3月16日のダイヤ改正で、秋田新幹線に「スーパーこまち」が登場した。秋田といえばもうひとつ、東京と秋田・青森を結ぶ寝台特急「あけぼの」が存続したのもうれしい。

「あけぼの」が登場する映画といえば、スタジオジブリの『おもひでぽろぽろ』。日本最高のアニメ制作会社はどんな鉄道風景を見せるのだろう? 同作品では「あけぼの」以外にも、地下鉄丸ノ内線、455系電車、山形駅構内、仙山線高瀬駅などが「出演」する。

憧れの田舎暮らしを満喫する主人公に、過去の自分が重なる

現在の寝台特急「あけぼの」(上野行)。電源車は秋田側に連結されている

27歳で出版社に勤務するタエ子(声・今井美樹)。まだまだ結婚を考えていない。親がすすめた見合いを断り、休暇を取って旅する先は山形だ。そこには姉の夫の実家があり、2度目の訪問。年の近いトシオ(声・柳葉敏郎)や妹のような存在のナオ子(声・渡辺昌子)とも気のおけない仲間となっていた。親族にあたる人々もあたたかく迎えてくれる。

蔵王の美しい風景に囲まれ、紅作りなど農業を手伝うタエ子。しかし、今回の旅はちょっと様子が違う。なぜか小学生の頃の思い出がついてまわる。そして次第に「自分探しの旅」になっていく……。

アニメ作品だが、風景も人物描写も現実味にあふれており、とくに目もと、口もと、頬の表情はセリフ以上に心情を伝える。淡々と人々の暮らしを描き、心情を浮き彫りにする手法は、小津安二郎監督などの昭和の日本映画に通じる。オープニングタイトルでスタッフ一覧を見せていくところも、古き良き日本映画を意識しているかもしれない。

筆者は鉄道風景を期待して見ていたこともあり、正直な感想としては「良い意味で退屈」だが、これがリアルな旅の姿だろう。実際の旅は、テレビの旅番組のようなしかけやハプニングはない。のどかな風景に囲まれ、風景や出会う人、そして自分に向き合うのみ。ただし、物語はリアルな旅の最後に、主人公に小さな転機を用意している。観客にとってはそこから静かな感動が始まり、高まって、余韻に浸っていく。

いまはなき山形経由の「あけぼの3号」

寝台特急という非日常の空間から始まる旅。変化のない毎日から逃れて旅してみたい、と思わせる構成だ。主人公は上野発秋田行の寝台特急「あけぼの」で旅立つ。山形なんて、いまや新幹線「つばさ」で東京から3時間。夜行で行くところでもなさそうな……、そもそも現在、「あけぼの」は山形駅を経由しない。

『おもひでぽろぽろ』の公開は1991年で、当時すでに寝台特急「あけぼの」は山形経由ではなかった。だから映画のようにロケ地を旅してみたいと思っても、寝台列車で山形には行けなかった。この映画で描かれる山形は1982年頃だろうか。タエ子が振り返る小学生時代は、東京オリンピック開催の1964年。このときタエ子は小学校高学年だ。山形を旅するタエ子は27歳だから、18年後というわけだ。

当時の時刻表を見ると、1982年夏の「あけぼの」は定期列車が2往復、臨時列車が1往復。臨時列車は座席のみだった。定期列車のうち、山形に停車する列車は上野発22時24分の「あけぼの3号」で、山形着は3時51分であった。「早朝」というより「未明」といえる時間帯だが、停車駅があるからにはそれなりの需要があったのだろう。タエ子はここからトシオのクルマで紅花畑に直行する。最上川流域は芭蕉が句を読むほどの紅花の大産地。紅花は山形県の県花でもある。

「あけぼの」の使用車両は24系24形寝台車。青い車体に白い帯のブルートレインだ。タエ子が乗るB寝台は3段式。上野駅の17番線に推進運転で入線する。「推進運転」とは、機関車が客車を押す方式だ。上野駅の地上ホームを発着する列車はすべてこの方式。上野駅の推進運転は最後尾にブレーキ操作をする推進運転士がいるはずだが、描かれていない。

