昨年12月以来の追加利上げに向けて、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)が周到に準備を進めているようにみえる。

8月26日のジャクソンホールの講演で、イエレン議長は「ここ数か月で利上げすべき論拠が強まってきた」と語った。議長は利上げのタイミングには言及しなかったが、直後のメディア・インタビューで、今度はフィッシャー副議長が「議長の発言は9月の利上げの可能性と整合的だ」との旨を述べている。その1週間前に、ダドリーNY連銀総裁が9月の利上げは「ありうる」と語ったばかりだった。

イエレン議長、フィッシャー副議長、ダドリーNY連銀総裁。金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)の中心人物である、これら3人は利上げに慎重な「ハト派」と目されてきた。そんな彼らが利上げに前向きな姿勢を見せている。

今春にも、FRBが利上げの秒読みに入ったかと思われた場面があった。4月25-26日に開催されたFOMCの議事録には、「今後のデータが、4-6月期の景気の反発、労働市場の改善の継続、インフレ率の2%目標への接近などを示すのであれば、ほとんどの参加者は6月の利上げが適切となる公算が大きいと判断した」とあった。

実際には、6月初めに発表された5月の雇用統計が惨憺たる結果となり(後に異常値である可能性が高いことが明らかになったが)、また直後に英国のEU離脱の是非を問う英国民投票を控えていたこともあって、6月14-15日のFOMCでは現状維持が決定された。それまで利上げを主張していたカンザスシティ連銀のジョージ総裁も、現状維持の決定に賛成した。

続く7月26-27日のFOMCでは、現状維持が決定されたものの、声明文は「雇用は6月に堅調だった」としたうえで、「経済見通しの短期的なリスクが小さくなった」との一文が加えられ、暗に英国民投票後の金融市場の動揺が収まりつつあるとの判断が示された。件のジョージ総裁も再び利上げを主張して反対票を投じた。換言すれば、5-6月の弱い雇用統計や英国民投票に絡んだ市場の混乱を経て、4月以前の状況に戻ったということだろう。

また、最近公表された公定歩合議事録によれば、7月のFOMCを前に、全12地区連銀のうち8つが公定歩合の引き上げを支持していたことが明らかになった。公定歩合は、地区連銀が金融機関に貸出を行う際に課す金利のことで、通常はFFレート目標(政策金利)に連動する。その変更は、地区連銀が申請して、ワシントン本部が承認する形をとる。FOMCで現状維持が決定されたことで、公定歩合の引き上げは承認されなかったが、それだけ地区連銀は利上げに前向きということだろう。

公定歩合引き上げを支持した8地区連銀のうち4つの総裁はFOMCでの投票権を持っている。現在、投票権を持つメンバーは、イエレン議長を含むワシントン本部の理事5人と、NY連銀総裁、さらに1年ごとの輪番で投票権を得る4地区連銀の総裁の計10人である。すなわち、10人のうち4人はいつでも利上げに賛成すると考えて良いのではないか。

さて、そうは言っても、9月20-21日のFOMCで利上げが決定されるかどうかは、やはり今後の景況次第だろう。本稿執筆時点で8月の雇用統計は未発表だ。雇用統計で、NFP(非農業部門雇用者数)が市場予想の「前月比18万人増」か、それを上回れば、利上げ観測は一段と高まるだろう。

逆に、市場予想を下回れば、利上げ観測は後退するだろう。ただし、FRB関係者はここでも伏線を張っている。最近の発言の中で、ダドリーNY連銀総裁は雇用の良しあしの基準が「5-10万人」だと示唆した。サンフランシスコ連銀のウィリアムズ総裁は同様に「8万人」という数字に言及した。利上げのハードルを下げているようにもみえる。

雇用統計やその他の経済指標がよほど悪くならない限り、FRBは利上げに向けた準備を淡々と進めるかもしれない。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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