「米国はいつまでも繁栄のオアシスではありえない」

1998年9月4日、米FRB(連邦準備制度理事会)のグリーンスパン議長(当時)は講演で、「米国はいつまでも繁栄のオアシスではありえない」と語った。前年のアジア通貨危機、直前のロシア危機などによって、日本や欧州経済が打撃を受ける一方で、順調な成長を続けていた米国経済に関して注意を喚起したものだった。

実際、議長の講演から1か月もしないうちにFRBは利下げに転じ、1か月半の間に「緊急」を含む3度の利下げを敢行した。アジア(中国)経済の落ち込みや、株安連鎖をはじめとする世界的な金融市場の動揺など、現在の局面を当時と重ね合わせる見方も浮上してきた。その上で、イエレン議長はグリーンスパン議長を見習って、利上げではなく、金融緩和すべきだと。現在の政策金利(FFレート)はほぼゼロでこれ以上下げられないので、自ずとQE4(量的緩和第4弾)に踏み切るべきだということになる。

イエレン議長

しかし、1998年当時と現在では決定的な違いがある。1998年の利下げ開始の直前に、大手ヘッジファンドLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が事実上破たんしたことだ。「中央銀行は一金融機関を救済しない」という原則を曲げて、NY連銀は大手金融機関の首脳を招集して総額36.3億ドル(当時のレートで約5000億円)の救済をまとめ上げた。中央銀行が直接介入するほど金融危機が強く懸念されたのだった(NY連銀は、表向きは「場所を貸しただけ」との立場だった)。

そして、LTCM救済から6日後のFOMC(連邦公開市場委員会)で利下げが決定された。その後の2回を含めた一連の利下げは、潜在的な金融危機に対する「予防的」利下げとの位置付けだった。結局、金融危機には至らなかった。むしろ、金利が低下したことや、外国から資金が流入して折からのIT株ブームに拍車がかかったことで、米景気は力強い拡大を続けた。議長の言う「繁栄のオアシス」であり続けたのだ。その結果、FRBは、最後の利下げからわずか7か月後には一連の利上げを開始した。事後的にみれば、予防的利下げが本当に必要だったかどうかさえ判然としない。

現時点で「金融緩和」を想定するのはさすがに時期尚早

さて、今回も相場がこれだけ激しく動いているので、どこかに大きな損失が隠れていないとは言い切れない。また、今後の相場状況によっては経済が大きくダメージを受ける可能性も出てくる。FRBが年内に利上げに踏み切る可能性は低下しているとみられる。それでも、現時点で「金融緩和」を想定するのはさすがに時期尚早だろう。

8月27-29日に、ワイオミング州ジャクソンホールで、カンザスシティ連銀が主催するシンポジウムが開催された。例年の同会合ではFRB関係者から金融政策に関するヒントが出されることが多かった。2010-12年の会合では3年連続でバーナンキ議長(当時)がQE(量的緩和)など追加緩和の実施を示唆した。昨年はイエレン議長が金融緩和の長期化を示唆した。

今年は注目度が高すぎたせいか、イエレン議長は出席しなかったが、代わってフィッシャー副議長が講演を行った。そこで、副議長は「(金融市場の動揺は)新しい出来事であり、その影響を判断するのは時期尚早だ」と慎重さをみせつつも、一方で「インフレ率が高まると信じる正当な理由がある」、「米経済はかなり良好に進行している」などと語った。今のところ、1998年のグリーンスパン議長を見習うつもりはないようだ。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査部 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査部チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査部レポート」、「市場調査部エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。