「なでしこジャパン」のキャプテンとして、決戦の地へと旅立った宮間あや選手

4年に一度の女子ワールドカップが日本時間6月7日、カナダを舞台に開幕する。ドイツ、アメリカ、フランスが優勝候補に挙げられるなか、連覇をかける「なでしこジャパン」はどのような戦いを見せるのか。カギを握る6人のヒロインの素顔や秘話を紹介する。

レジェンド、MF澤穂希の意外な弱点

カナダの地でピッチに立てば、男女を通じて世界初の偉業となる6大会連続のワールドカップ出場を達成。獲得キャップ数も200に達するレジェンドは、豊富な運動量と労を惜しまないハードワーク、卓越した戦術眼とパスワークなど、MF澤穂希(INAC神戸レオネッサ)はすべての面で衰えを知らない。

約1年ぶりの代表復帰戦となった5月24日のニュージーランドとの国際親善試合では、決勝点となる通算83得点目をゲット。男子を含めた日本歴代最多&最年長ゴール記録を更新し、貫禄を示した女王にもひとつだけ不得手としていることがある。それはPKだ。

4年前のドイツ大会決勝。アメリカとのPK戦で、澤は「PKだけは絶対にイヤ」と真っ先にキッカーを辞退している。北朝鮮女子代表とのPK戦決着となった2006年のアジア大会決勝で、1番手で蹴りながら失敗したトラウマが癒えていなかったからだ。

決勝トーナメントに突入し、万が一、PK戦にもつれ込んだときに誰がなでしこのキッカーに指名されるのか。こんな点も一興となりそうだ。

左右からの正確なキックが武器のMF宮間あや

2012年2月より澤からキャプテンを引き継いだ司令塔の宮間あや(岡山湯郷Belle)は、左右両足から正確無比な長短のパスを繰り出せる点で、世界でも稀有(けう)な存在といえる。

なでしこジャパンの得点源となっているプレースキックの原点は、読売メニーナに所属した中学生時代。同じ敷地内で練習していたラモス瑠偉のそれを間近で見ながらイメージとテクニックを学び取った。

ピッチ上で魅せるテクニックもさることながら、宮間は美しきフェアプレー精神の体現者として、世界中のサッカー選手からリスペクトされている。

なでしこジャパンが世界一になった直後。狂喜乱舞するチームメイトたちの輪に宮間は加わっていない。ぼう然とするアメリカの選手たちのもとへ歩み寄り、一人ひとりを抱きしめながら労わっていたからだ。

「みんなと一緒に喜んでもいいのよ」と旧知の選手から促された宮間は、こんな言葉を返している。

「喜ぶことは後でいくらでもできるから」。

なでしこたちを心から誇りに思える理由が、ここにもある。

すべてが世界レベルのFW大儀見優季

決定力の高さと高度なボールキープ力、外国人と真っ向勝負できるフィジカルの強さ、そして守備でも貢献できるスプリント力の源となるスタミナ。すべての要素を備えたワールドクラスのストライカー・大儀見優季(ヴォルフスブルク)も、旧姓の永里で出場した4年前は不完全燃焼で終わっている。

ゴールへの強すぎるこだわりが、まず守備を求める佐々木則夫監督の戦術に疑問を抱かせる。6試合で1ゴールに終わり、準決勝以降は先発メンバーからも外れた。チームから浮きかけた永里を常にフォローしたのが宮間だった。

「永ちゃんはこのチームに必要だから。永ちゃんらしくていいとみんなも思っているから、どこにも行かないで」。

宮間のこんな言葉が、時間の経過とともに永里のかたくなな心を解きほぐす。約1年後。ロンドンオリンピック前には、こんな言葉を残している。

「全部変わりました。そうじゃなきゃ、いまの自分はないから」。

大儀見姓として臨む初のワールドカップへ。絶対的なエースにもう迷いはない。

"原チャリより速い"MF川澄奈穂美

4年前は大会期間中に急成長を遂げ、シンデレラとして脚光を浴びたMF川澄奈穂美(INAC神戸レオネッサ)をなでしこジャパンでも群を抜くダイナモたらしめる理由。それは157cm、51kgの体に同居するスピードとスタミナにある。

