前回、致命的なダメージを負っていることがわかった「ウルフ 50」のエンジン。今回はこのエンジンを修理する。とても初心者向けとはいえない作業なので、エンジンの中身はどうなっているのか、といった軽い気持ちで楽しんでもらえれば幸いだ。

車体から下ろし、机の上に乗せたエンジンはまるで鉄くずに見える。オンロードモデルだが泥の汚れもかなりひどい

まずエンジン左側のフライホイールを外す。これが最初の鬼門で、特殊工具がないと絶対に外せない。逆に特殊工具があれば誰でも簡単に外せる

エンジンの状況はといえば、クランク室に大量の水がたまっており、徹底的な点検と清掃が必要な状態。そのためにはクランクケースを分解する、いわゆる「クランクケースを割る」必要がある。そしてそれは、必然的にエンジンのオーバーホールになってしまうことを意味する。

その作業は、簡単にいえば次の通り。ネジやボルト、ナットをひたすら緩めて分解する。クリーニングして、交換すべきパーツは交換。ビデオの逆回しのように組み立てる。以上。要するに分解して組み立てるだけだ。

意外に思うかもしれないが、エンジンのオーバーホールには、微妙な感覚が求められる職人芸のような技術は必要ない。2ストエンジンなら、面倒な調整が必要になる部分もほぼないと考えていいだろう。あるベテラン整備士は「エンジンオーバーホールなんて積み木と一緒だよ」と言ったが、ある意味それはその通りなのだ。

しかし、プロとアマチュアは違う。当たり前だが、アマチュアにとってエンジンオーバーホールはかなり難易度が高い作業だ。

フライホイールには磁石が内蔵され、ジェネレーター、つまり発電機の一部になっている。古いエンジンはこの部分にオイルが漏れていることが多いが、このエンジンはまったく問題なし

エンジンの反対側にはクラッチがある。消耗品であるプレートが新品同様の状態だった

エンジン両側のパーツをひと通り外したら、クランクを割る。歯車の塊はトランスミッションで、クランク室と対照的にぴかぴかの状態

取り出したクランクシャフト。泥のような汚れが付着しているが、これ自体がさびているわけではなく、洗ったらきれいになった

その理由は、ひとつには工具の問題。バイクでもクルマでも、エンジンの重整備ではいくつもの特殊工具が必要になる。今回の場合、フライホイールプーラー、プーリーホルダー、トルクレンチなどが必要だ。自戒を込めて書くと、初心者ほど、こういった工具を「自分にはもったいない」と思ってそろえずに作業を強行し、あげく自滅するケースが多い。当たり前だが、初心者だから工具が不要などという理屈はない。むしろ初心者ほど工具には万全を期しておく必要がある。

最近では特殊工具も簡単に安く購入できるようになった。大きなバイク用品店や工具店に行けば、先に挙げた3つの工具を簡単に購入できるし、ネットショップを使う方法もある。価格も3点でだいたい1万円といったところだろう。いい時代になったものだ。

とはいえ、工具の問題が解決しても、やはりエンジンのオーバーホールは簡単ではない。前述の通り、その作業には職人芸は必要なく、むしろひとつひとつの作業は誰でもできる簡単なことばかりだ。しかし、エンジンは構成パーツが非常に多い。2スト単気筒のエンジンでも、バイク用の場合は内部にトランスミッションやクラッチを内蔵しているため、パーツ点数は100を優に超えるだろう。パーツ点数が増えれば増えるほど、締め忘れ、組付け忘れといったつまらない失敗をしてしまう可能性も高くなる。

エンジン内部のパーツを組み付け忘れたら、後でリカバリーするにはもう一度オーバーホールするしかない。だから作業には絶対的な慎重さが必要だ。しかし、初心者は気持ちの上でも余裕がなく、つまらない失敗をしてしまいやすい。だから難しい。難易度が高いとはそういうことだ。

取り外したパーツを灯油につけて洗う。オイルと泥が混ざった外側の汚れは手強いが、エンジン内部の汚れは簡単に落ちる

クランクケースの合わせ目をスクレーパーできれいにする。このエンジンはこの部分にガスケットを使わず、液体ガスケットのみで密閉する

さて、「ウルフ 50」のエンジンだが、分解してみると大量の水があったクランク室の汚れは非常にひどかったものの、ベアリングなどのパーツはほとんどさびていなかった。鉄が水に浸かっているのだから、ぼろぼろにさびそうなものだが、完全に水没していたことが逆に良かったようだ。水没していれば、空気に触れないため、酸素がほとんど供給されず、酸化しない、つまりさびないというわけだ。