最後部車両は電源車だ。現在の電源車は秋田側に付いているけれど、1990年までは上野側に電源車があった。だからこの描写は正しい。走行シーンの機関車は「ED75 702」で、黒磯駅で機関車を交換した後だ。山形駅到着時はED78形とEF71形の重連が引いている。これは板谷峠の急勾配を越えるため。なんと、同作品では中間台車の大きさの違いでED78形とEF71形を描き分けている。

ジブリのリアリティの追求はすごい。映像取材をきっちりした上での絵作りである。こうなると、上野駅の推進運転士の件も正しいかもしれない。推進運転は時速25km以下の場合は推進運転士が不要だ。あるいは、意図的に省略したと思われる。B寝台のリネン類が茶色。実際は白だったと思う。これも肌の色との兼ね合いと考えられる。

タエ子が東京に帰るときは、仙山線の高瀬駅から乗車する。この駅の描写も当時の駅舎を忠実に再現している。ただし、タエ子が乗ったキハ52系らしきディーゼルカーは、当時この路線では走っていなかった。途中駅ですれ違う電車は455系で史実通り。

鉄道考証がしっかりできている作品である。事実と違う描写は意図的な演出だと思う。田舎暮らしへ後ろ髪を引かれる思いを、スピードの遅いディーゼルカーで表現したか……。鉄道ファンとしては、そんな風に考えを巡らせて観てもおもしろい作品だ。

映画『おもひでぽろぽろ』に登場する鉄道風景

地下鉄丸ノ内線 形式不明。02系登場前で、300形・400形・500形・900形を混結していた
東海道新幹線 0系。タエ子の回想シーンで熱海行「こだま」が登場。広窓の初期タイプ
上野駅 電光掲示板がなく、中央改札に列車表示板がずらりと並ぶ
上野駅17番ホーム 現在は常磐線用だが、当時は東北本線系統が使用
上野駅16番ホーム 案内表示の23:00発は青森行「ゆうづる11号」と思われる
上野駅18~20番ホーム 東北新幹線工事の際に廃止となった地上ホーム。18番ホームに形式不明の電車がいる
24系客車 寝台特急「あけぼの」に使われた客車。タエ子が乗ったB寝台は3段式の24系24形。乗降扉の上に客車三段式を示す「★★★」マークがある。物語の後、1982年の秋から2段式の24系25形になった
ED75形 「あけぼの」の黒磯~福島間を担当。交流電化区間の標準機として約300両が製造された。702号機は耐雪・耐塩害対策車両で、奥羽本線と羽越本線に投入された
ED78形+EF71形 奥羽本線の板谷峠を運行するために、重連で「あけぼの」の福島~山形間を担当。先頭のED78は1968年から板谷峠仕様として開発された機関車。6軸あるが、中間の2軸は重量分散のための台車で動力はない。EF71形は、ED78形の重連では不足する場合のために投入された。山形駅でシルエットとして登場する。よく似た車体だが、中間台車の大きさの違いを描き分けている。さすがジブリだ
山形駅 タエ子が乗った「あけぼの」が到着。ホームや改札口が描写される
高瀬駅 仙山線の駅で山形駅から4つ目。無人駅で、壁には東京ミニ周遊券らしきポスターが。価格は3万5,000円。タエ子が世話になる農家はこの駅からバスで行く
キハ52系 電化区間を走るディーゼルカー。仙山線は勾配がある区間なので、キハ20系ではなく、キハ52系と思われる。ただし、実際の仙山線では当時、気動車の運用はなかった
455系 交流区間と直流区間の両方を走行できる電車。2つ扉の急行形だが、当時は日中に普通列車としても運行されていた
山寺駅 ラストシーンでタエ子が乗ったディーゼルカーが停まる駅。高瀬駅から仙台方面の隣の駅。つまり、タエ子の帰路は仙台経由で、新幹線で帰るつもりだったようだ