点検が必要になるだろうか?

ラウンジの下に巨大エンジンと発電機がある

じつは、展望ラウンジ車両の本来の目的は、「くつろぎの空間を提供する」ではない。E26系の展望ラウンジ車両「カハフE26」の役割は、ラウンジの床の下に隠されている。そこには巨大なディーゼルエンジンと交流発電機がある。このエンジンは走行用ではなく、発電機を動かすために使われている。エンジンの出力は520馬力。発電機は440kWだ。このエンジンと発電機が2組ある。

この設備でE26系1編成12両に電力を供給している。つまり、展望ラウンジ車両の本当の目的は「発電所」。鉄道車両の分類では「電源車」となる。エンジンと発電機はどちらも複雑な機構だ。故障の可能性はゼロではない。だから2組を搭載し、片方が故障しても、最低限の電力は提供できる。さらに、故障を予防するために点検が欠かせない。

「カシオペア」は本州内でEF510形(写真左)、北海道内でDD51形(同右)に牽引される

そこで、適宜、展望ラウンジ車両のフリをした電源車を編成から外して、入念な点検整備が行われる。このとき、「カシオペア」の電源車がなくなっては困るから、代わりの電源車「カヤ27」を連結する。「カヤ27」は、ブルートレインとして活躍した24系の電源車兼荷物車「カニ24」を改造した車両である。「カシオペア」に連結するため、塗装は銀色に5色の帯でそろえているけれど、ラウンジはない。かつての荷物室は車内販売の準備室兼倉庫だ。

E26系の客車記号は1号車がスロネフ、3号車がマシ、2号車と4~11号車がスロネとなっている。カタカナの1文字目は重量を表し、スは37.5t以上42.5t未満、マは42.5t以上47.5t未満。つまり個室客車より食堂車のほうが重い。厨房があるから当然だろう。そして展望ラウンジ車は「カハフ」。カは47.5t以上で、最も重い客車となっている。「ハ」は普通車を示し、まさにラウンジを示している。がらんとしたラウンジ付き車両が最も重いなんて……、と思ったら、床下の発電機が重かったわけだ。

電源車はエンジンの騒音がある。寝室には適さない。ブルートレインとして活躍した14系寝台車は、途中で複数の行先へ分割するため、床下に発電機を搭載した客車を複数連結していた。しかし、この発電機付き車両は不人気だった。行先分割を行わない24系客車では、専用の電源車を連結し、余った空間で荷物輸送を実施した。だから車両記号が「カニ」となっている。

「カシオペア」を計画したときも、寝台個室の静粛性、分割併合なしという条件だった。当然、電源車は独立させた。しかし、それだけではつまらない。オール2階建て車両だから、電源車も2階建てとし、上階は展望室にした。すばらしいアイデアだ。

展望ラウンジが連結されず、中古改造電源車が連結されると、珍しさから「撮り鉄」は喜ぶ。しかし、乗客にとってはラウンジを楽しめず不幸だ。故障は予見しにくいけれど、点検の日時が決まっていて、あらかじめ知らされていれば、その日の列車は避けられた。逆に、不人気日と知れば、寝台券を取りやすいと考える人もいるだろう。

しかしJR東日本は展望ラウンジなしの日を告知しない。これは、車両基地の都合で点検日の変更がありうるため、展望ラウンジの有無を乗客に約束して販売するわけにはいかない、という事情があるからだ。