8月24日、政府は平成28年度補正予算(第2号)を閣議決定した。この中で「リニア中央新幹線や整備新幹線等の整備加速」に3,212億円が配分された。その他、財政投融資で今年度に約1.5兆円、来年度に約1.5兆円、合わせて約3兆円をJR東海に低利、というより、ほぼゼロ金利で貸し出す。これらの決定は9月の国会で議決する見通しだ。

リニア中央新幹線は、2007年にJR東海が自社資金を投じて建設すると宣言し、国も認めた。JR東海は当初、東京~名古屋間を第1ステップとし、2025年までに開業予定としていた。その後に資金計画を精査した上で、2010年に品川~名古屋間開業を2年遅らせて2027年、名古屋~新大阪間も自己資金で建設可能で2045年開業と発表した。

JR東海が示した2045年開業は、品川~名古屋間の開業後、自社の資本力回復期間に入り、8年後に新大阪へ延伸に着手する計画だ。そこで、政府はJR東海に低利で資金を貸し出し、資本力回復期間の8年を短縮させる。自社資本で建設したいというJR東海の意向に対して、政府が「支援するからもっと早く新大阪まで開業してほしい」と要請し、それをJR東海が受諾した形である。

政府の低金利資金導入で着工を8年繰り上げる

なぜ、JR東海は「自力で建設」にこだわり、政府は「早期開業に関与」したがるか。

もともと中央新幹線は国の計画に含まれていた。1970年に施行された全国新幹線鉄道整備法にもとづき、1973年に中央新幹線が建設リストに入った。同時期にリスト入りした路線は「羽越新幹線」「奥羽新幹線」「山陰新幹線」「四国新幹線」など計11路線だ。

しかし、これらの路線が着工する前にリスト入りした路線がある。「東北新幹線」「上越新幹線」「北海道新幹線」「北陸新幹線」「九州新幹線(鹿児島・長崎ルート)」があり、順次着工されていった。ご存じのように、開業された路線もあるし、未着工区間も多い。新幹線の着工は、先にリスト入りした路線が優先される。そして建設予算は政府の一般会計であり、毎年の予算配分の中で、少しずつ工事が進められている。

JR東海はこの「順番待ち」に耐えられなかった。その理由のひとつは、東海道新幹線の老朽化だ。東海道新幹線は突貫工事での完成から50年以上経過している。これまでにも「水曜日半日運休」などの大規模改修を実施し、今後も大規模修繕を実施予定だ。しかし、そろそろ鉄橋架け替えなどの抜本的な対策が必要になっている。東海・南海トラフ大地震の備えも必要だ。長期運休を伴う補修工事をしたい。そのためのバイパス線として中央新幹線が必要だ。

もうひとつの理由は「中央新幹線の支配権を握りたい」だ。国鉄分割民営化のとき、新幹線はJR東海の管轄となった。JR東日本やJR西日本に比べて、JR東海エリアは在来線にドル箱路線が少ないという配慮だった。

しかし、今後、中央新幹線が建設されるとき、全区間がJR東海の管轄になるとは限らない。政府に任せておくと、中央新幹線はエリアごとに「配分」される。北陸新幹線がJR東日本とJR西日本で分割されたように、中央新幹線も東京~甲府間はJR東日本、奈良(あるいは名古屋)~新大阪間はJR西日本という形になるかもしれない。JR東海が山梨のリニア実験線に出資するときも、JR東日本が難色を示したという話があるくらいだ。

そこで、JR東海は「リニア中央新幹線」の自力建設を宣言し、早期着工と営業権獲得を狙った。政府としては、国の予算なしに全国新幹線鉄道整備法の路線が整備されるため、大歓迎だった。結果としてJR東海はリニア中央新幹線の建設許可を得た。

JR東海と政府の思惑の一致

ところが、JR東海が東京~名古屋間・名古屋~大阪間の2段階建設方針を打ち出すと、大阪の政界・財界から「もっと早く」という声が上がる。JR東海に新大阪までの開業の意思があり、問題が資金だというなら、それを国が支援すべきだという論調が大きくなった。2011年には東京~大阪間同時開業をめざす議員連盟も作られた。

