トルコで7月15日に発生したクーデターは、わずか半日ほどで鎮圧された。

トルコ当局はすぐさま、クーデターに関連して軍人6,000人を含む7,000人以上を拘束、さらに警察官や司法関係者など9,000人を解任したとされる。その後、テレビ・ラジオ局の免許取り消し、大学学部長など多数の教育者への辞任要求など、「粛清」が一段と強まっている。また、20日にはエルドアン大統領が3カ月間の非常事態を宣言した。

こうした動きはクーデター関係者に対する追及・処罰というだけでなく、エルドアン大統領がクーデターを口実に反対勢力を一掃する動きと受け止められる。

エルドアン大統領は、クーデターを「神の恵み」と呼び、「新しいトルコ」をつくることを約束した。それは、大統領への権力の集中であり、また政治から世俗主義(政治と宗教を分離する動き)を排してイスラム化を進めることだ。

エルドアン大統領は、首相から大統領に転じた2014年8月以降、そうした野心を隠そうとはしなかったが、今回のクーデター未遂をもって一気に改革を進めるつもりかもしれない。

ところで、トルコは経常収支が恒常的に赤字であり、それはマクロ経済的には資本収支の黒字によって必ず穴埋めされている。流入する資本は、現地工場建設などの直接投資、株式や債券などの証券投資、銀行による融資など、さまざまな形態をとる。そして、資本が直接投資や長期融資など安定的であるほど、経済にとってプラスと考えられる。

一方で、資本が証券投資や短期融資であれば、トルコを評価して積極的に流入する、いわゆる「トルコ買い」の局面では問題はないが、何らかのきっかけで簡単に流れが逆転する、「トルコ売り」に変わる可能性もある。「トルコ売り」の局面でも、最終的には、例えばIMFの緊急融資などで経常収支の赤字は穴埋めされることになるが、その過程でリラ安や市場の動揺が起きることは想像に難くない。

少し古い話になるが、2013年5月に米国FRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長(当時)が量的緩和の縮小に言及した途端、資金フローが細るのではないかとの懸念から新興国通貨が売られた。特に下落が激しかったのが「フラジャイル(脆弱な)ファイブ」と呼ばれた5通貨であり、その一つがトルコリラだった(他に、ブラジルレアル、インドルピー、インドネシアルピア、南アフリカランド)。

トルコには今年1-5月に158億ドルの資本流入があった。このうち直接投資は23億ドルで、前年に比べ半減した。残りは、証券投資が中心だった模様だ。エルドアン大統領がダウトオール前首相を事実上更迭するなど専制政治を強化する中で、直接投資が減少したことは気になるところだ。

今回のクーデター失敗によって、トルコの政情不安が改めて意識されれば、直接投資などの安定的な資本の流入は一段と細るかもしれない。

もちろん、エルドアン大統領がこの機会を利用して一段と基盤を固め、政治は表面上安定化するかもしれない。しかし、大統領の専制政治が一段と強まるのであれば、外国の企業や投資家が積極的に長期投資に踏み切るか、大いに疑問だ。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフアナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。

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