「一度は岐阜を出てみたい」

岐阜市は言わずと知れた岐阜県の県庁所在地であるが、経済的には完全に名古屋圏に入る。東海道線の快速電車を使えばわずか20分。名古屋まで通勤している人も少なくない。その一人、名古屋市内に本社のある広告制作会社に勤務している奥野健一さん(仮名、39歳)は岐阜市生まれの岐阜市育ち。現在は妻と二人の息子とともに岐阜市内に住んでいる。

「岐阜駅から徒歩15分の住宅地が地元です。岐阜では『都会っ子』と言われてます(笑)。名古屋の勤め先までは電車を使ってドアツードアで1時間弱かかる。本当は30分ぐらい(の通勤時間)がいいんだけどなあ」

高校は市内にある県立の進学校に通っていたが、「自転車で片道30分」という通学距離に疲れてしまい部活動はやらなかったという奥野さん。楽しかった記憶は小学校時代に集中している。

「サッカーに熱中していました。僕は準レギュラーでしたが、明るくて面白い友だちがいっぱいできました。いま、息子が同じ小学校に通っているので保護者同士としてサッカー仲間と30年ぶりに再会しています。安心感がありますね」

小学生時代がいい思い出に満ちている点は、地元に好んで留まるヤンキーたちに共通している気がする。

ちなみに、僕も東京都東村山市での小学生時代はサッカーをしていたが、運動音痴でひたすら補欠だった。その小学校のサッカーチームでは、リーダー格のレギュラー2人がチームメイトの中から順番にメンバーを選んで2チームに分かれて練習試合をすることが毎日の恒例になっていた。スクールカーストを助長する残酷なシステムだったと思う。僕を含めた数人はいつまでも「チームメンバー」に選ばれず、最後に嫌々といった風に名前を呼ばれていた。そのレギュラーたちとも今では飲み交わせる仲だけど、あの小学校にだけは生まれ変わっても絶対に通いたくない。

インテリヤンキーの奥野さんの話に戻る。地元を愛する彼も、県立の進学校を卒業するころには「一度は岐阜を出てみたい。一人暮らしをしてみたい」と思うようになる。現役合格をした名古屋の私立大学には入学せず、浪人をして京都産業大学(京都市)に入った。

「名古屋だと、たとえ一人暮らしをしても『(岐阜市の)外に出た』という感じがしません。僕は長男なのでいつかは親父の仕事を継ぐことになると子どもの頃から思っていました。だから、30歳ぐらいまでは(地元の外で)興味のあることをやってみたかったんです。京都は楽しかったですね。学生が多いところなので、バイトをしたら他の大学の学生とも仲良くなれました」

岐阜駅前にある黄金の信長像を見上げる奥野さん。「特に信長好きではありません」

27歳で父親の仕事を継ぐ

父親は先代から続く印刷関連会社を経営していた(4年前に廃業)。奥野さんはその跡継ぎ息子としての自覚を小さな頃から育んでいた。

しかし、奥野さん自身の興味分野は印刷ではなく広告だった。紙とWEBの両方に関心があり、京都産業大学卒業後は京都市内の広告会社に勤めた。

「配属先はなぜか金沢の新拠点でした。3年ほどいて京都に戻りたくなり、京都にある別の広告会社に転職。でも、その会社とは肌が合わず、ちょうど親父に助けが必要そうな時期だったので岐阜に帰ることにしました」

27歳のときだった。10年近くは「外」で自由を満喫したので、実家に戻ることに抵抗がなかったのかもしれない。といって、3歳年下の弟(名古屋在住)に比べて両親と特別に仲がいいわけでもない。

「親父とはそんなにしゃべらなかったし、母親とは普通の男の子よりはしゃべる程度だったと思います」

それでも実家を守ろうとするのが長男というものだろう。親としても、かわいいのは末っ子だったりしても一番に頼りにするのは長男長女だ。

「12年前に僕が実家に帰る頃、印刷現場もIT化が主流になっていました。当時55歳の親父はパソコンが触れないので、その部分の仕事は僕がやるようになったんです。しばらくは一緒に働きましたが、だんだん仕事が減っていきました。見通しがヤバくなってきたときに、自分には親父が引退した後も家業を続けるつもりはないことに気づきました。この仕事が好きだから継いだわけではなく、親父を助けるのが目的だったからです」

父親としても、息子に助けてもらいながら60歳過ぎまで働けたのだから本望だろう。「やるべきことはやった」という気持ちで家業を閉じられたはずだ。引退するときには初孫にも恵まれていた。

(次回は6月19日の掲載予定です)

<著者プロフィール>
大宮冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター。1976年埼玉県生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職するがわずか1年で退職。編集プロダクションを経て、2002年よりフリー。愛知県在住。著書に『バブルの遺言』(廣済堂出版)、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました』(ぱる出版)など。食生活ブログをほぼ毎日更新中。毎月第3水曜日に読者交流イベント「スナック大宮」を東京・西荻窪で、第4日曜日には「昼のみスナック大宮」を愛知・蒲郡で開催。

イラスト: 森田トコリ