この声に対し、JR東海は当初、慎重な構えを見せた。理由のひとつは資金問題。JR東海は健全経営のため、長期債務を5兆円以下とする方針としている。名古屋開業8年後の大阪延伸の理由は、8年間で長期債務を圧縮したいからである。自社資金では新大阪同時開業は不可能だ。

そこで今年4月、政府が名古屋~新大阪間の延伸に財政投融資で支援すると提案した。これは大阪経済の活性化だけではない。東京~大阪間の移動時間短縮が日本全体の経済活性化になると考えたからだ。6月1日、安倍首相はいわゆる「アベノミクス」経済政策の一環として、リニア中央新幹線の計画前倒し意向を表明した。自民党は7月の参議院選挙で、経済再生政策の一環としてリニア中央新幹線大阪開業前倒しを公約に掲げている。

JR東海は名古屋駅のリニアと新幹線の乗換え時間を3~9分にしたいようだ。しかし、リニア名古屋駅の地下30mから高架ホームの東海道新幹線へ、3分で乗換えは難しいだろう。最大10分程度として、リニア中央新幹線で品川~新大阪間を移動する場合、約1時間40分となる。現在より40分の短縮だ。しかし、全区間をリニアにすれば67分になる。JR東海にとっても、新大阪まで開業したほうが利益は大きい。カネの話ばかりになっているけれど、リニア中央新幹線は東海道新幹線の老朽化対策だ。その意味で、名古屋~新大阪間だけを後回しにする理由はカネ以外にない。

JR東海が財政投融資の受け入れに慎重な理由はもうひとつ。経路問題だ。全国新幹線鉄道整備法による中央新幹線のルートは「東京都起点、大阪市終点、経由地は甲府市、名古屋市、奈良市」であった。これに対して京都の政財界が「京都経由」を主張し始めた。奈良よりも京都のほうが便益(経済効果)が大きいという。しかし、JR東海はもとより奈良経由支持である。全国新幹線鉄道整備法に沿う上に、名古屋~大阪間を直行できるルートになるからだ。しかし、国の関与を認めれば、京都府の意見を無視できないかもしれない。

8月26日の朝日新聞報道によると、JR東海社長は25日の会見で、経営の自主性を担保できるよう契約書面に定めたい、という趣旨の発言をしたという。ルートや料金の介入はもちろん、長期プロジェクトになるため、政権交代の可能性もある。口約束では「政権が変わったからアノ話はなし」となりかねないからだ。

JR東海と政府で、名古屋~新大阪間の早期開業の必要性と経済効果は合意した。今後は、JR東海の「自主性」を政府が完全に認めるか否かが焦点になる。

鉄道ファンとしては大歓迎

政府の閣議決定は、民間企業への多額の融資になるなど、財政投融資のあり方も批判されている。しかし、鉄道ファンにとって新線開業はうれしい。まして最新式のリニア浮上式である。名古屋開業の遅れは残念だったとはいえ、大阪まで開業のめどが立った。2027年といえば、現在から11年後。筆者のような50歳前後のブルートレインブーム世代にとって還暦あたり。健康を維持すれば充分に間に合う。還暦祝いに孫からチケットをプレゼントされるかもしれない。

しかし、新大阪開業の2045年は微妙だった。いまから29年後。ブルートレインブーム世代は80歳代に突入する。これは微妙な年代だ。厚生労働省が発表した「平成27年簡易生命表の概況」によると、50歳男性の平均余命は32.39年、50歳女性の平均余命は38.13年だ。29年後のリニア新幹線開業とすればぎりぎりだ。もちろんこれは平均であって、もっと長く生きられる可能性は高い。しかし、生きていたとして「リニア中央新幹線で旅に出られるほど健康でいられるか」という心配はある。

リニア中央新幹線の新大阪開業時期を8年間繰り上げると、新大阪開業は2037年。現在から21年後だ。東海道新幹線誕生時期に生まれ、ブルートレインブームで鉄道趣味を謳歌した少年たちのほとんどは70代。乗車できる可能性は高まった。

鉄道趣味の同胞諸君、健康に留意して長生きしようではないか!