では、水がサビの色になっていたのは何かというと、シリンダー内が極端にさびていた。クランク室より高い位置にあり、水没していなかったため、空気に触れていてしかも湿気がつねにあるという、最もさびやすい状態になっていたようだ。

2ストエンジンのシリンダーには吸気、排気の通り道があり、その内部は何の仕上げもされておらず、鉄がむき出しのままだ。当然、さびやすい。しかしピストンと接するシリンダー内壁は材質も違うし、オイルが残っていたこともあって、あまりさびていなかった。そこで、シリンダーはできるだけサビを落として再利用することにした。一方、クランク室の中のパーツは、クリーニングすると新品同様とはいかないまでも、すべて再利用できる状態だった。ただし、クランクベアリングだけは交換することにした。

これがクランクベアリング。いうまでもなく左がついていたものだが、こんな見た目でもクリーニングしたらごろつきもなくスムーズに回った。しかし安いパーツなので交換

エンジンの組み立てに必要なガスケットやOリングはセットで販売されている。便利でいいが、ちょっと高い

ピストンは磨いて再使用。ピストンピンベアリングとピストンピンは交換。この2つのパーツはびくびくしながら見積もりを取ったが、非常に安かった

ピストンを取り付け。ピストンリングは交換した方がいいだろうが、後から交換しても大して手間はかからないので、とりあえずそのまま

シリンダーはきれいに掃除し、内壁をサンドペーパーで磨いて再使用とした

ヘッドを取り付け、トルクレンチでナットを締める。エンジンの主要なボルト、ナットはトルクレンチが基本だ

クランクベアリングとはクランクシャフトを保持している軸受けで、じつは2ストエンジンではアキレス腱ともいえるパーツだ。古い2ストエンジンでは、今回のような特別なトラブルがなくても寿命でダメになることが多く、クランクベアリングの寿命イコールエンジンの寿命、そしてさらにバイクの寿命ともイコールとなってしまうことが多い。

そのため、今回のようにエンジンを分解したら、無条件で交換しておくべきパーツだといえる。パーツ価格は意外なほど安く、クランクベアリングの寿命イコールバイクの寿命となってしまうのは、交換に手間がかかり、工賃が高くなるからなのだ。他に交換したのはスラッジで固着していたピストンピンベアリングとピストンピン、それにパッキンやシール、Oリングの類。クランクシャフトやピストンはクリーニングして再使用する。

分解時に固着していたボルト類はタガネでたたいて緩めたのだが、そういったボルト類は新品に交換する。写真上るとはホームセンターで購入した

エンジン本体は完成。次回はエンジンを始動する予定だ

なお、クランク室以外のトランスミッション部分やクラッチはまったく問題ない状態で、とくにクラッチディスクは新品のようだった。当然ながら、部品交換はなし。今回のエンジンでは、シリンダーを外した時点では最悪の事態、つまりエンジン購入も覚悟したが、結果的には8,000円程度の部品代で修理することができた。次回はこのエンジンを暫定的に車体に戻して、エンジンを始動してみる予定だ。じつはキャブレターもかなりひどい状態になっているのだが、なんとか安く修理して、エンジン音を聞いてみたい。

レストア必須アイテムを紹介! 「電動インパクトレンチ」

作業工程では紹介しなかったが、今回のエンジンオーバーホールで大活躍したのがこの電動インパクトドライバーだ。

これはACコンセントに接続するタイプで、バッテリー劣化の心配が無い。ホームセンターで売っているのはバッテリータイプが圧倒的に多いが、コードレスなのは非常に使いやすい反面、バッテリー寿命がネックになる。どちらも一長一短だ

本来は木工で長い木ねじを打ち込んだりするときに使うことが多い工具で、自動車整備で一般的なエアインパクトと比べるとパワーは格段に小さい。しかし、古いバイクにありがちな「がっちり固着したプラスネジ」を緩めるのに使うと、絶大な威力を発揮する。

当然ながら、エアコンプレッサーがなくても使えるし、格安品は5,000円程度から購入できるので、持っていて損はない。ただし、ネジやボルトを締めるときには使ってはいけないので要注意だ。

ここまでのレストアに費やした金額

品名 金額
車両購入(スズキ「ウルフ50」) 2万円
パーツリスト 500円
エンジンガスケットセット 4,719円
ピストンピン 594円
ピストンピンベアリング 379円
スナップリング 71円
パーツ送料・代引き手数料 874円
クランクベアリング(2個) 605円
オイルシール(4個) 981円
点火プラグ 276円
ボルトなど 65円
合計 2万9,064円