100年以上に及ぶ歴史を持つ英国のプレミアムブランド、アストンマーティンが興味深いプロダクトを発表した。往年の名車「DB4 G.T.」を限定再生産するというのだ。同モデルは1959年から1963年まで生産されたモデルで、再生産されるのはそのライトウェイトバージョン。当時の生産台数はわずか8台で、現存する車両は300万ポンド、つまり約4億4,000万円を超える価格になっているという。

アストンマーティンの往年の名車「DB4 G.T.」が限定再生産されるという

今年3月には、ジャガーが60年も前の名車「XKSS」を再生産すると発表し、11月にそのプロトタイプを発表したばかり。これは、1957年に製造工場の火災によって焼失した幻の9台を蘇らせるという、ロマンあふれるプロジェクトだ。同モデルはボディがマグネシウム製なのだが、これも完全に再現するという。

どちらも想像を絶するようなすごい話だが、しかしなぜ自動車メーカーが大昔のモデルをあえて生産するのかと、疑問に思う人もいたかもしれない。じつはいま、欧州のプレミアムブランドでは、ちょっとしたヒストリックカーブームが巻き起こっているのだ。

ベンツ、BMW、ポルシェ、フェラーリ…続々とヘリテージ部門が誕生

いま欧州のプレミアムブランドでは、次々とヘリテージ部門が設立されている。ヘリテージとは「未来に伝えるべき文化的遺産」を意味し、そこでは古いモデルや資料を保存し、ユーザーの要望に応じてレストアするなどの業務が行われている。

その草分けは、1993年に「オールドタイマー・センター」を設立したメルセデス・ベンツだろう。同部門はユーザーの依頼を受けて、高い技術でヒストリックカーをレストアする。ヒストリックカーはパーツの入手が困難で、完璧なレストアのためには、入手できないパーツを作るところから始めなければならないなど、高い技術が必要になる。しかしメーカー自らが手がけるのだから、これ以上に心強い話はない。

しばらくの間、このメルセデス・ベンツの取組みに追従するメーカーはなかったが、2010年にBMWが「BMW クラシックセンター」を開設。やはりユーザーの依頼を受けてヒストリックカーのレストアを行っている。ポルシェも「ポルシェ・クラシック」を開設した。ポルシェの取組みは独特で、レストアを行うだけでなく、ヒストリックカーのパーツの供給、ヒストリックカーにマッチしたタイヤ、エンジンオイルの販売、さらにはクラシックポルシェに取付け可能なカーナビの販売まで行っている。

一方、イタリアでも同じような動きがあり、フェラーリは2006年に「フェラーリ・クラシケ」を設立した。レストア、メンテナンスサービス、技術的なアシストに加え、フェラーリのヒストリックカーに鑑定書を発行する業務も行っている。比較的に新しいブランドで未来志向なランボルギーニでさえも、2015年にヒストリックカー部門として「ポロストリコ」を設立した。

こうした「メーカーによるヒストリックカーのレストア」からさらに一歩踏み出し、往年の名車を再生産するという決断をしたのが、英国の名門ジャガーだ。

ジャガー「XKSS」

ジャガーのヒストリックカー部門である「ジャガー・クラシック」は2014年、数々のレースで優勝を飾った伝説の名車「Eタイプ・ライトウェイト」を再生産した。これが大きな話題を集め、冒頭に紹介した「XKSS」の再生産へとつながる。そして、アストンマーティンもこの流れに乗ったわけだ。

なぜプレミアムブランドだけ? - ヒストリックカーの再生産は困難が伴う

カーマニアの間では、「●●をそのまま再生産してくれたら絶対売れるのになあ」といった再生産待望論がときどき話題になる。「ハチロク(AE86)をもう一度売ればいいのに」とか、「ハコスカをまったく同じデザインで復活させてほしい」とか、そういった話だ。

冗談でなく本気で再生産を熱望する人も多いようだが、これは無理な相談というものだ。自動車を生産するにはさまざまなルールがあり、現代はそれが非常に厳しい。かつての「ハチロク」そのままのボディを再現しても、衝突安全基準をパスできないから、公道を走ることはできない。パスできるようにボディを改造すれば、重量が大幅に重くなるので愚鈍な走りになる。

もちろん、エンジンをパワーアップし、オリジナルモデルと同じパワーウエイトレシオにすることは可能だ。しかし、そうすると乗り味は別物になる。1,000キロで100PSのクルマと、1,500キロで150PSのクルマは、パワーウエイトレシオは同じだが、乗り心地やハンドリング、クルマとしてのキャラクターはまったく別物になるという、当たり前の話だ。

ならばデザインだけでも……という人もいるかもしれないが、それも無理だろう。往年の人気モデルによく採用されているリトラクタブルヘッドライトは、現在の基準では認可が下りないし、衝突安全基準をパスする強度を実現するには、ピラーを太くしたりガラスエリアを小さくしたりする必要もある。

そうした問題を仮にクリアできたとしても、コストの問題がある。現代のクルマは部品の共通化でコストダウンを図っているが、古いモデルを復活させるにはプラットフォームもさまざまなパーツも専用に作らなければならない。

それほどまでにヒストリックカーの再生産が難しいなら、前述のプレミアムブランドはなぜそれが可能なのか。答えは簡単で、これらのモデルは公道を走ることを考慮していないからだ。「Eタイプ・ライトウェイト」と「DB4 G.T.」はサーキット向けモデルとして販売されるし、「KXSS」については詳細不明だが、現代の市販車としての基準を満たしていないことは明らかだ。

ただし、米国では25年以上前に生産された自動車と共通した外観を持つレプリカの車両には安全基準が免除される法律が制定されたため、「KXSS」が公道を走ることは可能だろう。ちなみに、この新しい法律のおかげで、デロリアン「DMC-12」が再生産されることが決定したという。コストの問題も、プレミアムブランドはこれを解決する必要がない。「XKSS」は100万ポンド(約1億4,100万円)前後の価格になるとみられるが、あっという間に完売することは間違いないだろう。

日本メーカーもヒストリックカーの保存・展示は行っている

日本の自動車メーカーには、ユーザーからのレストア依頼を受ける部門はない。もちろん往年の名車を再生産した例もない。しかし日本メーカーが文化的な遺産であるヒストリックカーの価値を軽視しているわけではなく、ほとんどのメーカーは自社の歴代モデルをレストアや保存しているし、博物館のような展示施設を運営しているメーカーも多い。

最も大規模なのは、愛知県にあるトヨタ博物館だ。自社モデルに限らず、世界のヒストリックカーを約160台も保存・展示している。トヨタはクルマのテーマパークである「MEGA WEB」でもヒストリーガレージを運営しており、ヒストリックカーに対して非常に熱心だといえるだろう。その他にも、ホンダコレクションホールやマツダミュージアムも充実した展示内容で有名だ。

仮に日本メーカーが往年の名車の再生産に乗り出したとしても、庶民には購入不可能な価格になることは避けられない。それならば、博物館で名車を眺めるのも悪くないだろう。