なんだか敷居が高そうな東大にある博物館。難しそうと思って避けていたらソンします。もちろん、難しいこともあるかもしれませんが、頭を刺激する展示はわざわざ足を運ぶ価値大です。特に、現在の特別展示「火星─ウソカラデタマコト」は「!!!」と引き込まれるものすごい内容。開催期間は10月30日まで。最新の宇宙研究を自分の目で確かめるため、急げっ!

「ウソカラデタマコト」って?

博物館は赤門よりも本郷三丁目よりにある懐徳門のすぐ近くに建っている

東京大学総合研究博物館では、常設展示「キュラトリアル・グラフィティ─学術標本の表現」、併設展「昆虫標本の世界─採集から収蔵、多様性保全まで」も開設されていますが、やはり今回は特別展示を中心にご紹介。

で。なぜ火星がテーマで「ウソカラデタマコト」なのか? なのですが……、その前に火星と聞いてイメージするのは、おそらく火星人ではないでしょうか。では、なぜ火星人なのか。あのタコみたいなアレは、なぜ火星の出身(?)で、ほかの星ではないのか。

その理由は「誤訳」。19世紀後半、ミラノ天文台のジョバンニ・スキャパレリは、望遠鏡で火星を観察し、表面に見られる筋のようなものを「溝」を意味する「カナリ(canali)」と命名しましたが、フランス語や英語に翻訳される際に、人工物の意味合いが強い「運河(canal)」と訳されてしまいました。

「地球から見えるほどの運河があるなら、地球より進んだ文明があるに違いない」。そう考えた人は多かったらしく、そのうちのひとり、アメリカのパーシバル・ローウェルという人物が「火星では、知的生命体が巨大運河をつくった」という仮説を発表。それを背景に、作家のH・G・ウェルズが火星人が地球を攻めてくる小説『宇宙戦争』を発表。さらに、アメリカではオーソン・ウェルズがこれを脚色してラジオ放送を行い、本当だと勘違いした市民が大パニックに陥る事件が発生したわけです。

ちなみに、ローウェルの説は強く否定され、彼はペテン師と呼ばれていたそうですが、本人は火星人がいるという説を主張し続けました。けれども現在、研究が進んできた中で、実は、火星に生命が存在する可能性はないと言い切れないことがわかってきたのです。

ジョバンニ・スキャパレリの書籍。火星人はここから登場したといってもいい?(東京大学総合図書館収蔵)

ウェルズの『宇宙戦争』。スキャパレリの本同様に東大所蔵の貴重な資料(東京大学総合図書館収蔵)

火星は地球のような星だった!?

火星は1965年から探査が始まり、1970年代には大体のことがわかっていたとのこと。ちょっとびっくりです。初めて火星に着陸したのは、ソ連のマルス3号で、そのこともまったく知らずびっくり。1971年のことですが、実は長い間、その事実は公にされてこなかったのだとか。なぜかと言うと、着陸といっても30秒ほどだけで少し画像を送っただけ。つまり、ほとんど失敗だったので、ソ連は隠していたらしいのです。たぶん……、恥ずかしかったのではないでしょうか。

火星には、これまで20機ほどの探査機が送り込まれ、2004年に降り立った探査車は、5年以上も火星の表面を巡り、地質調査を行ったそうです。意外にも、火星は地球外天体で最も詳しく調査された星であり、重要な発見がいくつもありました。

そのひとつが、かつて火星には大量の水が蓄えられていたということ。地球に生命体が誕生した30~40億年前は、火星も温暖湿潤な気候であり、地球と同様に強大な磁場で宇宙放射線から守られていたらしいのです。つまり、かつての火星は地球と似たような環境にあったわけです。

さらに、火山活動がごく最近まで続いていた痕跡や、水循環の証拠も見つかり、生物に由来するかもしれないメタンの噴出も観測されているそうです。そんな中、火星研究は新たな局面を迎えています。

マルス3号と撮影された火星の画像。これが明らかになったのはソ連崩壊後のことらしい

火星に関する解説パネル。荒涼とした火星のイメージが一変するに違いない

進行するMELOS(ミーロス)計画

今回の特別展示でその内容に触れられるのが「MELOS計画」。Mars Exploration with Lander-Orbiter Synergyの略で、エーゲ海に浮かぶ同名の島ミロス島は「ミロのヴィーナス」が発見された地でもあります。

この計画ではさまざまな探査が検討されていて、実際に4つのプランが紹介されています。1つめは「表面探査」で、火星探査ローバーを使い表層環境の変遷を探査するというもの。2つめは「生命探査」。その名のとおり生命を探します。3つめは「空中探査」。火星の大気をサンプリングして、火星の全体像を探ります。そして4つめは「内部探査」。感度の非常に高い地震計を設置し、内部構造を研究します。

MELOS計画が実施されるのは、2020年代の予定。それ以前にも、欧米を中心としたグループは火星の物質を地球に持って帰る計画を進めようとしており、新たな火星探査の時代はもう始まっているといえるのです。

今回の展示では、来館者がMELOS計画への感想やコメントを寄せるコーナーも用意されていて、この計画に「参加」することもできます。自分の意見が研究者を刺激する、なんてことも起こるかもしれません。

タコのような宇宙人によって身近なような、遠いような存在の火星が、すでにここまで研究されていることに驚きましたが、火星を調べるのは地球を知るためとのこと。地球の生命のルーツを探るためには、火星研究が一番の近道なのだそうです。火星から地球の新たな姿が浮かび上がる日も、もうすぐ? とにかく、まずは東京大学総合研究博物館へ行って、最新の火星研究をその目で確かめよう。

MELOS計画に関する興味深い展示が並んでいて、新しい火星の姿が見えてくる

火星を探査するローバー。これは一番小さなサイズで、さまざまなタイプがある

火星に生命が存在した証拠? バクテリアが作り出すのと似た形の磁鉄鉱があるとNASAが発表したが、今も賛否の議論が続いている

火星の様子を3D画像で見ることもでき、火星探査のイメージがわかりやすい

わずかな振動や声などもとらえる地震計。話をしているだけでグラフが上下する

来館者のコメントなどが書かれたメモを張り出したボード。予想以上にさまざまな意見が出ているという

常設展示エリアには、縄文人などの人骨が展示されていて、昔と今の人の骨の違いなどが解説されている

大森貝塚で知られるモース関連のコーナー。パーシバル・ローウェルはモースの講演を聞いて日本に興味を持ち来日、日本人について研究している。その後、火星に興味は移った

2階の併設展も忘れずに。蝶をはじめとした標本などが展示されている(10月30日まで)