「今は、先が見えない時代」──。でも、先が見えていた時代なんてありません。先が見えるような、明るい気分の時代があっただけでは? ま、だからといって、嘆いていても始まらない。2010年も不安がいっぱい、という方は、「アド・ミュージアム東京」を訪ねてはいかがでしょう。「広告は時代を映す鏡」といわれるだけあって、江戸時代から現在までの、日本の世相の変遷が手に取るようにわかります。もしかしたら、「何か」のヒントが見つかるかも。というより、とにかくおもしろいっ。

日本唯一の広告総合ミュージアム&広告図書館

新橋駅から徒歩約5分、電通四季劇場もあるカレッタ汐留の地下1、2階が、アド・ミュージアム東京。このミュージアムは、電通第4代社長吉田秀雄の生誕100年を記念して、2002年12月にオープンしました。吉田秀雄(1903-1963)は、1947(昭和22)年、43歳の若さで社長に就任し、日本の広告界を大きく発展させた人物。終戦の玉音放送を聞いて、「これからだ」と叫んだ逸話は有名です。

アド・ミュージアム東京は、財団法人 吉田秀雄記念事業財団が設立・運営し、公益法人として広告・マーケティングの研究助成を中心に幅広い活動を行っています。ここは広告全般を取り扱っている日本で唯一のミュージアムであり、また広告の専門図書館も併設されています。

アド・ミュージアム東京の入口。入場無料なので気軽に立ち寄れる

今と変わらない江戸のCM事情

地下1階から入ると、地下2階へと降りる広々とした階段ホールがあり、企画展が開催されています。地下2階は常設展示スペース。江戸時代の広告に関する展示から始まりますが、当時からすでに現在と同じような宣伝が行われていたことにびっくり。

図書館は業界関係者だけではなく、学生や一般企業の社会人なども多数訪れるという

階段ホールは、企画展示スペースとして使われている。見せ方がおもしろく印象的な空間だ

「当時、江戸は一大消費地であり、『士農工商』といわれたものの、商人は大きな力を持つようになっていきました」。案内していただいた坂口由之・企画学芸室長によれば、商家の番頭さんたちが町へ出て、御客の好みを調査する、いわゆるマーケティング的なこともすでに行われていたとのこと。

三井越後屋の引札(現在のチラシ)が展示されていますが、これは大阪に支店を出した時のもの。17世紀後半の元禄時代、当時としては画期的な店頭での現金取引を始めた三井越後屋は、引札をなんと50万枚も(!?)江戸市中に配布したといわれます。昔、駅前でチラシ配布のバイトしていた頃を思い出してしまいました。

さらに粉おしろいの「仙女香」。錦絵のさりげないところに、商品名が書かれています。そのひとつ『坂東三津五郎 団扇(うちわ)絵』では、柄の後ろに「仙女香」の商品が。ちなみに、「仙女香」を10個まとめて買うと、人気役者の署名入り団扇がもらえるというキャンペーンも行われていたそう。まったく、今と変わりませんね。

歌舞伎の舞台でも、セリフに商品名が入っていたり、幕間に宣伝口上をしたり。歌舞伎はまさにタレントCMの元祖であり、商人とのタイアップもうまく行われていた訳です。そして歌舞伎役者や戯作者は、広告の仕掛け人でもあったのです。

「何よりも江戸っ子の広告コミュニケーションには『粋』であることが求められました」と坂口室長。当時、商人や町民はお上には頭を下げなければならない。けれど、権力を裏で笑い、権力に反抗する精神にあふれていた。そんな江戸っ子たちの心意気が、野暮を嫌い、粋を好んだ広告活動にも現れているようです。

三井越後屋が、現銀(金)掛け値なしの商法を始めることを知らせるために配布した引札

『坂東三津五郎 団扇絵』。「仙女香」の文字が隠れている。商品名を前面に押し出さないところが「粋」なところ

歌舞伎十八番「助六」。神田豊島屋の「山川白酒」を販売する広告にもなっていた

時代を見せる斬新なコラージュ

文明開化を経て、広告活動も近代化。ポスターなどは西洋の影響が色濃くなり、日本人のライフスタイルの変遷もはっきりと読み取れます。大正モダニズムの雰囲気も、こうした流れで見てくるとよりよくわかり、有名な「赤玉ポートワイン」のポスターのインパクトも改めて納得。もちろん、昭和、平成を代表するポスターも展示されているので、時代の空気、時代の変遷が楽しめます。

さらに、時代をまるごと見せてくれるのが、20世紀を10年ごとに区切り、その年代を象徴するヒット商品、雑誌などの実物やレプリカをコラージュで展示している壁一面のスペース。日本の20世紀の社会、風俗、文化がどのようなものだったのか、これほど親しみやすく、わかりやすく、再発見させてくれる展示は、そうそうないでしょう。

例えば60年代は、ビートルズ、ガロ、あしたのジョー、巨人の星、シャボン玉ホリデー、2001年宇宙の旅、イージー・ライダー、8mm、ボンカレー、コーンフレーク……などなど。その年代のエッセンスが凝縮されたコラージュは、見飽きることがないはずです。

明治以降に作られた海外向けのマッチラベル。相手の国をモチーフにしたデザインがユニークだ。その他のラベルも繊細なデザインが施されていて、今見ても古びていない

1922(大正11)年の「赤玉ポートワイン」のポスター。日本初の写真によるセミヌードポスターとして話題になったが、技術的にも画期的なものだった

年代別のコラージュ。なかなかのインパクトで。その時代を一気に思い起こさせてくれる

さまざまなCMの数々にも再会

懐かしいラジオやテレビCMの数々を見ることができるのも、アド・ミュージアム東京の大きな楽しみのひとつ。民間テレビ放送が始まった1953(昭和28)年から最近までのテレビCMと、創生期からのラジオCMが視聴できます。

また、AVホールもあり、通常は「時代の合わせ鏡 広告」と題された14分のショートフィルムが上映されています。とても興味深い内容なので、業界関係者でなくても観ておきたいもの。改めて、自分たちの暮らしと広告との関係の深さが実感できるのではないでしょうか。

懐かしいテレビCMが流れているブース。この他にも、ブースなどが用意されていて、若い人たちが熱心に見入っていた

地下1階のインフォメーション横にはショップもある。書籍やグッズなど、ここならではのものも多い

最後に、現在の広告業界について坂口室長に尋ねてみました。「広告というのは、豊かで健全な競争がなされる時代に大きく発展するものです。江戸寛政から化政期、大正モダニズムの時代、そして戦後昭和40年代からバブル期という大きな流れがありました。今は広告にとって、委縮した冬の時代かもしれませんね。」

「広告やメディアにとって厳しい時代です。しかし」と坂口室長は続けます。「これは時代の転換期。インターネットの隆盛でほかのメディアが衰退していますが、例えばこのまま雑誌がなくなるわけではありません。新しい展開はこれから生まれてきますし、誰もが模索し続けています」。

アド・ミュージアム東京をひと通り見てくると、広告は順風満帆で発展してきたわけでなく、何度も壁にぶつかり、その度に次のステップに移ってきたことがわかります。それは時代そのものが悪戦苦闘していた姿を映してきたのかもしれません。

しかし、広告に求められるのは、やはり「粋」。それはまさに江戸からの伝統です。再び広告が元気な時代はやって来る。このミュージアムを訪ねれば、そう思えるのではないでしようか。