所属するINAC神戸はかつて、試合中の選手個々の総走行距離などを計測したことがある。当時の星川敬監督を驚嘆させたのは、川澄がはじき出したデータだった。

「時速30kmを超えたこともありました。原チャリより速いんですよ」。

原動機付自転車の最高速度は、道路交通法で時速30kmに定められている。指揮官はそれをもって「原チャリより速い」と比喩したわけだが、時速30kmで100mを走れば12秒台をマークする。しかも、川澄はその試合で30回近くもスプリントを繰り返していた。

「長友佑都のスプリント回数が、男子の平均の2倍から3倍。女子選手の平均が8回とされているので、川澄は長友ばりの能力をもっているわけです」。

カナダの地では川澄のスピードとスタミナ、そしてシュートと「3つのS」に注目だ。

最終ラインのまとめ役、DF岩清水梓

アメリカとの決勝戦直前に更新されたブログから、DF岩清水梓(日テレ・ベレーザ)は『AZU』で締めていた末尾に『東北魂』を加えていま現在に至っている。

東日本大震災の被災地である岩手県滝沢村(現滝沢市)の出身で、いまも時間の合間を縫って被災地を訪問している岩清水は、三文字に込めた思いをこう説明してくれた。

「復興のために長期にわたって私にできるのは、皆さんが喜ぶ結果を届けることしかできない。そのことを忘れないためにも、自分自身にある意味で言い聞かせているんです」。

口下手を自任し、「言葉よりもプレーで見せたい」と苦笑いする28歳は、最終ラインにおけるリーダーシップをさらに高めて自身3度目のワールドカップに臨む。

「守備をする上での経験や勘というものは、簡単には失われない。経験に裏打ちされたスキルがあるからこそ、指示に重みがあり、いろいろと伝えられる選手になれると思っているので」。

カナダから日本、そして東北へ。岩清水は全霊のプレーを伝え続ける。

恵まれた体躯で制空権を握れるGK山根恵里奈

前回大会以降のなでしこに加わった6人の新戦力の一人にして、佐々木監督が大きな期待をかける逸材。GK山根恵里奈(ジェフユナイテッド千葉レディース)の魅力は世界でも屈指の高さを誇る、187cmの高さを生かした制空権にある。

広島県出身の24歳。通っていた小学校には大好きだったバレーボール部がなく、担任教師の紹介で門を叩いたのがサッカー部。そして、中学2年時に将来のなでしこのGKを発掘する「スーパー少女プロジェクト」に選ばれ、DFから転向したことが転機となる。

周囲を圧倒する長身に、山根はコンプレックスを抱いてきた。ブログには小学生のころから『でくのぼう』や『ウドの大木』と揶揄(やゆ)されてきたことがつづられている。

だからこそ、サイズを「天賦の才」と気づかせてくれたサッカーへの感謝の思いは深い。いまでは、ブログにはこんな言葉が躍っている。

「なでしこの壁になりたい」。

獲得キャップ数はまだ14。最終ラインとの連携などで課題は残るが、それらを補って余りある可能性を秘めながら山根は出番を待つ。

連覇へのカギはグループリーグ1位突破にあり

今大会の優勝候補は、ドイツ、アメリカ、フランスとの呼び声が高い。一方で連覇がかかるなでしこは、前哨戦となった3月の「アルガルベカップ」で格下デンマーク、躍進著しいフランスに敗れて9位に甘んじた。

もっとも、吹いているのは逆風ばかりではない。ワールドカップ決勝トーナメントの組み合わせを見ると、優勝候補の3強となでしこがそろってグループリーグを首位で突破すれば、3強はなでしこと反対側のブロックでつぶし合う。つまり、決勝まで対戦しないことになる。

なでしこが準々決勝でブラジル、準決勝で開催国カナダに照準を定められる追い風を得るためにも、伏兵スイスとのグループリーグ初戦が極めて重要になる。残るカメルーンとエクアドルからは、確実に勝利を計算できるからだ。

キックオフはスイス戦が日本時間9日午前11時、カメルーン戦が同13日午前11時、そしてエクアドル戦が同17日午前6時。負けられない戦いが、いよいよ幕を開ける。

筆者プロフィール: 藤江直人(ふじえ なおと)

日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。