新年早々、世界の金融市場は荒れ模様だ。中国株の大幅安、サウジアラビアとイランの国交断絶、中東の緊張にもかかわらず再び下落基調となった原油価格、それらを受けて投資家のリスク回避の動きが強まったからだ。

今年は以下に述べるように「バンピー(相場が荒れやすい)なドル高」を予想している。米国の景気が堅調を維持してFRB(連邦準備制度理事会)が利上げを続ける限りは、その基本シナリオを修正する必要はないと考えているが、それにしても短期の大幅な相場変動には十分な注意が必要だろう。

2015年のレビュー

2015年は米ドルの全面高だった。2013年の対欧州通貨を例外とすれば、ここ3年連続で「ドル高」が続いたことになる。米FRBが金融政策の正常化を進めたことが背景だったと考えられる。2013年はバーナンキ前FRB議長がQE(量的緩和)の縮小を予告、2014年は実際にQEを段階的に縮小して終了、そして2015年は年末ギリギリで利上げが開始された。

2015年の円は米ドルに次ぐ「強い」通貨だった。2013年の円のほぼ全面安が4月の日銀の質的量的緩和開始、いわゆる「黒田バズーカ」第1弾、2014年の円全面安が10月の同第2弾、別名ハロウィーン緩和を背景としていたことを考えると、2015年の円の強さは「日銀が追加緩和をしなかったから」と考えれば分かりやすい。

2015年のドル円以外の通貨のパフォーマンスをみると、ユーロやポンドといった主要通貨の対米ドル下落率が比較的小さい一方で、豪ドルやNZドルといったオセアニア通貨がそれぞれの国での利下げを受けて下落した。カナダドルも原油安を背景に軟調だった。そして、トルコリラや南アランドといった新興国通貨の下落率がとりわけ大きかった。米国の利上げ開始によってグローバルな資金の流れがアゲインストに変わるとの懸念が強まったためだ。

各通貨の騰落率(対米ドル、%)

2016年の展望--「バンピーな米ドル高」を予想

さて、2016年は「バンピーな米ドル高」を予想している。

「バンピー(相場が荒れやすい、あるいは変動が大きい)」になる理由は、米ドルの実効レートが既に歴史的にみてかなり高い位置にあり、材料次第で調整が入りやすいと考えるからだ。そして、大統領選挙やTPPの議会承認に絡んで、米国内からドル高是正を求める声が高まりやすいという政治事情もある。

とりわけ、年前半、それも早い段階では、米追加利上げや日欧追加緩和などの観測が高まらず、ドルが調整する、例えば115円や1ユーロ=1.2ドルに接近する局面もみられるかもしれない。

ドル実質実効レート

他方、「米ドル高」になる理由は、そうは言っても米国で利上げが続けられると考えるからだ。賃金やインフレ率の伸び悩みが、金融市場が「ゆっくりした利上げ」を想定する根拠であり、逆に言えば、賃金やインフレ率の加速が現実のものとなるならば、現在の市場が織り込むペース(2016年中に2回)以上の利上げが実施されるかもしれない。

FOMCと市場が想定する利上げ回数

米ドルが上昇する局面では、ユーロや円が軟調な展開となりそうだ。2015年12月に実施されたECBの追加緩和、日銀の金融緩和補完策ともに、市場の失望を招きました。ユーロ高、円高といった市場の反応は中央銀行が望むところではなかったはずだ。通貨高や株安による景気への悪影響を相殺するためにも、追加緩和が改めて検討されそうだ。日銀は、2017年4月の消費再増税をサポートするためにも、2016年半ばごろに追加緩和に踏み切る可能性がある。

一方で、英ポンドは比較的底堅く推移しよう。英国では、2016年中に国民投票が実施されてEU残留が決定する可能性がある。そうなれば、「EU離脱=英経済にダメージ」との懸念は払しょくされよう。また、BOE(英中銀)がFRBに続いて利上げを開始すれば、英ポンドの支援材料となりそうだ。

カナダドルは引き続き原油価格の動向に左右されよう。対米ドルで10年ぶりの安値まで下落したことで、通貨安がカナダ景気の回復に寄与しそうだ。原油価格が下げ止まるようであれば、カナダドルは反発するかもしれない。

豪ドルとNZドルのオセアニア通貨は、それぞれの国での利下げ観測が重石(おもし)となりそうだ。2016年後半にかけて利下げ打ち止め感が強まれば、反発する展開もあろう。ただ、豪ドルについては、中国の景気次第で利下げ観測が根強く残るかもしれない。

トルコリラや南アランドなどの新興国通貨は、2015年同様に米利上げによって下押し圧力を受けやすいだろう。これまでの通貨安による物価上振れに対応するためにも、相応の利上げが必要だ。重要な鍵を握るのは、利上げが実施されるかどうかではなく、米国の利上げの影響を相殺するのに十分な利上げができるかどうかだろう。その意味で2015年11月の利上げが市場から不十分と判断された南アフリカ、引き続きエルドアン政権からの利下げ要求が露骨なトルコともに、やや心許ない。

以上の見通しに対して、米国や中国をはじめ世界経済の変調、株価の大幅な調整、資源価格の続落、地政学リスクの高まりなどのリスク要因には注意が必要だ。市場がリスク回避に大きく傾けば、ドルは上昇するかもしれないが、円がそれ以上に上昇する可能性が高いからだ。

参考 : エコノミストの政策金利予想

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。