長らく日本代表メンバーとして君臨してきた本田圭佑は、「世界基準」を目指すハリルジャパンにおいて危機感を覚えているようだ

日本代表がイラク、シンガポール両代表と戦った6月シリーズ。FW本田圭佑(ACミラン)が残した数々の含蓄のある言葉からは、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が掲げる「世界基準」のなかで生き残り、さらなる成長を遂げてロシア大会へ臨む決意が伝わってくる。

ハリルジャパンで自らに課しているテーマ

岡田ジャパンでは群から離れた狼(おおかみ)のように、ギラギラした飢餓感を放ちまくっていた。当時の大黒柱、司令塔の中村俊輔に大胆不敵にも挑戦状をたたきつけたこともあった。

イタリア人指揮官から全幅の信頼を得たザックジャパンでは、トップ下のポジションを「自分の家」とまで言い切り、圧倒的な存在感とともに攻撃を差配した。

ブラジルの地で喫した惨敗を経て、再出発を誓ったアギーレジャパンでは中盤でのボール回しに関わりたい欲求を封印して、3トップの右でストライカーとなる変身を自らに求めた。

体制が変わるたびに本田は異なるテーマを課しながら、日本代表のなかに確固たる居場所を築いてきた。ならば、今年3月に慌ただしく誕生したハリルジャパンでは、どのような立ち位置にいるのか。

「プレーは変えていないですよ。組織が変わったんだと思います」。

ハリルホジッチ監督の初陣だった3月27日のチュニジア代表戦後に残した言葉は、時間が経過し、指揮官の戦術が浸透するとともに微妙に変化を遂げている。 29歳の誕生日を迎えた6月13日。本田はこう語っている。

「自分が認識している自分のよさの枠を越えようとしている段階なので、何でもやってみようという感じです。新しいよさができれば、とは思っています」。

ハリルジャパンでの初ゴールが意味するもの

6月11日に日産スタジアムで行われた、イラク代表との国際親善試合。本田が追い求める「新しいよさ」の一端が顔をのぞかせたのは、キックオフからわずか5分後だった。

自陣でDF長友佑都(インテル)と相手選手が競り合ったボールがこぼれた瞬間に、最前線にいた本田はボールを支配下に収めようとしていたMF柴崎岳(鹿島アントラーズ)とアイコンタクトを成立させている。

オフサイドポジションにならないように細かくステップを踏みながら、要求通りに柴崎がワンタッチで縦パスを出すと同時に前方へダッシュ。必死に腕を振ってスピードを加速させていく。

一度は置き去りにされたイラクの選手が右後方から追いついてくると、ボールを自身の左側に置いてドリブルしながら巧みに体でブロック。約30mの距離を全力で駆け抜けた後に左足を振り抜いた。

「タイミングよくボールが出てきたので。決めることができてよかったかなと」。

勢いあまって転倒するなど、お世辞にも華麗とは呼べないシュートは相手GKの右側をすり抜けてゴールへと吸い込まれていく。3試合目を迎えたハリルジャパンで決めた初ゴールは、これまでにないパターンから生まれた点で大きな意味をもっていた。

スピードに欠ける選手が生き残るための道

鈍足の部類に入る選手であることを自覚している。その上ですすんで殻を破らなければ、さらなるステップを踏み出せないことも理解している。

「スピードのない選手は、そういうところで生きないと」。

イラク戦後の取材エリア。相手との駆け引きを繰り返しながら、一瞬の隙をついて最終ラインの裏のスペースへ飛び出す泥臭い一撃を振り返った本田は、こんな言葉を紡いでいる。

「こういう形で決められるのは、アタッカーとして着実に階段を上がっているという実感はある。ただ、自分の目標というものは、まだはるか先にある。そこへ到達することを考えたら、成長速度が遅すぎるとも思っている」。

セリエAでの戦いを終えたのが5月30日。サッカー教室を開催したベトナムを経て6月3日に帰国し、原則として2部練習が課された海外組対象の合宿で体をいじめ抜いてきた。

「ああいった飛び出しやボールのもらい方を所属クラブでも毎試合できれば、もうひとつアップグレードできるのではと感じている。今回は(合宿での)調整がよかったからここで出せたけど、試合が立てこんだり、普通の練習を積み重ねたりすると難しい。そこが次のステージに進めない理由のひとつだと思う」。

らしくないゴールに込められた危機感

ハリルホジッチ監督は「4‐2‐3‐1」あるいは「4‐3‐3」を基本布陣にすえて、ワンタッチ、ツータッチで縦に速くボールを入れて、手数をかけずにフィニッシュにもち込む「世界基準」を標榜(ひょうぼう)している。

例えばブンデスリーガの強豪、バイエルン・ミュンヘンは3トップの両翼にフランス代表フランク・リベリー、オランダ代表アリエン・ロッベンといった高速ドリブラーを配置している。

ハリルジャパンはどうか。左アタッカーはドリブルを絶対的な武器とする宇佐美貴史(ガンバ大阪)が居場所を築きつつあり、50mを5秒8で走破する永井謙佑(名古屋グランパス)も継続的に招集されている。

現時点で右アタッカーとしての起用が続く本田だが、これから先、指揮官が「世界基準」にのっとって左右の両翼に「槍」を配置する可能性は否定できない。

永井に代表される韋駄天(いだてん)が右アタッカーに配置されたときには、本田はトップ下を香川真司(ボルシア・ドルトムント)と争うか、ワントップを岡崎慎司(マインツ)と争うか、あるいはボランチで新境地を開くという選択を迫られることになる。

そうした状況を招かないためにも、周囲を納得させる結果を残し続ける。らしくないゴールには、本田が抱く危機感も凝縮されていたはずだ。

1秒たりとも時間を無駄にしないために

誕生日に発した言葉のなかには、本田の胸中をのぞかせるものもあった。

「時の流れの早さが怖いので、1秒たりとも無駄にできない。若いときに感じた成り上がり精神を捨てずに、何が何でも勝つんだという思いを向上させていきたい」。

その3日後の16日に行われた、シンガポール代表とのワールドカップ・アジア2次予選。ロシア大会へ向けた第一歩となる一戦で、日本はまさかのスコアレスドローに終わった。

ゴールバーを直撃した直接FKを含めて、チーム最多となる7本のシュートを放った本田は試合後の取材エリアで努めて前を向いている。

「日本がどうにも悪かったという試合ではない。これが実力。悲観する必要はない」。

サポーターからブーイングを浴びた一戦を、ネガティブにとらえているわけではない。もっと、もっと成長できる。新たな武器を携えてハリルジャパンに生き残ってみせるという決意が逆に伝わってくる。

「順応性は自分の強みのひとつだし、何の問題も感じていない。そういうところを取り除いたら、スピードも個人技も大してない選手、ということになるので」。

ブラジルで味わわされた悔しさを、ロシアの地で歓喜に変えるために。シンガポール戦の翌日に渡ったアメリカで新シーズンへ向けて充電しながら、本田は進化への牙を静かに研いでいる。

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筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。